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第4話 侵略軍を「極上のお客様」としておもてなしする



 地平線の向こうから、砂塵と共に鋼の軍勢が迫りくる。

 第一王子カイルが差し向けた、精鋭五千の「領地調査軍」。

 その実態は、私が開拓し始めたこのナラクの利権を力ずくで奪い取るための、武装した強盗集団だ。


「……エレグバラ様。やはり、全員斬り伏せるべきでは? 十秒あれば、先鋒の首はすべて地に落ちます」


 私の背後で、ギルベルトが静かに剣の柄に手をかけた。

 彼の周囲には、もはや物理的な「死のオーラ」が渦巻いている。

 だが、私は優雅に扇を広げ、彼の剣をそっと扇の先で押し戻した。


「いけませんわ、ギルベルト様。せっかくの『大切なお客様』を傷つけるなんて、商売人の風上にも置けません」


「……お客様、だと?」


「ええ。見てごらんなさい。あの重そうな装備、立派な軍馬、そして何より――たっぷりとお持ちであろう『遠征予算(軍資金)』。……あの方々は、ただの兵士ではなく、我が領地に外貨を運んでくださる『歩くお財布』ですわ」


 私は、ナラクの入り口に急造させた巨大な門――そこに掲げられた「歓迎・第一回ナラク国際博覧会会場」という看板を満足げに眺めた。

 門の両脇には、昨日まで「死ぬのを待つだけ」と言っていた領民たちが、不慣れな手つきで花束や楽器を持って並んでいる。


(情報収集完了。敵将軍はボルグ・ド・ズッソ。典型的な叩き上げの軍人で、名誉欲が強く、とにかく『見栄』を張るのが大好き。……なるほど、彼が最も欲しがっているのは、勝利ではなく『歴史に名を残す美談』ですわね)


 軍勢が、困惑したように門の前で止まった。

 先頭に立つのは、黄金の甲冑に身を包んだ巨漢、ボルグ将軍だ。

 彼は眉間に深い皺を刻み、大声で怒鳴り散らした。


「何だこれは! エレグバラ・フォン・アスター! 貴様、王命による調査軍をコケにする気か! 直ちに武装を解除し、この土地の全権利を明け渡せ!」


 私は一歩前に出ると、これ以上ないほど輝かしい笑顔で、深々とカーテシーを捧げた。


「……ああ、ボルグ将軍! まさか、これほど早くお越しいただけるとは! 予定よりも早い到着、さすがは大陸一の行軍速度を誇る『神速の将』でございますわね!」


 ボルグの動きが、一瞬止まった。

「……神速の、将だと? 貴様、俺のことを知っているのか」


「当然ですわ! 王都の社交界で、貴方の武勇伝を知らぬ者などおりません。……ですが、今日は軍事作戦ではなく、我がナラクの『世界遺産登録(自称)』に向けた、公式視察にいらしてくださったのでしょう?」


「視察……? 違う、俺は制圧に――」


「まあ! なんて謙虚な! これほどの軍勢を引き連れていらしたのは、この死の地を狙う不逞の輩から、我が領地を……いえ、私を守るための『最高級の護衛』として、カイル殿下が特別に配慮してくださったのですね!」


 私は感極まったように、ハンカチで目元を拭った。

 背後でギルベルトが「……何というデタラメを」と呟くのが聞こえたが、無視だ。

 嘘は、相手の自尊心をくすぐる形で提示すれば、猛毒さえも蜜の味に変わる。


「ボルグ将軍。貴方は今、歴史の転換点にいらっしゃいます。……武力で略奪した将軍として名を汚すか、それとも、未開の聖域を守護し、文化の発展に寄与した『平和の象徴』として、後世の教科書に肖像画が載るか。……どちらが貴方に相応しいか、賢明な貴方ならお分かりでしょう?」


 ボルグの喉が、ゴクリと鳴った。

 彼は周囲の部下たちの視線を気にするように、咳払いを一つした。


「……う、うむ。まあ、我が軍の目的はあくまで『調査』だ。不当な略奪など、王家の名に懸けていたさぬ。……して、教科書に載るというのは、どういう意味だ?」


「よくぞ聞いてくださいましたわ! 実は、このナラクには世界中の富豪が喉から手が出るほど欲しがっている『奇跡の美容資源』が発見されたのです。……将軍、貴方がこの第一発見の『公式証人』としてサインをしてくだされば、その歴史的文書は千代の八千代まで保管されることでしょう」


 私は、金箔(偽物)を贅沢にあしらった豪華な契約書を取り出した。

 中身は、ただの「ナラク特産品購入・支援同意書」だ。


「さらに! 今ならこちらの『視察記念・将軍専用VIPスイート』での御宿泊と、ナラク名物『黒砂の泥浴デトックス』をフルコースでご用意しております。……将軍、日々の激務でお疲れのそのお肌……実は、少しだけお疲れの色が見えますわよ?」


「……な、何!? 俺の肌が疲れているだと? 貴様、失礼な……。しかし、確かに最近は寝不足で……」


「その通りです! だからこそ、この聖なる霧に包まれたナラクでの休息が必要なのですわ! さあ、兵士の皆様も! 今日はお仕事ではありません! 『平和維持軍』としての特別休暇です! 会場内の屋台はすべて、皆様の『軍金(外貨)』で心ゆくまで楽しんでいただけますわよ!」


 私は大きく手を振った。

 すると、領民たちが一斉に屋台の蓋を開けた。

 そこには、昨晩私とアンナが徹夜でラベルを貼り替えた「ただの石鹸」や「ただの水」、そして「黒い砂を入れただけの御守り」が並んでいる。


「これを見ろ! 『将軍とお揃いの強運の石鹸』だぞ!」

「こっちは『飲むだけで魔力が五倍(当社比)になる聖水』だ!」


 領民たちの必死の売り込み(教育済み)が始まる。

 兵士たちは、最初は警戒していたものの、美人の令嬢(私)に褒めちぎられ、さらには「平和の英雄」などとおだてられ、次第に財布の紐を緩めていった。


「将軍、いかがですか? 貴方の部下たちが、これほど楽しそうに平和を享受している姿。……これこそが、貴方の目指した正義の形ではありませんか?」


「……む、むう。確かに、戦わずしてこれほどの歓待を受けるとは……。カイル殿下からは『反逆者を討て』と言われていたが、これのどこが反逆者だ。……むしろ、これほど国益に貢献しようとしている忠臣はいないではないか!」


 ボルグ将軍は、すっかり「自分が平和の使いである」という物語に酔い痴れていた。

 彼は震える手で、私が差し出した「精算書」……ではなく「平和友好条約(という名の超高額請求書)」にサインをした。


「将軍、素晴らしい決断です! これで貴方は、歴史に名を刻む偉大な政治家でもありますわ! ……さあ、視察費用の決済は、その『軍資金の予備費』から直接引き落としさせていただきますわね?」


「ああ、構わん! これほど意義のある出費なら、王家も文句は言わんだろう! ガハハハ!」


 笑い声がナラクの空に響く。

 五千の軍勢は、侵略どころか、ただの「羽振りの良い観光客」へと完全に変貌した。

 彼らが帰る頃には、軍資金はすべて我が領地の復興資金となり、代わりに彼らの手元には、何の価値もない「記念品の石鹸」だけが残ることになる。


 ギルベルトが、呆れたように私に近づいてきた。


「……信じられん。五千の精鋭が、石鹸一個と甘い言葉だけで、一兵も失わずに敗走……いや、買収されたというのか」


「敗走ではありませんわ、ギルベルト様。彼らは『満足して帰路に就いた』のです。……誰も傷つかず、誰も死なず、ただ私だけが莫大な利益を得る。……これほど美しい真実うそが、他にあるかしら?」


 私は、ボルグ将軍からせしめた重厚な金貨の袋を、指先で弾いた。

 心地よい金属音が、ナラクの霧の中に響き渡る。


 しかし、喜びも束の間だった。

 去りゆく軍勢の列の最後尾、一台の漆黒の馬車が止まっていることに私は気づいた。

 その馬車の紋章――それは、王家直属の隠密、あるいは。


 扉が開き、一人の男が降り立った。

 金髪を苛立たしげに掻きむしり、醜悪なまでの嫉妬を顔に張り付かせた男。


「……エレグバラ。貴様、よくも私の軍を汚してくれたな」


 元婚約者、第一王子カイル。

 将軍の報告を待たず、彼は自ら「獲物」を奪い返しにやってきたのだ。


「あら、殿下。……まだ、私の『試験』は終わっていなかったのかしら?」


 私は扇を広げ、凍りつくような笑みを浮かべた。

 カイル殿下。貴方はまだ、私の嘘の真髄をご存知ないようね。

 今度は、貴方のその無価値なプライドごと、このナラクの黒い砂の中に埋めて差し上げますわ。


「ギルベルト様、次の『接待』の準備を。……今度のお客様は、随分とわがままな坊やのようですから」


 ナラクの霧が、私の野望を包み込むように、いっそう深く、濃く、渦巻いた。


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