Ep.9 電脳少女(2)
PC変えました。遅筆なのは変わりません。
「俺と、手を組まないか?」
それは一種の思いつきのようなものだった。
「今あの世界には、違法ツールの《ディスオーダー》を使う悪者と、それに影響された化け物たちが蔓延ってる。それらを退治して……あの世界を変えるために、お前の力を借りたいんだ。頼む」
なるべく噛み砕いて、少女に説明を試みた。
こいつがもし本当に、やつらのバグに対抗できるとしたら。
今の歪んだ《世界》を、変えられるとしたら。
俺の目的にとって、有用である他ない。
『うむ、力を貸すのは構わないが……』
一方の巫女服少女は予想外にも俺の要請を快諾し、きょとんとした顔でこちらを見ている。それはまるで、俺が「当たり前のこと」を言ったとでもいうかのように。
『お主……さっきわらわが言ったこと、忘れておるな?』
「ん? なんか言ってたか?」
『〜〜〜っ!! ほんとに忘れる馬鹿があるか! 言っただろ、「お主は今日からわらわの主だ」って! 一言一句違わず!!』
「あー、そういえば言ってたな」
強制ログアウトの衝撃が強すぎて忘れていた。
しかし、俺から協力を持ちかけるのはわかるが、彼女の方からこんな主従関係を結ぶことになんのメリットが?
『……だから、まあ、力は貸してやる。もちろん、お主がそうしろというのであればな』
「そうか、なら助か」
『ただし!! 協力してやる代わりに、お主はわらわにうまい飯を食わせること! それで関係は成立だ、いいな!?』
結局は飯かよ。
彼女らしいといえばらしい要求だが、それで利害が一致するのであれば越したことはない。こいつ一人分くらいの食費なら、余裕で賄える。
「わかったよ、それでいい。よろしくな、」
先程の彼女の台詞を踏襲しようとして、口籠った。
結局のところ、こいつにはまだ名前がない。
巫女服の少女で「巫女服少女」なんて安直な認識でいたが、さすがに名前がなくては俺もこいつも不便だろう。「お前」なんて他人行儀な呼び方をいつまでも続けるわけにもいかない。
「……お前、名前がないんだったな」
『ん? ああ、まあそうだな……』
「なら、今ここで決めろ。なんだっていい」
『!? わ、わらわが自分でか!?』
「他に誰が決めんだよ」
『……っ、お、お主だ! お主が決めろ!』
「はあ?」
画面の中から、少女は照れくさそうにこちらに人差し指を向けてくる。大方、どうせ自分で決めるのが面倒くさいというのが理由だろう。
『わらわの頭はそういうことには不向きだからな。主であるお主から賜った名なら、なんでも喜んで使ってやる!』
「そうかよ……じゃあ」
『神の子であるわらわに、ふさわしい名にするんだぞ!』
(なんでもって言っただろ今……)
とはいえ、人に名前をつけるのは俺も初めてだ。
ゲームの主人公にニックネームをつけるのとはまたわけが違う。慎重に、こいつの恥とならないような名前を考える義務があるのだ。こいつの「主」となった俺には。
「……待て、ちょっと考えさせてくれ」
『おう! 悩め悩め!』
神、神の子……。
神の子でそのまま「神子」はどうだ?
……いや、安直だ。やめよう。可愛すぎる。
巫女服、龍、霊魂……。
これらのモチーフからではかなり限られてくる。
そういえば、今日は七月一日の木曜日だ。
ここからは何か……
一時間後。
『おーい、まだなのだ? 退屈だぞ……』
本気で熟考していたら、いつの間にか時間が溶けていた。
こういうのは一度アイデアが膨らんでいったらキリがない。子供の名前を決める世の父親たちも、みんなこんな感じなのだろうか。
「よし、決まった」
ノートに書き連ねたアイデアの中から一つを、丸で囲んだ。シャーペンを置き、少女にも見えるように画面の前に半分に折ったノートを提示する。
悩み抜いた末、俺が決めた名前は。
「朔日の『朔』に『夜』で、『朔夜』だ」
『さくや……ってそれ、どういう意味なのだ?』
「『朔』は今日がちょうど七月の朔日っていうのと、ここから新しいスタートを切るって意味もある。『夜』はまあ、語感もいいしお洒落だろ。今ちょうど夜だし」
『おおお……! 気に入った! わらわの名は今日から朔夜だ!』
実を言えば、『夜』の字はある人からとったものなのだが。あえてそんなことは言わずとも、彼女はこの名前を気に入ってくれたようだ。考えた甲斐があったというものだ。
『さっすがわらわの主だ! ネーミングセンスも抜群だな!』
「はいはい……じゃ、改めてよろしくな、朔夜」
『ああ! これからわらわの主として頼んだぞ、カナタ!』
「あー……悪い、それ俺の本名じゃないんだ」
『へぁ?』
カナタは、あくまで俺のアンブレでのプレイヤーネーム。
名付けの由来はもちろん俺の本名にあるのだが――
『じゃあなんなのだ! お主の本当の名は!!』
「……彼方憂雨」
『ユウ?』
「ああ……『憂鬱』の『憂』に『雨』だ」
憂雨。憂鬱な雨。
実を言うと、俺はこの名前が嫌いだ。
俺を産んだ親が、俺を呪うためにつけた名前だから。
『な、なんか変な名前だな……?』
「だろ。だから今まで通り、『カナタ』でいい」
『お主がそういうなら、まあそうするが……』
朔夜も納得してくれたようなので、これでよしとした。
名前も決まったし、これでお互い関係としては対等だ。
流れでもう一度【Under Brain】にログインしてみようかと思ったが、もう時間も時間だった。あとのことは明日からの自分に任せ、俺は早めに眠りにつくことにした。
2027年7月1日。
この日を、俺は生涯忘れることはないだろう。
***
翌朝。
アラームの音で、俺は目を覚ました。
「ふぁ……」
昨日は精神的に疲れていたからか、久しぶりに心地よい睡眠をとることができた。大きな欠伸をしたあとでベッドから降りると、PCの画面には例の少女――『朔夜』が待ち構えていた。
『ふん、やっと起きたか。遅いぞ!』
昨日の就寝前、朔夜がPCの電源が消されるのをあまりに嫌がったため、いっそのことつけっぱなしにしておいたのを思い出した。電気代は馬鹿にならないが、こいつが就寝中黙っていてくれるならそれに越したことはない。
「……朝起きたらまずは『おはよう』だろ」
『そうなのか? ならば……おはよう! 我が主よ!』
「ああ……おはよう、電気代かさ増し女」
『ああ!? わらわの名は朔夜だ!!』
もはや聞き慣れつつある朔夜の怒声。
これが、これから毎日続くのだろうか。
『よっし! お主も目覚めたことだし早速、あっちの世界へ――』
「あ、ごめんそれは無理だ。悪い」
『は? あ、ちょ、ちょっと待て!』
意気揚々とアンブレへのログインを誘ってくる彼女をスルーして、俺は急いでリビングへ向かおうと部屋のドアに手をかける。俺にはもう、こいつに構っている時間はない。
「なんだよ、無理なもんは無理なんだよ」
『どうして無理なのだ! お主だって、昨日は――』
「学校」
『へぁ?』
間の抜けた声を出す朔夜。
彼女に言い聞かせるように、俺は言い放った。
「今から俺、学校だから」
現実編では設定集は自粛にします。
次回! 主人公、学校へ行く!!
デュエルスタンバイ!!