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第5章:春樹のスタンプ
通話が切れて、部屋が静かになった。 あの場で言われた冗談が、まだ耳の中に残っている。
スマホが震えた。春樹からだ。
『今の、ギリギリやったな』
『“w”の下で、柚子さん削れてたぞ』
解説ではない。ただの実感だ。 俺も同じことを感じていた。 「w」という鎧が、あの一瞬でひび割れた音を。
俺は短く返した。
「了解」
「説明しない」
送信。
春樹は「親指を立てたスタンプ」ひとつで終わらせた。
スマホを伏せる。伏せても、手が離れない。
確認したくなる。
柚子は嫌な思いをしてないか。 俺の対応はあれでよかったのか。
確認すれば安心できる。安心は、麻薬だ。 俺はメモを開いた。
《今日の記録》
・噂話を笑いで流した。
・説明を足さなかった。
・確認もしない。
ボールペンを置く。
でも、胸のざわつきが収まらない。 俺は、もう一行だけ、汚い字で書き足した。
「……本当は、大丈夫か聞きたい」
その一行が、俺の本音だった。
「整える」という理性の皮を一枚めくれば、そこにはただの、不安な男がいる。




