Ep.43 決断
「……で、どういう意味なのかな? ボクと闘いたいというのは」
大きく伸びをしたミデンは、振り向きざまに言った。
流麗な銀髪が、黄昏時の風に靡いている。
俺とミデン、それから朔夜は、とある廃ビルの屋上に移っていた。
「……正直、まだ割り切れないんだよ」
弱音めいた言葉を、吐き捨てる。
「俺一人で考えてみたところで、何が正解なのかなんて判らない。朔夜とお前の未来がかかってるんだ、俺の一存ですべてが決まるのは……」
「それなら、普通にボクに助言を頼めばいいじゃないか」
なんでもないことのように、ミデンは言う。
しかし、それだけでは駄目だった。
「それじゃあ納得がいかない。俺がもし《NERVE》との協力を諦めたら、朔夜のことは完全に預けっきりになる。それに俺は、お前の実力を含めて信じきったわけじゃない」
「ふむ、つまりボクの実力を疑っていると」
詮索するような目で、ミデンは俺を見る。
実際、本心としてはそんなところだった。
ミデンには《NERVE》から逃げ切れる術があるとのことだが、それがどこまで信用できるか、はたまたその術が通用しなくなった時に対処できるのかすら未だ不透明だ。捕まって朔夜もろとも消去、なんて結末は御免である。
「俺より弱い奴に、朔夜のことは任せられない」
「カナタ……」
「ははっ! なるほど……さながら頑固オヤジだね、君は」
ミデンが可笑しそうに頬を緩める。言い得て妙だ。
だが今回は、それくらいの心持ちでいる必要があった。
「君がそう言うのなら、いいよ。……闘ろうか」
ミデンはふっと微笑み、俺と距離をとった。
常にどこか友好的だった彼女の目つきが、変わる。ピリついた空気を肌で感じた俺は、咄嗟に《武装》を喚び出して身構えた。
相手は朔夜と同質の“PMC”、実力は未知数だが警戒するに越したことはない。
「朔夜、お前は離れて見てろ」
「あ、ああ……でも、本当にお主一人で……」
「心配はいらない。ただの小手調べだからな」
小手調べで済むかどうかは、相手次第かもしれないが……
「……この勝負でお前が勝てば、朔夜のことはお前に任せる」
「もし君が勝ったら?」
「その場合……朔夜のことは任せられない。けどミデン、お前には無条件で俺たちの側について協力してもらう。それでいいな?」
少々強気すぎる提案かとは思ったが、ミデンはひとり納得がいったように微笑み、
「わかった、それでいいよ。もっとも、ボクはもとより君たちの味方だけどね」
なぜか悲しそうに、ミデンは笑った。
気がかりではあったが、俺も素直に銃を構え、
「開始の合図は?」
「いらないよ。さあ、好きに撃ちたまえ」
そう言い放ったミデンは、未だ非武装、丸腰のまま。
しかし彼女から言ってきた以上、俺が躊躇う理由はない。
右の銃の照準を合わせて、即座に二発撃ち込んだ。
すると彼女は仁王立ちのまま、
「——《瞬雷》」
その白い左手から、金色の稲妻を発生させた。
放たれたビームの銃弾が、一瞬にして消滅する。
「どうしたんだい? もう始まってるんだろう?」
銀の髪を揺らして、ミデンが挑発的に微笑んでみせる。
俺が自分で始めた勝負だ、迷っている暇はない。
すかさず銃を連射し、少しずつ距離を詰める。するとミデンは掌から発生させた電気で銃弾を相殺させながら、一歩、また一歩とステップを踏むように後退していった。
しかしここはビルの屋上、端に追いやられれば勝ち目は——
「【創造】!」
そう叫ぶと同時に、ミデンはビルから飛び降りた。
「!?」
背中からダイブした少女の姿が、視界から消える。
自滅……というわけではない。奴は最後まで余裕そうに笑っていた。
なら、今のは——
「フフッ……焦り過ぎだよ、カナタ君!」
思考するのも束の間、ミデンが目の前に再浮上する。
それも、かなり高くの高度まで飛び上がっていた。
(——っ、こいつ……わざと落ちやがった……!)
慌てて照準を合わせながら、先ほどの一場面を思い返す。
落ちる直前の【創造】は、おそらく足元に足場——いや、反発するトランポリンのようなものを作ろうとしていたと考えるべきだろう。どこまでこいつが自由に力を使えるかわかったものではないが……。
「——《瞬雷》・穿」
今度はミデンが電気を弓矢の如くまとわせ、俺を狙う。
シールドを張ろうとしたが間に合わず、雷の矢が右腕を掠めた。
「……ッ」
幸い、矢自体の威力は思っていたほどではない。
立て直して右の銃を構えようとしたが、右腕が思うように上がらなかった。
(マジか……麻痺持ちかよ……!!)
おそらくだがミデンの《瞬雷》とやらは、朔夜で言うところの《霊魂》に当たるデフォルトの能力だ。しかしその見た目通り、それ自体に麻痺状態を付与する効果があるらしい。
闘う相手としては、非常に厄介極まりない力だ。
「落ち着きなよ。君らしくないじゃないか、【黒狐】」
俺が着実に焦りを感じ始めている中、ミデンは創り出したワイヤー銃で空を泳ぐように移動する。俺も彼女を追うようにビルの上を転々としながら、銃弾を撃ち込んでいく。
その間も右腕には、まだ痺れが残っている。
「焦ることはないよ。ボクは勝負を捨てて逃げるような真似はしない」
「……っ、じゃあ止まりやがれッ!」
三つ目のビルに移ったところで、俺は思わず絶叫していた。
するとミデンはなぜかそこで馬鹿正直に足を止めて、
「止まる? うん、いいよ——おいで」
創造した軍刀で、俺にカウンターを仕掛けてきた。
(……ッ!?)
俺はなんとか瞬時にブレードに持ち替えて、至近距離での鍔迫り合いに応じる。
刃同士が正面からぶつかり合い、火花を散らした。
「お前、なんでもありかよ……!」
「そりゃあもちろん! ボクたちPMCは、ルールから外れた自由な存在だからね。能力に制限なんてついてない。だから——」
ミデンは軍刀に添えた左手を離す。
「君とも、Dプレイヤーとも対等に渡り合える」
その瞬間、目の前に閃光が走った。
反射的に飛び退いて、なんとか至近距離での《瞬雷》の直撃を避ける。常時霊魂を連れ回す朔夜と違って、こいつには予備動作がない上に、発動も一瞬だ。
(油断も隙もねぇな……)
これが、PMCの本領。どこまでも際限のない、自由な力。
もしかすると彼女のこれが、朔夜のもつ力の正しい使い方、完成形なのかもしれない——そう思わせられるほどに、脅威的だった。
俺じゃなく、こいつが朔夜と組めば、あるいは……
「どうしたんだい? そっちは本調子じゃないみたいだけれど」
「ああ……?」
軍刀を軽く振りかざすミデンの煽り文句に思わず、不躾な反応が出た。
すると彼女はまたも挑発的に、
「もしかして君、手加減してないかい?」
心臓が跳ね上がった。
何かを的確に言い当てられたような、そんな感覚。
(手加減……? 俺が……?)
「もちろん、ボクが超のつくほどの美少女だからなるべく傷つけたくないというのはわかるよ。それにボクは朔夜と同じで、戦闘体が存在しないからね。ひどいダメージを負えば最悪、一発で消滅するかもしれない」
前半分は大方冗談だろう。
「だから俺が、お前に手加減してると……?」
肯定も否定もせず、ミデンは俺を見た。
彼女の言い分はおそらく、俺には否定できない。
朔夜との繋がりをもつ彼女を全力で潰しにかかれるほど、俺は非情な人間ではないからだ。Dプレイヤーたちのことはあくまで「悪人を裁く」という建前があるから全力を出せるが、悪人でもプレイヤーでもないミデンにそこまでの殺意は抱けない。
悪を裁くことはできても、「人殺し」はできない——。
「君のやってきたことは一見、悪人に慈悲のない非道な行いかもしれない。けど、肝心の君の心は非道になりきれていない……ボクはそう思う」
「……そうかもな。俺は現実じゃただの高校生だ」
「おや、否定しないのかい?」
「できないんだよ。お前が言ったことが全部正しい」
ゲームとはいえ、協力を持ちかけた相手——それも相棒の同族の命を奪うような真似は、俺にはできそうにない。今までなんとか普通に生きてきた一人の高校生に、そんな非情さを求められても困るというものだ。
「……この先、君のその甘さは、いつか仇になるよ」
「ああ、かもな。所詮俺は、甘ったれたヒーロー気取りのガキに過ぎなかったのかもしれない。お前のおかげで、今更気づかされたよ」
虚空を彷徨っていた銃口を、静かに下ろす。
武装解除し、戦闘体も消去した。
「朔夜、聞いてるか?」
『ああ……わらわなら、聞いているぞ』
無線通信越しに、朔夜の沈むような声が聞こえる。
もうあいつも、薄々勘付いていたのだろう。
「これまで、付き合わせて悪かったな」
相棒として、俺が選ぶ道を。
「——お別れだ、朔夜。これからは、ミデンについていけ」
決まりきっていた答えに、今、やっと納得がいった気がした。
◇◇◇
同時刻。
多々羅たちのクラン【々々々々】のアジトである、廃工場の一角にて。
「よぉ〜、十々木」
「あぁ、タタ君! 大変だ!」
ポケットに両手を突っ込んでふらふらと歩いてきた多々羅に、十々木が顔を上げて駆け寄っていく。十々木のほうは何やら落ち着かない様子であったが、多々羅は彼の言葉を遮るように、
「皆まで言うなよ。……状況は?」
「えっと……スス君が、一対一でやられた。けど奴は、駆けつけたスス君の小隊と俺でなんとか抑え込んで捕まえたよ」
「そっか、ならいいわ。そんじゃ俺は、奴さんの面でも拝みにいくかぁ〜」
立ち尽くす十々木の横を通り過ぎて、多々羅はまた歩いていった。二十人近くの仲間たちが野次馬のように集まった一角に、悠然と足を踏み入れる。
「なぁ〜、どいつだぁ? 俺たちの基地に単身で乗り込んできた馬鹿はよぉ〜?」
クランのメンバーたちが揃って多々羅に道を譲る。
果たしてその先にいたのは、体を椅子に縛り付けられたピンク髪の少女だった。トレードマークだった白い狐の面も外され、反抗的で鋭利な双眸が多々羅を射抜いている。
「なるほどなぁ、アンタが【白狐】ってわけか〜。思ってたよりかわい子ちゃんでビビったぜ〜」
「やっと見つけたわ。アンタが多々羅ね……」
「ご名答。……で、どうするよ? その状態から俺をぶっ殺してみるか?」
仲間の用意した椅子に、多々羅は尊大な態度で腰掛ける。
手足を縛られた少女はなす術もなく、ただ目の前の敵を睨めつけるだけだった。携えていた大鎌で反撃することはおろか、ディスプレイを開いて自主的にログアウトすることもできない。
「おおかた俺たちの『計画』を知って邪魔しにきたってところだろうが……【黒狐】と違って、おまえは無謀なこともしちまうタイプってわけか。これじゃあ【Executor】の面汚しなんじゃねーかぁ?」
「……っ、なんとでも言いなさい……」
「強がるなぁ。もう自発的にログアウトすらできねーってのによ〜」
ぐっと顔を近づけて、多々羅は少女を煽り続ける。
痛めつけられるような真似はされていないにしろ、少女の表情は次第に屈辱の色で染まっていった。
「……ま、いいや。それよりおまえ、お家に帰りたくねーか?」
「当たり前でしょ。これ以上こんな薄汚いところにいたら気が狂いそうだわ」
「だろうな。なら、そんなおまえに朗報だ! 俺たちの頼みを聞いてくれれば、今すぐにでも解放してやるかもだぜ〜!?」
そう大声で言って立ち上がった多々羅を、少女はなおも睨む。
しかし彼は気にすることなく、少女を見下ろして冷酷に言い放った。
「今ちょっと人手が足りなくってな。
——俺たちと手ぇ組んでくれよ、【白狐】」




