Ep.7 神の落とし子(2)
「……っ、マジ、かよ――!」
俺の渾身の一撃はを前に、敵は悠々とそこに佇んでいた。
外した……いや、弾かれたんだ。
俺の発射タイミングとほぼ同時に、敵の『目』が開いたのだろう。いずれかの『手』から発射された粒子砲がこちらの射撃を遮り、威力を減衰させた。
敵が目覚める前に仕留められなかった。
紛れもない、俺の失敗だ。
「クソッ――」
悔しさでその場にへたり込みそうになる。
だがひとつ、不可解な点があった。
俺だけ……俺の周りだけ、被害が少ない――。
「霊魂――『和御魂』」
少し遅れて、周囲に飛び交っている青白い炎に気づく。
真横から現れた、浮遊する人影にも。
「無事か? ……人間」
その立ち姿には、見覚えがあった。
あったからこそ、脳が理解を拒否した。
「お前、なんで……」
「なんだ、変なものでも見るような顔して。衝撃で全部吹き飛んだのか?」
見間違いでも、勘違いでもない。
さっきまで店にいたはずの、あの巫女服少女が、俺の前に立っていた。たくさんの炎――彼女に『霊魂』と呼ばれたもの――を引き連れて、悠々とその場で浮遊を続けている。
「言っただろう。わらわは、『神の子』だと」
それは、鮮烈な衝撃だった。
青い羽衣を身にまとい自在に霊魂を繰るその様は、彼女の言う通り、『神の子』であると認めざるを得ないほどの威厳と風格を備えていた。口調も立ち振る舞いも、何もかもが別人のようだ。
しかし、その驚きも束の間のもので。
「――!」
「不味い、『手』が動き出しやがった……!」
初撃を放ったあと、『手』は個々で行動を開始する。《マグナ・オキュラス》を初撃前に葬れなかった場合、あの無数の『手』による攻撃をかいくぐる必要が出てきてしまうわけだ。
「おい……答えろ、人間」
「ああ!? なんだよ、こんなときに――」
リロードを終え、俺は『手』を牽制するべく立ち上がっていた。そんな最中あの巫女服少女は、透き通ったガラス玉のような青色の瞳で、真っ直ぐに訊ねてくる。
「――彼奴を、倒せばいいのか?」
銃を撃つ手が止まった。
頷くこともできないまま、俺はまたくだらない想像をする。
「……お前なら、倒せるってのか」
「お主の命令とあらば、な」
今の彼女になら、倒せる。
そんな根拠のない、けれど否定のできない確信があった。
こうしている間にも、敵は破壊の限りを尽くしている。
決断を迫られているのは、他でもない俺だ。
「わかった。やってくれ」
自然と、そう口走っていた。
彼女は微笑んでそれを聞き入れると、
「承知した」
彼女の返事がきこえた。
そこから俺は、暫く言葉を失った。
「創造、【霊龍顕現】」
「——赫龍・『緋燁炎燐』!!」
短い詠唱の後、“それ”は現れた。
微細な粒子だったものが炎のような形を成し、それはやがて一つの生き物のようにうねりを始める。蛇にも似た長大な胴体に生えた、一対の腕と鋭利な爪。獰猛な獣を思わせる凶暴な眼を宿した頭部から、豪胆に炎を吐き出すその様は、まるで――
(……『龍』だ)
耳を劈くような咆哮が響き渡る。
思えばそれらはすべて、俺の見た夢かもしれない。
バグがもたらした、幻覚だったのかもしれない。
でなければ、もはや説明がつかないのだ。
「灰燼に帰せ! ――【清浄なる劫火】!!」
こんなにも、醜く歪みきってしまった《世界》に。
ここまで鮮烈で眩い煌きが或るなんて。
「…………」
それは過ぎてしまえば一瞬だったが、永遠のようにも感じられた。
少女の召喚した《龍》が放った熱線が《マグナ・オキュラス》本体に直撃し、文字通り、跡形もなくデータの海に還したのだった。制御システムを失った『手』は鉄塊として落下することなく、その場でデータの塵となって消滅を開始する。
終わった。危機は去ったのだ。
紛れもなく、俺が助けたあの少女の手によって。
「これで、飯の借りは返したぞ。人間」
力を使い果たした少女が、こちらに振り返る。
終始圧倒されていた俺は、いつの間にか座り込んでいた。
(なんなんだよ、こいつは……)
あまりにも虚構じみた現実に、笑いさえ込み上げてくる。
それでも、俺は心の何処かでこう思っていた。
こいつなら、こいつと一緒なら。
この世界だって、変えられるかもしれない。
「『人間』、じゃない……」
地面に手をつき、その場に立ち上がる。
「俺は、『カナタ』だ」
「カナタ……そうか、カナタか」
無意識に、俺は少女に片手を差し出していた。
浮遊していた彼女はやがて、嬉しそうに頬を綻ばせ、
「よろしく頼むぞ、カナタ。
お主は今日から、わらわの主だ」
舞い降りながら、俺の手をとった。
その瞬間、世界は途切れた。
⚠ERROR⚠
「…………は?」
何が起きたのか、わからなかった。
目の前の真っ暗な背景に浮かぶのは、《ERROR》の文字。
それが意味するのは、サーバーとの通信の途絶。
あの世界との繋がりが、断たれた。
「なん、で……急に、」
上体を起こし、慎重にヘッドギアを外す。
代わりに視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分の部屋だ。
間違いない、戻ってきたのだ。
現実に。
強制的に戻された、の方が正しいかもしれないが。
(今日メンテはなかったはず……何かの不具合か?)
考えてみるだけ、なんだか無駄に思えてきた。
色んなことが起きすぎて頭がパンクしそうだった。何が夢で何が現実か、わからない。とにかくわからないことだらけなんだ、あの少女を拾ってから、ずっと――
『おい! おまえ! 聞こえてないのか!!』
あろうことかあいつの空耳まで聞こえてきた。
今日はもう疲れてるんだ。寝よう。
『おおおおおいっ!! 無視するな、わらわはここにいる!!』
空耳にしてはやけにうるさいな。
それにどこからか、本当に声がするような……?
『ここだここ!! 気づけ、馬鹿者!!』
「…………まさか、お前っ!!」
嘘だと思った。
だが、部屋の中でその“可能性”があるのはそこだけだった。
『やっと気づいたか! はやくここから出せ!!』
案の定、彼女はいた。
ヘッドギアと同期した、PCの画面の中に。
「……っ、はあああああああああああああああ!?」
自分の目を疑って、思わず卒倒しそうになった。
これが、すべての始まりだった。
〈設定コーナーその6〉
◇《ベイオウルフ》(モジュールについて)
モジュールとは、メインとサブの《武装》それぞれに装着できる追加ユニットのこと。カナタの使用する銃、《ベイオウルフ》には二種類のモジュールが装備されている。一つはビームの銃剣を発生させる《カッター》、もう一つは銃弾の代わりにワイヤー+アンカーを射出できる《ワイヤー》のモジュール。《カッター》は任意で出力の調整が可能で、《ワイヤー》の有効射程はだいたい3m程度。