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シャッフルワールド!!外伝──scarlet──  作者: 夙多史
イタリア編 第一章
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一章 悪の胎動(7)

 トマト──南アメリカのアンデス山脈高原地帯原産の世界的に有名な植物、または果実を指す。ナス科ナス属のこれは、主に食用として使われる。


 メキシコ料理のサルサ、イタリア料理の各種ピザ、ヨーロッパのシチューにインドのカレー。


 ケチャップなどのソース類等々。冷やすもあり、蒸すもあり。地域によって性質は様々で大きく異なる。


 その用途と豊富なバリエーション。高い栄養値から、年間消費量は一億トンを軽く超え、数ある野菜の中でもトマトはダントツで上位に立つ。


 私、ライアー・アークライトはこのトマトが大好きだ。上記だけでは語り足りないくらい。


 家庭菜園で収穫は勿論のこと、 ラ・トマティーナ【※スペインで行われている収穫祭。日本では『トマト祭り』と呼ばれる】にも参加しては熟したトマトを投げずに、投げつけられたトマトもキャッチして全て回収、イタリアに持って帰ったのも良き思い出。


 今も自作持参のトマトジュースを、ストローで飲んでいるわ。


 何故、そんなにトマトが好きかって?


 それはね──



「血の色にそっくりだから……かな? 熟したやつほど、鮮血を思い浮かべるのよ。ウッフフ」


 などと、訊ねてきたルーポに冗談を仄めかしてみたら、如何にもゾッとした顔で眼を剥いた。

「ジョークよ。本気にしないで」

 人差し指をメトロノームみたく振り、軽くおどけてみれば、ルーポは苦々しく顔を俯けた。

「お前が言ったらマジにしか見えねえんだよ……」

 そうして安心をため息に出す。とぼとぼ前を歩く姿は若干引き気味のご様子で、その背中に私はただ苦笑するしかない。脅かすつもりはなかったんだけどなぁ……。


 うーん。どうも私には、こういったセンスが無いのよね。


 ジョークもネーミングも、これは良いかもしれないと思い口にしてみると、皆の反応はいつも唖然とするか脂汗をかく。部下の一人曰く、面白くないとのこと。それも『詰まらない、下らない』という意味ではなく『笑えない』という意味で引かれてしまう。

 本気に見えたり、意図が読めないと混乱させるこの『無意識の凄み』は、交渉術で大いに役立つ。特に人を食った性格の相手には効果的なのか、よく言われるのよね。


 食えない人だ。


 何をするか解らない。


 得体の知れない安心感。そこに不安を煽る恐怖が潜んでいる。


 とまあ、随分と酷い言われようだけど、先にも述べたとおり悪の世界では重宝される才能。ギャングやマフィアは恐れられてが当然であり、処世術云々以前に要求される。

 それを駆使して世を暴力と欲望に染め上げ、崩壊しない程度に均衡を保ち、上から支配して美酒を啜る。それが悪の“当たり前”で、行き着く先だ。

 だけど私は、恐怖と暴力で人を支配したり、略奪など望まない。

 一緒に手を取り合い生きていたい。楽しく笑いあい、時に喧嘩したり、謝り仲直りして少しずつ成長して行き、平和の日常を共に歩む。それが私の望み。

 マフィアとなってもおかしくない勢力を持ちながらギャングで留まるのは、この位置、立場の見晴らしがよく、救いたいと伸ばす手が届きやすいからだ。


 

 だが、それだけに相手側の手も届きやすい。そう、敵意なる暴力もまた、私の直ぐ傍にある。


 例えば──


「ん?」

「どしたライアー」

 立ち止まり、横断歩道に目を向ければ、そこには信号がない為に渡れずおどおどする老婆の姿。

 ルーポとしては、放っておけと言ったとこか、大した関心も見せずこの場を後にしようとする。けど私は、どうもこういうのを目にすると放っておけない。そういう性分だから私は、彼女に断りを入れて老婆の方へと歩き出す。

「お婆さん。見たとこ、ここを渡りたいようですが……よろしければ私がご一緒しましょうか?」

 出来るだけ、不安を煽ることないよう私は、微笑んで老婆に手を差し出した。

「おやまあ、ありがとうねぇ。見ての通り車がちょくちょく通過してね。困ってたの」

 話はスムーズに進み、私は老婆を横断先まで先導する。


「それでは、私はこの辺で」

「ありがとうねぇ、本当にありがとう」

 お婆さんは何度もありがとうと礼を述べながら、袖に隠していたナイフを手にし、私の胸を目掛けて突き出す。

「イヒヒっ! 死ねっ」

 先程の人当たり良さそうな笑みが一変し、狂喜に歪む。そんな老婆のナイフを、私は人差し指と中指で挟み、刃が届く寸前で止めた。老婆はこの結果が有り得ないといった様子で、頬を引き攣らせた。

 私の指に挟まる刃を引き抜こうとするも、私が力を込めると刃はピクリとせず。逆に老婆の方が握る手を滑らせてしまう。

 素人すぎる。香水で隠しても分かる死臭、躊躇いの無さは人殺しの経験者と語るに充分。けど、私の服がナイフを通さない代物と知らず首ではなく胸を狙う辺り、情報収集力と体術はからっきし……。

「変装のプロと呼ばれるあなたの腕はなかなかのものですが、それ以外の技の心得は無いようですね。フェイスさん」

「ど、どうして!?」

 ひと月前から情報は入っていたから、既にあなたの変装は見破っていたわ。確信を得る為にワザと隙を見せていたけど、こうも簡単に誘いに乗るとはね。


 後はもう一人──よっと!


「ひっ!」

 軽く後ろに頭を反らすと、フェイスと私の間を鋭い音が過ぎ去り、金属の衝突音と共に地面が弾けて小石を散らす。

 フェイスも裏の世界で生きるだけあるわね。強張りつつも咄嗟に屈んだのは、それが何かを知っているから。でも己の予想を確かめようと、恐る恐る破壊の跡を見詰め、フェイスは声を絞り出す。

「……だ、弾痕? 狙撃……」

 もし、あのままでいたら私は、こめかみを撃ち抜かれていた。

 このタイミングを狙ったところをみると、おそらく狙撃手はフェイスの動きも把握していたと思われる。なるほど、利用したのね。

「フフっ」

 情報力はあるようだけど、私の視界に入るようじゃあ、まだまだね。

 銃弾の来た方向を辿り、見上げてみればビルの四階の窓。うっすらとだけど、フェイス同様に愕然とする狙撃手の男がいた。ライフルを放り捨て彼は慌てて逃走を謀るも、ドアノブに手を掛けた瞬間──ドアを蹴破ってルーポが登場。ドアと一緒に蹴り飛ばされた。

 一部始終を眺めて私は、腰のポーチからケータイを取り出す。数秒後。ルーポから連絡がきた。

「悪い、撃たせちまった」

 ばつが悪そうにルーポは謝る。撃つ前に確保するよう打ち合わせしたけど、間に合わなかった。だから責任を感じているのかしら?

 まあ、想定内だったから躱すのは簡単だったし、気にしないでと返しておきましょう。

「して、ルーポ。まさか、殺してないわよね?」


 相当派手に吹っ飛んでいたけど、大丈夫かしら?


「ヒューヒュー息してっから大丈夫だろ」

 ああ……頭が痛い。

 思わず私は、額に手を当て首を振った。

 だからそれは、ギリギリなんだってば……まったく、相変わらずね。まあ、これがあの子なりの穏便な済ませ方なんだろうけど。本当、今まで死者が出てないのが奇跡的ね。



 ──とまあ、こんな感じで私は日夜問わず命を狙われている。昔は監査官レベルの強敵もいて、私も未熟だったから苦戦は多かったけど、今日この頃になるとそれも苦にはならなくなった。

 もっとも私は、幼い頃から限り無く死の傍にいたからか、大して危機感を感じない。イタリアで初めて命を狙われた時も深い感慨はなく、生存競争(サバイバル)舞台(ステージ)が変わった程度のものだった。



 ま、そんな話も、殺し屋達をギャングの仲間の元に引き取らせたのもさておき、クオーレに着いた私達は普段と変わらず足を踏み入れた。


 この日までは……いつもと変わらない日常。


 だけどこの日から、クオーレの店内に入った瞬間から、私とルーポは一つの転機を迎える事となる。


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