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Ep.8 電脳少女(1)

今話からいわゆる現実パートです。

とはいっても、会話多めなので気楽に読んでください。


※『』内の台詞はPCの中から発せられたものです

 脳が強く理解を拒んでいる。

 目の前の光景を、現状を。



「待て……ちょっと待て、お前……」



 半分嫌になりながら、俺はパソコンの画面に近づく。

 ワークチェアに腰掛け、そこにいる少女と対面した。



「なんで、そこにいるんだよ……」


『知るかぁ!! わらわが聞きたいわそんなこと!!』



 やかましい声で、巫女服の少女は喚き散らす。

 

 先程の《マグナ・オキュラス》との戦闘のときから姿は戻ってはいたが、たしかにあの少女で間違いなかった。ゲーミングPCの画面上に次元を移された彼女はこうして見ると小さく、まるで水槽に閉じ込められた人形のようだった。


 ただ、怒ったときの声だけは相変わらずうるさい。



『はーやーくここから出せ!! 今すぐだ!!』


「いやどうやってだよ……無理だろ」


『無理ってなんだ無理って!』


「俺にはどうにもできないっつーことだよ。諦めろ」



 諦めろ、なんて言われてすぐ黙り込むはずもなく。

 内側から画面を叩きながら、彼女は必死になって訴えかけてくる。こいつ側は今どういう状況なのかわかったもんじゃないが、こいつが勝手にパソコンに転移してきた以上、俺にできることは何もない。完全にお手上げ状態だ。


 それにそもそもの話、こいつは謎が多すぎる。



『おい聞いてるのか!! なんとかしろぉ!!』


「……とりあえず、ちょっと黙ってくれ」



 PC本体の音量を下げ、理解の追いつかない現実をミュートする。

 声を奪われた少女の姿は可哀想ではあったが、滑稽でもあった。



(マジでなんだこれ……夢か?)



 訳の分からない事態の連続で少し本気で疲れたので、肘をついて目頭を押さえる。ゲームで拾った女の子が特殊能力(?)持ちでおまけに変なバグまで起こして現実にまで侵食してくるなんて、誰が予想できただろうか。


 俺が現実を受け止めきれないでいると、



「ゆうくーん! いるー? ご飯できたよ〜!」

 


 リビングの方から、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 時計を見ると、時刻はもう18時過ぎだった。ログインしたのが学校から帰ってきた16時半だったから、それなりに時間が経っていたらしい。出来事の密度に対しては短い気もしてしまうが。



(今日は理優が来てる日だったか……)



 ワークチェアから立ち上がり、リビングに向かおうとして足を止めた。

 巫女服少女は依然として、俺の気を引こうと何かを叫んでいるらしい。どうせ俺にはどうにもできないことだから無視するしかないが、このままPCも電源オンの状態で放置しておくのは躊躇われた。



「悪い、一旦消すぞ」

 


 本体の電源を切ると、画面上の少女も消失した。

 これでいいんだ、多分。

 

 俺はそのままリビングへと向かった。




      ***




 二時間後。

 

 夕食を終え風呂に入ってまったり過ごしていたら、だいぶ時間が経っていた。そして正直、あの少女のことも忘れかけていた。


 自室に戻り、一番に目に入ったPCとにらみ合う。

 真っ暗な画面には、当然あの少女の姿は映らない。



「…………」


 

 もしかしたら、あれは本当に俺の幻覚だったんじゃないか。

 そんな身勝手な妄想が、風呂上がりの頭の中に浮かび上がる。


 PCに美少女が住み着いた、なんて一昔前のアニメみたいなことが現実であるわけがない。ましてや俺のようなただのゲーム好きの高校生に、そんな奇跡みたいなことが起こるわけ――



「……そうだ、そうだよな」



 あれは夢だった。そういうことにしよう。

 ストレスを溜めすぎた俺の見た幻覚。……いや、幻覚を見るほどのストレスともなれば、病院にで診てもらう必要があるのかもしれない。この歳で精神科はごめんだ。


 ……どうでもいい考え事をやめて、PCを起動してみる。

 いつも通り起動直後の画面でパスワードを打ち込む。


 現時点で、異常はない。


 そのまま何事もなく、メニュー画面に移る。

 やはりだ。俺の思った通り、あいつはただの幻かk


 


『――ぬぉおおおおおおおおおおおおい!!!!!!

 どこへ行っておったこの馬鹿者っ!! アホまぬけ!!』


 

 

 罠だった。メニュー画面に、ちゃんとあいつは出現した。

 思わず頭を抱えそうになりながら、音量を調節する。



『わらわを一人にするとは何事だ!! たわけ者ぉっ!!』


「大袈裟だろ、こんなほんのちょっとの時間で」


『ちょっとじゃないわっ! 一体何をしていたのだお主は!!』


「飯食って風呂入ってテレビ見てた」


『なに普通に生活しておるのだ! わらわを置き去りにして!!』



 正直言って忘れてたから、なんて言えるはずもない。

 相も変わらずチワワのごとき憤激を見せる少女は、俺のことを馬鹿だのまぬけだの好き勝手に罵ってくる。八重歯を覗かせるその幼い顔を、泣き腫らしたのか赤く染めながら。



「……なんだよ、寂しくて泣いてたのか?」


『――は!? な、ななな泣いてないわ!!』


「神の子……なんていう割には、やっぱり子供っぽいんだな」


『うるさいうるさいうるさい! しね! 加虐性愛者!!』



 どこにそんな語彙の引き出しがあるんだよ。

 すらすら出てくる少女の罵倒のレパートリーを訝しみつつ、少し可愛げのあるところもあるんだなと親しみやすさすら覚えてしまう自分もいた。


 こいつは多分、性格は生意気だが、どういうわけか本当に『生きている』のだ。今思えば、電源の消えたPCの真っ暗な画面に閉じ込められたために、さっきまで泣いていたのかもしれない。


 この少女は、俺の幻覚なんかじゃない。

 確かにこいつはここに存在している。


 こいつに助けられたことだって、事実なんだ。



「……悪かったよ。ごめんな」

 


 ほとんど独り言のような謝罪を、少女に述べた。



『あ? な、なんだいきなり謝るな!』


「ただの独り言だよ。忘れろ」


『はぁ……まあ、なんだっていい』



 少女の方もようやく怒りを忘れて、落ち着きを取り戻している様子だった。これをちょうどいいタイミングと思った俺は、改めてこの巫女服少女のことを調べてみることにした。まともなコミュニケーションを始めようにも、まだ俺はこいつの名前すら知らないわけだから。



「なあ、お前本当に何者なんだ? さっき……あの化け物を退治してくれたのは、お前なんだよな? あの力についても覚えてないのか?」



 改まった俺の問いに、少女は落ち着いた様子で頷いた。



『たしかに、あれはわらわがやった。……けどな、あんな力、わらわだって知らなかったのだ。お主を助けようとして、お主に命令されて、わけも分からなないまま使った力だからな』


「つまり、お前でもどうして使えたのかわからないってことか?」


『ああ……なんか、できたのだ! 理屈は、知らないが……』


「そう、か……」

 


 あの能力からも、なにも手がかりは掴めそうにない。となると、本当にこの少女の素性は謎のままということになってくる。イレギュラー中のイレギュラー、ということだけはわかっているが。


 だが、こうして冷静に考えてみて、気づいたことがある。


 

(そういえばこいつの力……《ディスオーダー》のバグを中和してたな)


 

 先の戦いで対峙した《マグナ・オキュラス》は、不正ツールである《ディスオーダー》がもたらしたバグによって生まれた〈変異体〉だ。〈変異体〉は存在そのものがバグのようなものであるため、放つ攻撃すべてが被弾対象を文字通り「バグらせる」特性を持っている。


 バグによる汚染を受けた対象は、攻撃・防御機能はおろか通常行動すらも危うくなる場合が多い。だから俺もやつの排除に急行し、バグの被害を最小限に食い止めようと奔走したのだ。現にもう、やつの粒子砲をくらった街の一部は、データが損傷してバグり始めていたが。


 それを踏まえて、この少女の使った力を振り返ってみる。

 こいつが操っていた火の玉――《霊魂》と呼ばれていたもの――は、敵の攻撃を受けても「バグる」ことは一切なかった。それを使役するこの少女も、同様だ。


 このことから、こいつはバグの影響を「受けない」、または「中和する」こともできるのではないか――と俺は仮説を立ててみたわけだ。



『お、おい……なんだ、急に黙り込んで』



 思索に耽っていると、少女は俺を訝るような視線を向けてきた。

 そんな彼女の立ち姿を見て、逡巡する。


 もしかすると、こいつは――



「なあ、お前に一つ頼みがあるんだが」


『た、頼み? またずいぶん(やぶ)から棒に……』




「——俺と、手を組まないか?」




 それは一種の、思いつきのようなものだった。


 

主人公はマンション住まいです。親はいません

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