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信じていた日常が壊れた夜、俺は彼女の『本当の顔』を知った  作者: ledled


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娘の選択と親の後悔(水無月家視点)

娘の梢が大学に入学した時、私たち夫婦は心から喜んだ。高校時代から真面目で、成績も優秀だった梢。大学では文学部に進学し、将来は出版関係の仕事に就きたいと目を輝かせていた。地元を離れて一人暮らしを始める娘を見送る日、私は少し寂しかったけれど、娘の新しい門出を応援したいと思った。


「お母さん、大学生活、頑張るね」


梢はそう言って、笑顔で手を振った。その笑顔は、まだあどけなさが残る、娘らしいものだった。


大学一年の秋、梢が初めて彼氏ができたと報告してきた。柊木透矢くんという、同じ大学の学生。地方出身で奨学金を受けながら真面目に勉強している好青年だと聞いた。写真を見せてもらったが、確かに誠実そうな顔立ちの青年だった。派手さはないが、娘には丁度いい相手かもしれない。夫も「真面目そうな男だな。梢を大切にしてくれるといいが」と言っていた。


それから三年。梢は透矢くんとの交際を続けていた。時々実家に帰ってくる梢は、透矢くんとのデートの話を楽しそうに語った。ファミレスでのデート、公園での散歩、図書館での勉強。地味だけれど、堅実な交際だと思った。夫も私も、いずれ二人は結婚するのだろうと、自然とそう考えていた。透矢くんは真面目に勉強し、将来は大手企業への就職も見込めそうだった。娘の将来は安泰だ。そう思っていた。


でも、大学三年の秋頃から、梢の様子が少しずつ変わっていった。実家に帰ってきた時、以前より化粧が濃くなっていた。服装も、以前の控えめなものから、少し派手なものに変わっていた。そして、高級そうなブランドのバッグを持っていた。


「梢、そのバッグ、高そうね」


私が訊ねると、梢は少し曖昧に笑った。


「うん、バイト代で買ったの」

「バイト、そんなに稼げるの?」

「うん、最近時給のいいところに変えたから」


梢の答えに、私は少し違和感を覚えた。でも、深く追求はしなかった。娘も大学生。自分で稼いだお金で好きなものを買うのは当然だ。そう思って、私は気にしないことにした。夫も、特に何も言わなかった。むしろ「梢も大人になったな」と、少し嬉しそうだった。


でも、今思えば、あの時もっと深く訊くべきだったのかもしれない。娘の変化に、もっと敏感になるべきだったのかもしれない。


そして、あの日がやってきた。透矢くんから「梢さんとの将来について、正式にお話ししたい」と連絡があった。夫と私は、顔を見合わせて微笑んだ。ついに、プロポーズだ。透矢くんは、本当に誠実な青年だ。ちゃんと両親に挨拶をして、正式に結婚を申し込むつもりなのだろう。


レストランの個室に向かう車の中で、夫が言った。


「梢も、いい人と出会えたな」

「本当ね。透矢くんは真面目だし、梢のことを大切にしてくれるわ」

「これで、梢の将来も安心だ」


私たちは、娘の幸せな未来を想像していた。でも、その想像は、あまりにも甘かった。


レストランに着くと、既に透矢くんのご両親と、梢が待っていた。梢は白いワンピースを着て、少し緊張した様子だった。私は、娘の手を握って言った。


「梢、よかったわね」


梢は、少し曖昧に微笑んだ。その笑顔に、何か違和感を覚えたが、すぐに気のせいだと思った。透矢くんが立ち上がり、挨拶をした。


「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。梢さんとの将来について、ご両親に正式にお話ししたいと思いまして」


私は、嬉しさで胸がいっぱいになった。夫も、満足そうに頷いていた。でも、透矢くんの次の言葉で、全てが変わった。


「でも、その前に、皆さんに見ていただきたいものがあります」


透矢くんが、プロジェクターのスイッチを入れた。壁に映像が映し出される。最初は、SNSのスクリーンショット。梢の名前が書かれた、見たこともないアカウント。そこには、高級ブランドのバッグ、高級レストランでの食事、そして「最近、特別な人と過ごす時間が幸せ」という投稿が並んでいた。


私は、息を呑んだ。これは、何? 梢が、こんな投稿を? 次に映し出されたのは、メッセージのやり取り。梢と、知らない男性とのやり取り。その内容は、あまりにも甘く、そしてあまりにも残酷だった。


『蓮:今日のディナー、楽しかったね。梢はやっぱり特別だよ』

『梢:私も楽しかった。蓮と一緒にいると、私、特別な女性になれる気がするの』


私の頭が真っ白になった。これは、夢? それとも現実? 梢が、透矢くんを裏切って、別の男性と? 私は、隣の梢を見た。娘の顔は真っ青で、震えていた。


「こ、これは」


私は、何か言おうとしたが、言葉が出なかった。次に映し出されたのは、ホテルの出入り記録。日付と時刻、そして部屋番号。梢と、蓮という男性が、何度もホテルに宿泊していた記録。私の目の前が暗くなった。娘が、こんなことを。透矢くんを裏切って、別の男性と。


夫が、立ち上がった。


「梢、これは本当なのか」


夫の声は、怒りで震えていた。梢は、何も答えられず、ただ震えていた。私は、娘に訊きたいことが山ほどあった。どうして? なぜ? 透矢くんは、あんなにあなたのことを大切にしてくれていたのに。でも、言葉が出なかった。


そして、部屋のドアが開いた。入ってきたのは、透矢くんの友人と、もう一人。爽やかな笑顔の若い男性。彼が、蓮という男なのか。梢の顔が、さらに青ざめた。透矢くんは、淡々と説明を続けた。梢の裏切り、蓮という男の素性、そして彼が過去にも複数の女性を弄んでいたこと。会社の金を横領していたこと。全てが、スクリーンに映し出された。


私は、ただ呆然としていた。娘が、こんなことをしていたなんて。透矢くんを裏切り、金持ちの男に誘惑されて、浮気をしていたなんて。夫が、怒りを爆発させた。


「梢、お前、何をしていたんだ」

「お父さん、私、私は」


梢は泣き崩れた。私も、涙が止まらなかった。でも、それは娘への同情ではなく、透矢くんへの申し訳なさと、娘への失望だった。娘を、こんな風に育ててしまった。私たちの育て方が、間違っていたのか。


透矢くんが、静かに言った。


「梢さん、あなたは僕に結婚を持ちかけました。でも、その裏で鷹司さんと関係を続けていた。これは事実ですね」


梢は、顔を覆って泣いた。透矢くんは、梢に訊ねた。


「梢さん、あなたは僕に結婚を持ちかけながら、別の男と関係を続けていた。それは、僕をどう思っていたからですか?」


梢は、震える声で答えた。


「透矢は、安定してるから。将来も、ちゃんとした仕事に就けそうだし、真面目だし」


その言葉を聞いた瞬間、私の心は凍りついた。娘は、透矢くんを「保険」として見ていたのか。華やかな生活を楽しみながら、将来のために透矢くんとの関係を続けていたのか。こんな残酷なことが、あっていいのか。


夫が、深くため息をついた。そして、透矢くんに向かって深々と頭を下げた。


「透矢くん、娘がこんなことをして、本当に申し訳ない」


私も、涙を流しながら頭を下げた。


「透矢くん、本当に、本当にごめんなさい」


透矢くんは、静かに言った。


「いえ、謝らないでください。悪いのは梢さんと鷹司さんです」


その言葉が、さらに私たちの胸に突き刺さった。透矢くんは、最後まで誠実だった。娘が裏切っても、私たちには優しく接してくれた。でも、私たちは、娘をこんな風に育ててしまった。私たちの責任だ。


レストランを出る時、夫が梢に言った。


「梢、お前は家に帰ったら、荷物をまとめろ。もう、お前の部屋はない」

「お父さん!」

「黙れ! お前は、家族の恥だ」


梢は、泣きながら私にすがってきた。


「お母さん、お願い、許して」


私は、娘を抱きしめることができなかった。ただ、首を横に振ることしかできなかった。


「梢、あなたは、自分が何をしたのか、わかっているの?」

「わかってる。でも、私、ただ」

「ただ、何?」


梢は、答えられなかった。私は、娘の手を振り払った。


「梢、あなたは透矢くんを裏切った。そして、私たち家族の信頼も裏切った。もう、あなたのことは知らない」


梢は、その場に崩れ落ちた。私は、夫と一緒に車に乗り込んだ。後部座席で、私は声を上げて泣いた。夫も、ハンドルを握りしめて、何も言わなかった。家に帰ると、夫が梢の部屋に入っていった。そして、梢の荷物を全て段ボールに詰め始めた。私も、手伝った。娘の思い出が詰まった部屋。小さい頃の写真、学校の成績表、友達からのプレゼント。全てを段ボールに詰めた。


「美咲、俺たちの育て方が、間違っていたのか」


夫が、呟いた。


「わからない。でも、梢は、自分で選択をした。私たちのせいじゃない」


私はそう言ったが、本当にそうなのか。私たちは、娘を甘やかしすぎたのか。それとも、何か大切なことを教え忘れたのか。答えは、わからなかった。


数日後、梢が荷物を取りに来た。玄関先で、私たちは梢と向かい合った。梢は、やつれていた。目は赤く腫れ、髪も乱れている。


「お父さん、お母さん、お願い。もう一度チャンスを」


夫は、首を横に振った。


「梢、お前のしたことは、許されることじゃない。透矢くんを裏切り、家族の信頼も裏切った。もう、お前を娘とは思わない」

「お父さん!」

「帰れ」


夫の冷たい言葉に、梢は泣き崩れた。私も、何も言えなかった。ただ、娘の背中を見送ることしかできなかった。梢が去った後、家は静かになった。夫も私も、何も話さなかった。ただ、それぞれが自分の部屋にこもり、考えていた。


それから数ヶ月、梢からは何度も連絡があった。でも、私たちは全て無視した。娘を許すことは、できなかった。そして、ある日、梢が大学を中退したという噂を聞いた。大学での評判も最悪で、友達も全て離れていったらしい。梢は、実家に戻ろうとしたが、私たちは拒否した。地元でも噂は広まっており、梢の居場所はどこにもなかった。


夫が、ぽつりと言った。


「梢は、今どこで何をしているんだろうな」

「わからない。でも、それは梢が選んだ道よ」


私はそう答えたが、心のどこかで娘のことが心配だった。でも、それを口に出すことはできなかった。娘を許すことは、透矢くんへの裏切りになる。そう思って、私は自分の感情を押し殺した。


ある日、近所のスーパーで買い物をしていた時、偶然梢を見かけた。梢は、レジでアルバイトをしていた。髪はぼさぼさで、化粧もしていない。目の下には隈ができ、まるで別人のようだった。私と目が合った瞬間、梢の顔が歪んだ。でも、私は何も言わずに、そのままスーパーを出た。


家に帰ると、夫に報告した。


「梢を見たわ。スーパーでアルバイトをしていた」


夫は、黙っていた。そして、ぽつりと言った。


「そうか」


それ以上、何も言わなかった。私たちは、娘のことを話題にすることを避けた。梢のことを考えると、胸が痛んだ。でも、それでも、娘を許すことはできなかった。


数年後、透矢くんが結婚したという噂を聞いた。新しいパートナーと、幸せな家庭を築いているらしい。私は、心から嬉しかった。透矢くんは、娘に裏切られても、前を向いて生きていった。そして、新しい幸せを掴んだ。それに比べて、娘は。


夫が、ある日言った。


「美咲、俺たちは、梢を見捨てていいのか」

「でも、梢は透矢くんを裏切ったのよ」

「わかってる。でも、梢は俺たちの娘だ」


夫の言葉に、私は何も答えられなかった。確かに、梢は私たちの娘だ。でも、娘を許すことは、透矢くんへの裏切りになる。そして、娘が自分のしたことの重大さを理解しないまま許すことは、娘のためにもならない。私は、迷っていた。


ある夜、私は梢に手紙を書いた。でも、何度書いても、うまく言葉にできなかった。娘に伝えたいことは山ほどあった。でも、それを言葉にすると、全てが曖昧になってしまう。結局、手紙は破り捨てた。そして、私は決めた。梢が、本当に自分のしたことを反省し、心から透矢くんに謝罪するまで、私たちは娘を許さない。それが、親としてできる、最後の教育だ。


今でも、時々梢のことを思い出す。小さい頃、公園で遊んだこと。学校の運動会で、一生懸命走っていたこと。高校の卒業式で、涙を流していたこと。あの頃の梢は、どこに行ってしまったのか。でも、あの梢も、今の梢も、同じ一人の人間だ。娘は、自分で選択をした。そして、その代償を払っている。


私たち親にできることは、ただ見守ることだけだ。そして、いつか娘が本当に反省し、心から謝罪する日が来たら、その時は考えよう。でも、それがいつになるのかは、わからない。もしかしたら、一生来ないかもしれない。それでも、私たちは待つ。娘が、本当の意味で成長するまで。


これが、私たち水無月家の選択だ。娘を見捨てたわけではない。でも、甘やかすこともしない。娘が自分の力で立ち上がり、前を向いて生きていくまで、私たちは見守る。それが、親としての、最後の責任だと思っている。


梢、いつか、あなたが本当の幸せを掴めることを、母は祈っているよ。でも、それは、あなた自身が変わらなければ、決して来ない。自分のしたことの重大さを理解し、心から反省し、そして前を向いて生きていく。それができた時、あなたは本当の意味で成長できる。


母は、その日を待っている。

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