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シャッフルワールド!!外伝──scarlet──  作者: 夙多史
イタリア編 第一章
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一章 悪の胎動(3)

 夢を見た。私が幼き頃に亡くなった母が、現在(いま)の私に朝食を作ってくれる夢だった。


 私が弱かったから守れなかった母。


 誰よりも報われず辛い生を歩んだ母。


 最期まで、私を愛してくれた母。



 そんな母が、元気だった頃の姿で私に微笑みかけた。暖かい笑顔と、怒りや悲しみを払う穏やかな眼差しが懐かしくて、嬉しさに私は涙した。



「んん……朝?」

 窓から差し込む日の光が眩しくて、涙ぐんだ目を開くのが少しだけ辛い。夢とはいえ、幸せなひと時を奪った光が恨めしく思える。けど、何時までも幻想に囚われてはならない。幸せは現実(リアル)でこそ掴むべきものだってことを、私は知っている。


 そろそろ起きなくちゃ──


「う……ん……ッ」

 身体を伸ばし、ゆっくりと私はベッドから降りた。

 軽く柔軟体操をしてみる。うん、思ったほど疲れは残ってないわね。こんな日は久しぶりかも。さて、朝食の準備を……って、え?



「……七時?」


 え……う、嘘ッ!?


 も、もうこんな時間なの。大変ッ!?


 寝過ごした。どおりで何時もより身体が軽い訳だわ!


 もうみんな起きてる時間じゃないの……急いでシャワー浴びる?


 いえいえ、後よ後ッ!


 自分の身嗜みより、学校へ行く子供達の朝食を作るのが先。早くキッチンへ行かなきゃ──



 ああ、厨房の前に食堂通るのよね。みんな困ったりしてないかしら、もしかしたらイライラして待ってるかも……ちょっと行くのが怖いなぁ。


 焦りと不安の汗に濡れる手で、私は食堂の扉を開く。扉越しからでも聞こえた賑わう声。それがピタリと止み、みんなが私に注目する。私もみんなを見て驚いた。みんなの反応や視線にではなく、いつもと変わらないその光景に。

「おはようライアー」

「おはよー」

「……え?」


 これ、どういうこと?


 みんな何事もなく席についているけど、それよりも……どうしてテーブルの上にお皿が、料理が並べられているの?


 いったい誰が朝食を──


「よぉ、もう起きちまったのか」


 厨房の方から聴き慣れた声。振り向けばエプロン姿のルーポが、オムレツを載せた皿を片手に私の前に立っていた。


 まさか、この朝食を作ったのって……あなたなの?


「おうよ! どだ? 俺様の料理も見事なもんだろ」

 満面の笑みでルーポは頷き、空いてる席に皿を置いた。その光景を目の当たりにした瞬間、フラッシュバックが私の中で起きた。

「んあ? どした?」

「いえ……何でもないわ」

 機嫌良さそうな顔で訊いてくる彼女に内心戸惑いつつも、私は悟られないよう平常心を装う。あなたの仕草に母の面影を見たなんて、情けなくてとても言えない。何よりも、あなたの前では弱さを見せたくない。不安にさせたくないのよ、私は……。

 いつも私の無茶に付き合ってもらっている。何度も迷惑を掛けて、不安にさせてばかり。だからせめて、平和な日常くらいは愉しく過ごさせたい。あなたは、あまりにも幼き頃の私にそっくりだから──



「ふふん。どうよテメェら、いい出来だろ?」

 まじまじとテーブルの料理を見つめる男達に、ルーポが胸を張って感想を訊ねた。

「ああ、ルーポ姉さんにしてはすげぇな」

「だな。最初ライアーさんが疲れているから代わりに作る何て言い出した時、すっごい不安だったからな。気が気でなかったぜ」

「姐さんいつも家ではぐうたらで、テレビとかPCだもんな。もう完全にッグボォあっ!?」

 元殺し屋二名にダブルラリアットを食らわせるルーポ。あの爽やかな笑顔には狂気を孕んでいる。ああ、また始まった。

「そぉの口かぁ! 俺様に上等な口きくのはそぉの口か! これは塞がねえとなあ、おお?」

「ガボッ! ガボボッ!?」

 ティーポットとキスを強制され、口の中から溢れ出す水。彼はとても苦しそうだけど、ルーポの方は楽しそう。相方はこの隙に逃げようとするも、あっさり襟首を掴まれ同じ目に遭わされた。

 悲鳴があがるのを余所に、支度を終えた子供達が一人、また一人と、私と挨拶を交わして席に着く。いつもの光景かつ日常茶飯事だからか、誰も気にもとめない。

「ら、ライアーさんお助けぇえ!」

 そう、最後には私が収拾をつけると、みんな判っているからだ。だから私は手を叩き、終わるよう合図した。

「はいはいルーポ。朝から暴れないの。あなた達もよ。せっかくルーポがみんなの分を頑張って作ったんだから、悪く言わない」


 ハーイと、口を尖らせて返事をするルーポ。助かったと胸をなで下ろす二人も相変わらずだ。いつもの光景がここにある。だけど、今回は少しだけ寂しさが沸く。


 お母様……私は、あなたをこの暖かい家族の輪に入れたかった。もしあなたが生きていたら、きっと今なら幸せに出来たかもしれないのに……止めよう。異獣(あのこ)に襲われていた親子を助けてから、ちょっとセンチになっているわね私。

「ライアー、席に座れよ」

「みんなで一緒に食べよう!」

「……ええ、そうね。一緒に食べましょう」

 もう、過去には戻れない。現在(いま)の私が出来ることは、少しでも多くの愛を学び、育むことだ。受け継がれた母の意志は、今や私の意志となり生き甲斐となった。

「よし、全員席についたな」

 これからも、私は歩き続ける。

「それじゃあテメェら、この俺様が真心を込めて作った料理、存分に食せいっ!」

 何があっても決して立ち止まらない。死ぬまで、前に進む。

『はーい』

 未来を、築き上げて行く。

『不っ味ッ!?』

 だから、私の最期が訪れるその時まで、どうか見守っていて下さい。お母様。


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