表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信じていた日常が壊れた夜、俺は彼女の『本当の顔』を知った  作者: ledled


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

私が失ったもの、そして残ったもの(水無月梢視点)

私、水無月梢が柊木透矢と出会ったのは、大学一年の春だった。新入生歓迎会で、偶然隣に座った彼は、少し人見知りする様子だったけれど、真面目で誠実そうな雰囲気があった。地方出身で奨学金を受けながら大学に通っているという話を聞いて、私は彼を尊敬した。私は裕福な家庭に育ち、何不自由なく暮らしてきた。だから、自分の力で道を切り開こうとする透矢の姿勢が、新鮮に見えた。


それから半年後、透矢が私に告白してくれた。私は少し驚いたけれど、嬉しかった。透矢は地味だけれど、誠実で優しい。私のことを大切にしてくれる。そんな彼との交際を、私は心から楽しんでいた。デートは大学近くのファミレスか、公園での散歩。派手さはなかったけれど、それが心地よかった。透矢は、私の話を真剣に聞いてくれて、いつも笑顔で頷いてくれた。


「梢は、本当に素敵だよ」


透矢がそう言ってくれる度に、私は幸せだった。彼と一緒にいると、安心できた。将来も、きっと透矢と一緒にいるんだろう。そう思っていた。


でも、大学三年の秋、私の人生は大きく変わった。文学サークルに、OBとして鷹司蓮という人が講演に来た。若手経営者として成功している、爽やかで魅力的な男性。私は、彼の話に引き込まれた。華やかな世界、成功の秘訣、そして「君たちも、もっと高みを目指すべきだ」という言葉。私は、心が揺れた。透矢との関係は確かに心地いい。でも、それはあまりにも地味で、刺激がない。もっと、特別な何かが欲しい。そんな気持ちが、私の中に芽生えていた。


講演後の懇親会で、蓮さんが私に話しかけてきた。


「君、文学部なんだって? 将来は何をしたいの?」

「出版関係の仕事に就きたいと思っています」

「いいね。でも、君はもっと特別なことができると思うよ」


蓮さんの言葉に、私は心が躍った。特別。その言葉が、私の心に深く刺さった。私は、特別な存在になりたい。透矢と一緒にいると、確かに安心できる。でも、それは「普通」なんだ。私は、もっと特別な女性になりたい。


それから、蓮さんと食事に行くようになった。最初は、ただの先輩後輩の関係だと思っていた。でも、蓮さんが連れて行ってくれる場所は、私が今まで行ったことのないような高級レストランだった。メニューを見て、値段に驚いた。でも、蓮さんは何でもないように注文していた。


「梢さん、君はもっと特別な扱いを受けるべきだよ。君には、その価値がある」


蓮さんの言葉に、私は胸が高鳴った。特別な扱い。透矢は、いつも誠実で優しいけれど、こんな華やかな場所には連れて来てくれない。蓮さんと一緒にいると、私は本当に特別な女性になった気がした。そして、気づいた時には、蓮さんと深い関係になっていた。高級ホテルに連れて行かれ、ブランドのバッグをプレゼントされ、甘い言葉をささやかれた。私は、完全に蓮さんに夢中になっていた。


でも、心のどこかで、透矢のことが気になっていた。透矢は、私を信じてくれている。真面目に、誠実に、私のことを愛してくれている。そんな透矢を、私は裏切っている。この罪悪感が、時々私を苦しめた。でも、蓮さんと一緒にいる時の高揚感には勝てなかった。私は、自分に言い訳をした。透矢は安定している。将来も、きっとちゃんとした仕事に就ける。だから、透矢との関係は続ける。でも、今は蓮さんと一緒にいたい。


私は、裏アカウントを作った。そこには、蓮さんとの華やかな生活を投稿した。高級レストラン、ブランドバッグ、そして幸せな日々。メインアカウントでは、普通の大学生として振る舞い、裏アカウントでは特別な女性として生きる。二つの顔を使い分けることに、罪悪感はあった。でも、それ以上に、特別扱いされることの快感が勝っていた。


そして、ある日、透矢が言った。


「梢、俺たち、もう三年だよね。そろそろ、結婚とか考えてもいいんじゃないかな」


私は、少し考えた。結婚。透矢と結婚すれば、安定した未来が手に入る。透矢は真面目で、将来も安泰だ。でも、蓮さんとの関係も続けたい。蓮さんと一緒にいる時の、あの特別な気分を、まだ手放したくない。だから、私は透矢に言った。


「うん、そうだね。考えてもいいかも」


透矢は、少し驚いた顔をしたけれど、「考える時間をくれ」と言った。私は、それでいいと思った。透矢は、きっと前向きに考えてくれるだろう。そして、私は蓮さんとの関係も続けられる。全てがうまくいく。そう思っていた。


でも、ある日、透矢からメッセージが来た。


「梢、結婚の件、前向きに考えてる。一度、ちゃんとした場所で話そう。両親も呼んで、正式にプロポーズしたい」


私は、心が躍った。ついに、プロポーズだ。透矢は、本当に誠実な人だ。ちゃんと両親を呼んで、正式に結婚を申し込んでくれる。私の未来は、これで安泰だ。でも、心のどこかで、小さな不安があった。蓮さんとの関係は、どうなるんだろう。でも、それは後で考えればいい。今は、透矢との結婚を喜ぼう。


当日、私は白いワンピースを着て、レストランに向かった。個室には、既に透矢のご両親と、私の両親が座っていた。みんな、嬉しそうな顔をしていた。私も、幸せな気分だった。透矢が立ち上がり、挨拶を始めた。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。梢さんとの将来について、ご両親に正式にお話ししたいと思いまして」


私の母が、嬉しそうに微笑んだ。父も、少し表情を和らげた。私は、心の中でガッツポーズをした。でも、透矢の次の言葉で、全てが変わった。


「でも、その前に、皆さんに見ていただきたいものがあります」


透矢が、プロジェクターのスイッチを入れた。壁に映像が映し出される。最初に映ったのは、私の裏アカウント。心臓が止まりそうになった。どうして? どうして透矢が、私の裏アカウントを知っているの? 次に映ったのは、蓮さんとのメッセージのやり取り。私と蓮さんの、甘いやり取り。私の顔から、血の気が引いた。


そして、ドアが開いた。入ってきたのは、透矢の友人と、蓮さん。蓮さんは、いつものように爽やかな笑顔を浮かべていたけれど、透矢と目が合うと、表情が固まった。私は、何が起きているのか理解できなかった。どうして、蓮さんがここに? どうして、透矢が全てを知っているの?


透矢は、淡々と説明を続けた。私の裏切り、蓮さんの素性、そして彼が過去にも複数の女性を弄んでいたこと。会社の金を横領していたこと。全てが、スクリーンに映し出された。部屋は、完全に凍りついた。私の母が、小さく息を呑んだ。父は、立ち上がった。


「梢、これは本当なのか」


私は、何も答えられなかった。ただ、震えていた。透矢が、私に訊ねた。


「梢さん、あなたは僕に結婚を持ちかけました。でも、その裏で鷹司さんと関係を続けていた。これは事実ですね」


私は、顔を覆って泣いた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、透矢、私、私」

「謝罪は結構です」


透矢の冷たい声が、私の心に突き刺さった。


「僕は、あなたとの関係を終わりにします」


私は、透矢の腕を掴んだ。


「透矢、お願い、もう一度チャンスを。私、本当に反省してる。蓮さんとはもう会わないから、だから」


透矢は、私の手を振り払った。


「梢さん、あなたは僕に結婚を持ちかけながら、別の男と関係を続けていた。それは、僕をどう思っていたからですか?」


私は、答えられなかった。でも、透矢は追い詰めてきた。


「答えてください」


私は、震える声で言った。


「透矢は、安定してるから。将来も、ちゃんとした仕事に就けそうだし、真面目だし」


その言葉を口にした瞬間、私は後悔した。でも、もう遅かった。透矢の顔は、冷たく凍りついていた。


「つまり、僕は『保険』だったんですね」


私の顔が、さらに青ざめた。


「違う、そんなつもりじゃ」

「十分です」


透矢は、席に戻った。私の父が、激怒した。


「梢、お前は家に帰ったら、荷物をまとめろ。もう、お前の部屋はない」

「お父さん!」

「黙れ! お前は、家族の恥だ」


私の母も、泣きながら頭を下げていた。全てが、終わった。私の人生が、この瞬間に終わったんだ。レストランを出る時、私は両親に連れられて去った。最後まで泣いていたけれど、透矢は何も見てくれなかった。


それから数日、私は何も考えられなかった。大学にも行けなかった。部屋に引きこもり、ただ泣いていた。そして、蓮さんから連絡があった。


「梢、お前のせいで、俺の人生が終わったんだ! お前さえいなければ!」


蓮さんは、全ての責任を私に押し付けた。私は、何も言い返せなかった。確かに、私が蓮さんと関係を持たなければ、こんなことにはならなかった。でも、蓮さんも、私を誘惑したじゃない。私だけが悪いわけじゃない。でも、そんな言い訳は、誰も聞いてくれなかった。


大学に行くと、噂が広まっていた。「水無月梢は、彼氏を裏切って金持ちの男と浮気していた」友人たちも、私から離れていった。サークルも、退部させられた。私は、完全に孤立した。そして、両親からは絶縁を言い渡された。実家に戻ることもできなくなった。私は、一人ぼっちになった。


私は、透矢に何度もメッセージを送った。


『透矢、お願い、一度だけ会って。謝らせて』


でも、透矢からの返信はなかった。私は、何度も何度もメッセージを送り続けた。


『私が悪かった。全部私が悪い。だから、お願い、許して』

『透矢、あなたがどれだけ大切だったか、今になってわかった』

『もう一度、チャンスをください』


でも、透矢は全てのメッセージを無視した。私は、透矢を失った。そして、友人も、家族も、全て失った。私に残ったのは、何もなかった。


私は、結局大学を中退した。もう、大学に居場所はなかった。噂は広まり、誰も私と話してくれなかった。実家に戻ろうとしたけれど、両親は受け入れてくれなかった。地元でも噂は広まっていて、私の居場所はどこにもなかった。


私は、地方の小さな町に移り住んだ。誰も私を知らない場所。そこで、スーパーのレジのアルバイトを始めた。時給は最低賃金で、仕事は単調だった。でも、それしか選択肢がなかった。


ある日、レジで働いていると、透矢が店に来た。私は、心臓が止まりそうになった。透矢は、私を見た。でも、その目には、もう何の感情もなかった。透矢は、そのまま店を出て行った。振り返ることもなく。私は、その場に崩れ落ちそうになった。透矢は、もう私のことを何とも思っていないんだ。私は、完全に透矢の人生から消えたんだ。


夜、一人でアパートにいると、涙が止まらなかった。私は、何を失ったんだろう。透矢。家族。友人。全てを失った。そして、何を得たんだろう。何もない。蓮さんとの華やかな生活も、もう戻ってこない。私に残ったのは、惨めな現在と、希望のない未来だけ。


私は、何度も自問自答した。どうして、私はこんなことをしてしまったんだろう。透矢は、私のことを本当に愛してくれていた。誠実で、優しくて、私のことを大切にしてくれていた。それなのに、私は「特別扱い」という甘い言葉に惹かれて、透矢を裏切った。蓮さんは、私を本当に愛していたわけじゃない。ただ、遊び相手として見ていただけ。それなのに、私は蓮さんの甘言に騙されて、透矢を失った。


私は、馬鹿だった。本当に、馬鹿だった。透矢こそが、私にとって一番大切な人だったのに。それに気づいた時には、もう遅かった。数年後、透矢が結婚したという噂を聞いた。新しいパートナーと、幸せな家庭を築いているらしい。私は、涙が止まらなかった。透矢は、私を乗り越えて、新しい幸せを掴んだんだ。それに比べて、私は。


私は、鏡を見た。そこに映っていたのは、やつれた女性の顔だった。髪はぼさぼさで、化粧もしていない。目の下には隈ができ、まるで別人のようだった。かつての清楚な雰囲気は消え、ただ疲れた顔がそこにあった。これが、私の末路か。


ある日、スーパーで働いていると、蓮さんが店に来た。蓮さんも、私と同じようにやつれていた。かつての爽やかな笑顔は消え、まるで別人のようだった。蓮さんが、私に近づいてきた。


「梢、お前もこんなところで働いてるのか」

「蓮さん……」

「お前のせいで、俺の人生は終わったんだぞ」


蓮さんの言葉に、私は泣き出した。


「私だって、私だって、人生が終わったのよ。全部、私が悪かった」


蓮さんは、何も言わずに去っていった。私は、その場に立ち尽くしていた。そうだ、私たちは二人とも、自業自得なんだ。自分のしたことの代償を、今払っているんだ。


夜、一人でアパートにいると、過去のことを思い出す。透矢とのデート。ファミレスでの食事。公園での散歩。あの時は、地味で退屈だと思っていた。でも、あれが本当の幸せだったんだ。透矢は、私のことを本当に愛してくれていた。それなのに、私は「特別扱い」という甘い言葉に惹かれて、全てを失った。


私は、天井を見上げた。この先、私はどうなるんだろう。このまま、惨めに生きて、惨めに死んでいくのか。それとも、いつか、少しは状況が良くなるのか。でも、そんな希望は、もう持てない。私の人生は、あの日、透矢に全てを暴かれた日に終わったんだ。


水無月梢。かつては、清楚で控えめな女子大生だった。でも今は、誰からも相手にされない、惨めな女。これが、私の物語の結末だ。自業自得の、地獄の日々。そして、この地獄は、私が死ぬまで続くんだろう。


でも、時々思う。もし、あの時に戻れたら。もし、蓮さんの誘いを断っていたら。もし、透矢を裏切らなかったら。今頃、私は透矢と幸せな家庭を築いていたかもしれない。二人で笑い合い、支え合い、普通だけれど確かな幸せを感じていたかもしれない。


でも、「もし」は意味がない。私は、自分で選択をした。特別扱いされたくて、華やかな生活に憧れて、透矢を裏切った。そして、その代償を払っている。全て、私の責任だ。


ある日、私は透矢に最後のメッセージを送った。


『透矢、あなたが幸せになったと聞きました。本当に、よかった。私は、あなたを裏切って、全てを失いました。でも、それは自業自得です。あなたには、本当に申し訳ないことをしました。これからも、幸せでいてください。そして、できれば、私のことは忘れてください』


送信ボタンを押した後、私はスマホの電源を切った。もう、透矢に連絡することはない。透矢の人生に、私は必要ない。私は、自分の人生を、自分で生きていかなければならない。惨めで、希望のない人生を。


これが、私、水無月梢の末路だ。かつて全てを持っていた女が、全てを失い、惨めに生きていく。これが、自業自得の地獄だ。そして、この地獄から抜け出す方法は、もうない。私は、一生この地獄で生きていくんだ。


でも、心のどこかで、小さな希望を持っている。いつか、私も変われるかもしれない。自分のしたことを本当に反省し、心から透矢に謝罪できる日が来るかもしれない。そして、その時は、少しは前を向いて生きていけるかもしれない。


でも、それがいつになるのかは、わからない。もしかしたら、一生来ないかもしれない。それでも、私は生きていく。この惨めな人生を、ただ生きていく。それが、私に残された唯一の道だから。


透矢、本当にごめんなさい。そして、ありがとう。あなたと過ごした日々は、私の人生で一番幸せな時間でした。それを、私は自分の手で壊してしまいました。もう、取り戻すことはできません。でも、あなたのことは、一生忘れません。


これが、私の物語の結末です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ