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Ep.40 苦渋の選択

トイレに冷房をつけようと言ったらぶん殴られました

夏ですね

 2027 7/14 18:36

 Under Brain運営本部 2階

 ディスオーダー対策本部



 

「……そうか。接触に成功したか」



 広い基地の休憩所の一角にて、眼鏡の男は端末を耳に当てていた。

 片手にはアイスコーヒーが握られており、激務の間の休息ということが窺える。彼は窓の外の雲海を眺めながら、電話の向こうの声に時折相槌を打っていた。



「それで、彼らは何と答えたんだ? 協力は取り付けたのか?」



 男はコーヒーを一口啜る。

 対して端末の向こうの少女の声は、少し落胆気味だった。



『……少し、考える時間がほしいってさ』



 

       ◇◇◇



 

 一時間前。

 


「ボクと朔夜は、《NERVE(ナーヴ)》によって消されることになる」



 ミデンのその一言に、カナタは息を呑んだ。

 黙り込んだ彼を見てその深刻さを察したのか、朔夜は狼狽えながらミデンに問う。



「け、消されるとはどういう意味なのだ? この世界に居られなくなるということか?」


「……()()()()()()が消されるという意味だよ。記憶も意識も分解されて、データの海に(かえ)ることになる」



 ミデンは目を伏せて、控えめに語った。

 するとカナタは握りしめた拳を震わせて、



「なんで……どうしてそういうことになる? 《NERVE(ナーヴ)》にとっても、朔夜の力は《ディスオーダー》に対抗するために必要なはずだろ? なのに消されるだなんて、ふざけてるだろ……《NERVE(ナーヴ)》の連中は、そんな非合理的なことをする奴らなのか?」


「カナタ……」



 カナタの言葉には、困惑と少しの怒りが滲んでいた。

 ミデンは彼の反応も当然という風に受け止め、理路整然とした説明を心がける。



「あくまでもこれは、『Dプレイヤーの掃討』という目的が果たされた後の話だよ。ボクと朔夜はその目的のために生み出されたに過ぎないから、命もそこまでってわけさ」


「……生み出された? 朔夜がか?」



 引っかかりを覚えたカナタが追及する。



「うん……あれ、もしかして君、朔夜の正体とか知らなかったりするのかい?」

 

「ああ、知らないけど……」


「わらわも知らないぞ?」



 変に揃った二人の反応に、ミデンは目を丸くした。

 話の要点に関する知識が抜けていることが思いがけず判明し、ミデンは苦笑を浮かべながらこめかみを押さえる。このままではまずいと思い直し、彼女は息を吐いてまた話し始めた。



「じゃあまず、“PMC”のことから話そうか」


「PMC?」


「“Programatic Modification Character”の略称さ。名前の通り、《ディスオーダー》に対抗してそれに付随するバグを世界を修正しうるだけの力を与えられた個人……という感じだね」



 カナタたちの表情を窺いながら、ミデンは語った。

 朔夜はまだいまいち話を飲み込めていないのか、まるで他人事のように聞いている。



「それが……朔夜の正体だと?」


「ああ、そうとも。ボクは《NERVE(ナーヴ)》に協力させられているプロトタイプの0号機、朔夜は《ディスオーダー》と戦わせるために放たれた実戦投入型の1号機というところかな」


「0号機……それで(ミデン)ってわけか」



 カナタは頷きながら相槌を打つ。

 するとそこへ、首を傾げた朔夜が口を挟んだ。



「なあ……わらわとお主がそのために作られたというのなら、なおさらどうして、そのナーヴとやらに消されなければいけないのだ?」


「確かに……そこが一番引っかかるな」



 カナタと朔夜が揃って疑問を呈する。

 そもそもの彼らの疑問点はそこにあるのだ。《NERVE(ナーヴ)》に協力したら最後、目的達成後に朔夜とミデンは抹消される――そこまでの“後処理”を運営側が行わなければならない理由が、彼らの一番の疑問である。

 


「……それは、言ってしまえば簡単な話だよ」



 ミデンは沈黙を挟んで、重い口を開いた。




「——ボクたちが、このゲームのバグそのものだからさ」




 カナタは数秒、言葉を失った。

 ミデンの言葉の真意に辿り着いてもなお、彼は次に発する言葉を言い淀んでしまっていた。



「バグそのものって……ミデンと朔夜は、バグに対抗するために作られたんじゃ……」


「ああ、だからこそだよ。《ディスオーダー》に対処する力を得るためには、そこから生まれたバグを利用する他なかったって話さ。バグをもってバグを制す、といった感じにね」



 カナタは絶句していたが、その反面納得してもいた。

 朔夜の持っていた力の正体が、半分明らかになったようだものだ。最初から《ディスオーダー》関連との戦闘を想定していたのなら、彼女の持つ過剰な能力にも頷ける。


 だが、その朔夜自身もバグの性質を有しているために抹消されることになる。

 用済みの烙印を押され、英雄として讃えられることもなく——。



(じゃあ最初から、こいつは使い捨てるつもりだったってことかよ……)



 やり場のない怒りが、カナタの胸に湧き上がってくる。

 自分の辿る運命すら知らず、健気に戦い続けていた朔夜の末路がそんなものであっていいはずがない――それは彼女の相棒として、当然の怒りだった。



「それで、どうする? 《NERVE(ナーヴ)》との協力は決裂かい?」



 自身の命もかかっている状況でありながら、ミデンは二人に歩み寄って訊ねた。判断を急かすつもりはなく、あくまで彼らの意思をミデンは問おうとしていた。

 


「……その条件が前提なら、俺は協力を辞退する」



 朔夜が顔を上げる。カナタの瞳はまだひどく揺らいでいた。



「けど、辞退したところで変わらないんだろ?」


「? どうしてだ、カナタ?」


「俺たちが仮に《NERVE(ナーヴ)》と協力せずにDプレイヤーたちと戦っていったとしても、最後には朔夜やミデンの存在は、運営にとって単なる処理すべきバグでしかなくなる。しかも最悪そっちは運営側と敵対することになるかもしれない」

 

「残念ながら、その通りだね。どの道、その結末は変わらない」



 ミデンは悔しげに顔を伏せる。

 が、「だけど」と言って表情を一転させ、




「……ボクなら、朔夜のことも守れるかもしれない」




 カナタは瞠目した。

 ミデンの言葉に縋りつくように、問いかける。



「守れるってどういうことだ? 朔夜が……処分されずに済むってことか?」

 

「……どちらかといえば、先延ばしできると言った方が正しいかもね。ボクはこれでも《NERVE(ナーヴ)》に従っている身だけども、彼らの目を出し抜いて欺く術はいくつか知っている。逃亡生活みたくなるだろうけど、少なくとも処分だけは逃れられると思う」



 朔夜は黙って、カナタの表情を窺った。

 最終的な選択をするのは、いつだって彼女の主人である彼だ。



 「判断は今すぐじゃなくてもいい。()には『保留』ってことで誤魔化しておくから」



 深刻な表情のカナタに、ミデンは言う。

 気持ちの揺らいでいたカナタは、緩慢に頷いた。



「ああ……頼む」



 目的の達成と、相棒の身の安全。

 その二つを秤にかけた上で、カナタは決断を迫られていた。




       ◇◇◇


 


 そして、現在――。

 


「……時間? こちらからの協力要請にか?」



 保留の判断を伝えたミデンの声に、男は訊き返した。



『いきなりの来訪だったからね。ボクもあまり、彼らに判断を急かすようなことはしたくない。そっちがしろって言うならするけどさ』



 溜め息混じりの返答に、男は言い淀んだ。

 しばらく答えを出しかねていたが、やがて通信をつなげた少女に向かって、



「……わかった。彼らから返事を受け取り次第、すぐにこちらに連絡しろ」


「了解だよ、速水班長」



 それじゃあ、と言葉を残して通信は切られた。

 速水と呼ばれた男は渋い顔をして端末を仕舞うと、コーヒーの切れた紙コップをゴミ箱に投げ入れた。人気のない夜の休憩所をあとにした速水が通路を歩いていると、途中である声が彼を呼び止める。



「あ、速水さんじゃ〜ん」



 速水が振り返ると、そこにいたのは黒髪の青年だった。

 緑のインナーカラーの入った黒髪やピアス、端正な顔つきが目立つが、その両目だけは怪しく弧を描いていた。勘のいい人間であれば裏を疑ってしまうような、信用ならない笑みを浮かべている。



「……速水()()だ。何度も言わせるな、ヨモギ」

 

「あっはは、そうでしたね〜。速水班長」



 これ見よがしにニコニコと笑みを貼りつけたまま、ヨモギは訂正してみせた。

 速水は面倒そうな表情を浮かべていたが、彼は構わず彼の隣に並んだ。



「ミデンちゃんに任せた例の件、うまくいったんですかねー?」


「彼女が言うには……保留、ということになったらしい」


「保留? ふーん、なるほど……」

 


 ヨモギは一瞬、神妙な顔で考える素振りを見せた。

 視線は正面を見据えたまま、彼は軽妙な口調で言う。



「それ、どこまで本当なんですかね?」


「……どういう意味だ?」



 速水が遅れて訊ね返す。

 するとヨモギは、深い色の瞳を速水に向けた。



「そのままの意味ですよ。オレはミデンちゃんのこと好きですけど、100%信用できるかって聞かれたら——そうでもないかもしれない」

 

「つまりお前は、自分から任務を買って出たミデンを疑っていると?」


「うーん……まあ、解釈は任せます。それよりオレ、《EXIA(エクスシア)》の動作テストに呼ばれてるんで。このへんで失礼しますね〜」


 

 含みのある言葉を残して、ヨモギはスキップでもするように軽やかにその場を去っていった。黒い隊服を着込んだその背中を速水は見送ると、右のポケットに入れた端末を取り出そうとして、やめた。


 眼鏡のレンズが、眩いばかりの通路のライトを反射する。

 不穏な予感を覚えながら、速水はまた通路を歩いて行った。






 



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