Ep.45 片割れ
現実パート多めでごめんなさい
「悪かったな、バイト中だったのに」
しばらくしてコンビニから出てきた狼谷に、俺は言った。
レジのバイトを終えてエプロンを外した狼谷は、見慣れた制服姿で歩いてくる。その手には、何か商品を詰めたらしいレジ袋が提げられていた。
「ううん、全然。ちょうど終わるとこだったし」
狼谷は俺と並んで、コンビニ前のバリカーに腰掛けた。
「それと……これ、よかったら食べる?」
そう言って狼谷がレジ袋から取り出したのは、二つに割るタイプの飲むアイスだった。なんだかいつも俺ばっかり食い物をもらっている気がするが、なんだかんだ断るのも憚られる。
「悪いな。あとで半分払うよ」
「いいよ、お金なんて。私が半分食べたかっただけだから」
そういう問題だろうかと思いつつも、狼谷が割ったアイスの片割れを俺は受け取った。さっき買ったばかりなのかまだ中身は冷えていて、一口飲むとホワイトサワーの清涼感が口いっぱいに広がった。これぞ夏、という味だ。
「それに、彼方くんへの感謝はこれでも足りないくらいだよ」
アイス片手に、狼谷は独り言のように呟いた。
「……俺、狼谷に感謝されるようなことなんてしたか?」
「——ところでさ、こうして話すのも久々だね。さくぴは元気にしてた?」
なんか無理やりはぐらかされた。
とはいえ、Zain戦以来、狼谷と会うのに間が空いてしまったことは事実だ。昼休みに例の階段へ足を運ぶだけの時間が取れなかったことが主な要因だが、今となっては少し事情が異なる。
狼谷には、話さなければいけない。
俺と狼谷を結びつけた、あいつのことを。
「朔夜は、もういないんだ」
俺はスマホを取り出して、画面を狼谷に見せた。
壁紙の上に時刻と日付だけが表示された、普通のロック画面。そこにはもう、賑やかでうるさかった電脳少女の面影はない。
「なんで、いきなり……喧嘩でもしたの?」
画面から目を離して、狼谷が訊ねてくる。
「喧嘩はしてない。ただ……朔夜の正体とか存在意義とか、最近になって色々わかってきてな。最終的に、今は別々で行動した方がお互いのためになるって話になったんだ。だからコンビは解散した」
「それは……さくぴと話し合った結果ってこと?」
「いや、朔夜は……」
言葉に迷って、口ごもった。
今回の決断について、朔夜は自分の意志を頑なに示そうとしなかった。やっと口を開いたかと思えば「この先の判断はすべて主であるお主に任せる」の一点張りで、話し合いなんてできたものじゃなかった。
「朔夜は、多分まだよくわかってなかったんだ。何が自分にとって最善か、自分はこの先どうしたいのか……わからないから、判断を全部俺に委ねた。いうてあいつ、まだ子供っぽいところあるからさ」
この結果に後悔はしていない。
けど、俺だって本当は。
「……そっか。さくぴも、後悔してないといいね」
「ああ」
——俺だって本当は、あいつの本音を聞きたかった。
(今更だよな、こんなこと……)
こんな後悔をいくら噛み締めたって、どうにもならない。
今までずっと、あいつは肝心なところで自我を出さなかった。俺があいつを拾ったのも、あいつと手を組んだのも、あいつと一緒にZainと戦ったのも、別れたのも、全部……
全部、俺の選択のせいじゃないか。
「なんか、寂しくなっちゃうね」
アイスを食べ終えた狼谷は、薄い笑みを浮かべて言った。
寂しい。俺が言えなかったその一言に、はっとさせられる。
「そうだな。家にいても妙に静かで嫌になるよ」
俺は、寂しいんだ。
騒がしくて忙しかったあの二週間が、今はただ恋しかった。「一緒に戦い続けること」を一度約束してしまっただけに、唐突に訪れた別れをそう簡単に受け止められなかった。
弱くて寂しがり屋な自分が、嫌になるようだ。
「……アイスありがとな。俺、そろそろ行くよ」
ゴミ箱に容器を投げ入れ、憂鬱を振り払うように立ち上がった。
学校が終わってから、もうだいぶ時間が経っている。夏の夜長とはいえ18時前ともなれば陽も落ちて暗くなるものだ。理優のことも心配なため、早めに帰路につくことにする。
「うん、久々に話せて嬉しかった。またね」
「ああ、また」
狼谷に手を振り返し、俺はコンビニをあとにした。
これからまた狼谷と話すことはあるのだろうか、とふいに思ってしまう自分がいた。
◇◇◇
マンションのエレベーターに乗って、7階に到着した。
レジ袋を提げて部屋に向かう自分の足取りは、いつもより心なしか重い。夏の夜の澱みと湿度を肌で感じながら、部屋のドアに鍵を差して開いた。
暗い廊下を渡って、リビングの照明を点ける。
「……あ」
真っ先に目に入ったのは、ソファで眠る理優の姿だった。
「ん……あれ、ゆうくん……?」
寝ぼけ目を擦って、のそのそと理優は起き上がる。こんなに暗くなるまで、電気もつけずに眠っていたようだ。起こしてしまったことがなんだか申し訳なくなる。
「ごめん理優、起こしたか? やっぱ電気消しといた方が……」
「えっ……? あー、いいよいいよ〜。ゆうくん、これから晩ごはんでしょ……? 邪魔しないように寝てるから……ふぁああ、気にしないで……」
寝起きでぽやぽやと話す理優の口調は、やはりいつもと違う。
脳はきちんと会話のために回っているらしいが、強い睡魔の影響でその記憶もあやふやになる。過眠期中の記憶は後々、だいたいが「夢を見ていた」ように曖昧にしか残らないのだそうだ。
「今日は夕飯いらないのか?」
「んー、大丈夫……」
「テレビはつけても?」
「いいよぉ……」
ソファで横になる理優のそばで、俺はテレビのリモコンを操作する。寝ている彼女にも配慮して、音量は最小限にしておいた。
買ってきた弁当をレンジに入れ、温める。
温めを待つ間に、Tmitterでアンブレ関連の情報を流し見た。軽くエゴサしてみたが、【Executor】解散の情報なんてものは当然ながら流れていなかった。安心する反面、これからどう隠し通すかが課題として残っていることに気づく。
いや、隠し通しても無駄かもしれないが。
(結局は、俺が一人で背負わなきゃいけないんだよな……)
自分の役目から逃げるつもりはない。
これからは俺一人で、残るDプレイヤーと戦っていくのだ。朔夜が抜けたことによる戦力低下は否めないが、【Executor】の株を下げる真似はできない。
今まで通り、俺は一人で悪意と立ち向かう。
どこかで俺を見ているであろう、朔夜のためにも。
◇◇◇
2027 7/16 18:47
カルキノス連邦領第13廃棄地区 旧一番通り
Cafe&Diner《ENZIAN》前の廃ビル
高層ビルの屋上に、人影が二つ。
片方は小柄な少女で、色素の薄い水色の髪を二つ結びにしていた。サイズの大きな黒のポンチョを羽織っており、高台で横風に吹かれる姿は今にも消え失せそうなほど儚げである。
そして、そんな彼女の前に立つのは——
「ほーん、アレかいな。【黒狐】サマ行きつけの店っちゅーのは」
金髪の男は腰を屈め、眼下に見える喫茶店の看板を睨め付けた。長く伸びた後ろ髪は尾のごとく一つに束ねられており、紫色の両眼は挑戦的に吊り上がっている。
右手には、紫紺の炎を纏ったブレードが握られていた。
「えらい辺鄙なトコにある店やなぁ。あのクソ狐はこんなトコでこそこそ情報集めて活動しとったんか。一丁前に仕事人気取りやん、きっしょいわぁ……」
「……今からあそこ、襲うの? ヒミヤさん」
「だから襲わんて。さっき言うたやろ、今回は軽い下見や」
男は立ち上がり、肩にブレードを担いだ。
紫の憎悪を込めた瞳は、灰色の空を背景に鈍く輝く。
「覚悟せえよ、クソ狐。
お前にはとびっきりの地獄をお見舞いしたる……!」
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作品の執筆は完全に作者のモチベ次第ですので、応援してくださるとひじょーーーーに助かります。これからも応援よろしくお願いします。




