Ep.37 強者たちの集い
暑いですね
その男に、周囲の視線が集まった。
金髪をトゲのごとく逆立て、隈のある三白眼を不気味に光らせる青年。彼こそは、現在PvPデュエル世界ランク4位にして【解体屋】の異名を持つDプレイヤー、多々羅であった。
「これはどうも、多々羅様。お初にお目にかかります、私——」
「あ、とりもっさんじゃん。うい〜っす」
「正確には『ジャックナイフ酉本』なのですが……」
カラス頭の酉本の独り言は多々羅に無視された。
代わりにヴァルカンとラヴーシュカが、彼との会話に割って入る。
「アタシを呼び出しといて待たすなんて、いい度胸じゃねぇか。ええ、多々羅さんよ?」
「オラオラ系の女きっつ〜。あ、連絡ありがとね、たたくん♡」
「テメェのぶりっ子キャラの方がキツいだろ。燃やすぞ?」
「あんまケンカすんなよ〜。これから“会議”すんだぜ〜?」
ケラケラと笑いながら、多々羅は工場の奥へと歩いていく。
緩慢に周囲を見渡しながら、彼はふと大声で言った。
「あれ……なんだよ、これで全員かぁ〜?」
夜の工場内、彼の視界に映るのは現状、二人の少女とカラス頭の不審者のみ。彼は部下に命じて世界ランク10位以上のDプレイヤーにここに集まるよう手筈を整えていたはずだが、どうやら欠席者または遅刻者が多いようだ。
予想を裏切られ、多々羅は長い溜め息をして頭上を見上げる。
すると、そこには。
「お? 天井に774ちゃんはっけ〜ん」
「Σ(゜Д゜)」
廃工場の高い天井に、白無垢を着た女性が張り付いていた。
逆さまになったその顔は仮面で覆われており、表面の電光板が「驚き」の顔文字を描いている。彼女自身が言葉を発する気配は一切なかった。
「いや〜、そんなとこいたら普通気づかないって」
「m(_ _;)m」
「謝んなくていーよ。俺は774ちゃんのそーゆートコ嫌いじゃね〜」
「——あらら、そうなのね!?」
多々羅が天井を見上げていると、そこから新たな来客がやってきた。
天井をぶち抜いて、巨体が多々羅の前にダイナミックに着地する。工場全体を揺るがすような勢いで飛び込んできた「彼」は、分厚い胸筋を強調して言った。
「ンそれじゃあ、アタシのことはどう思ってるのかしら? タタラたん♡」
クセのある女性口調で喋る彼は、女性用のスキンを着用していた。
その姿だけ見れば、ただのオネエ調の男性プレイヤーだ。
「え、嫌いだわ」
多々羅に一瞬で振られるのも無理はない。
しかし、もちろん彼はただのオネエではなかった。
「……つか、来たんだな。Ms.Diavolo」
多々羅の目つきが、そこで初めて変わった。
彼の目の前に迫る巨漢こそが、多々羅をも上回る世界ランク2位――『Ms.Diavolo』その人であるからだ。一際格の違うDプレイヤーである彼の登場によって、工場内のピリついた空気が一変するのは必然だった。
「来るに決まってるじゃな〜い! 可愛い後輩ちゃんがお呼びなんだからっ♡」
「チッ……他は? アンタで最後かぁ?」
すり寄ってくるディアブロから距離をとりつつ、多々羅は再び周囲をぐるりと見渡した。すると今度は、もう一つある出入り口から新たな足音が近づいてくる。
両腕に包帯を巻いた男が、暗がりから現れた。
「晩上好、多々羅。吾とこいつで最後だ」
その男は、中国風の道着を身にまとっていた。鞘に納めた刀剣を携えており、黒い布で目隠しをしたその特異な風貌からも強者の風格を漂わせている。
彼は世界ランク5位、『劒』。
そして、文字通り彼の左手にいるのが——
「ハロー、多々羅さん。なんか僕捕まっちゃった♪」
首から一眼カメラを提げた少年が、劒に首根っこを掴まれていた。薄緑と水色のカラフルなツートンカラーの髪をしており、小柄な体格からも中性的な印象を受ける。
彼は世界ランク6位のDプレイヤー、『ふぉと』だ。
「こいつがカメラを手に怪しい動きをしていたものでな。捕らえておいた」
「おー、そいつは助かるぜ」
「あれー? 僕そんなに信用ないの?」
「この中じゃダントツで最下位だな〜」
捕まったままへらへらと笑う少年に、多々羅はそう吐き捨てた。
やがて『ふぉと』は劒の左手から振り落とされ、その首元に剣をあてがわれる。 それでもなお余裕に微笑む少年を横目に、多々羅はすぐそばの壊れた製造装置に飛び乗った。
「キサラギはまあ来ねぇとして、いねぇのは3位かぁ?」
「そうねぇ。魔姫那ちゃんは、また少しアタシたちと違うみたいだから……」
「……みてぇだな。んじゃあテキトーに始めっか〜」
多々羅は機械の上に座り、片膝を立てる姿勢をとった。
工場に集められた強者たちは、皆それとなく彼に視線を送る。
彼らの共通点は、《ディスオーダー》使用者、そしてその界隈でも上位に食い込む実力を有しているということのみである。錚々たる顔ぶれだが、お互いに味方意識などない、完全なる烏合の衆だ。
だが、そんな彼らを多々羅が集めた理由は他でもない。
「さて、お前らも知ってるだろうが……一昨日Zainが負けた。アイツのいう通り、【Executor】のガキ共は、いずれほぼ確実に俺たちの誰かを“狩り”に来る」
不服と不機嫌さの滲んだ低い声で、多々羅は言った。
三白眼に収まった彼の黒い瞳が神妙に、暗く何かを見据える。
ディアブロと酉本が腕を組んで頷いていた。他のメンバーは各々壁に寄りかかるなり天井に張り付くなりしながら、自由に多々羅の話を傍聴している。
「今のアイツらの力は“本物”だ……2対1にでも持ち込まれたら、俺でも勝てるか怪しいなぁ〜」
「……それはアタシも異論ねぇな」
「あたしもあたしも〜。あの子たちまぢ強すぎ〜」
「(。'-')(。,_,)」
ヴァルカンとラヴーシュカ、774が賛同の意を示した。
するとそこへ、未だふぉとを捕らえたままの劒が口を挟む。
「だからその前に、こちらが数で攻める……というわけか?」
「なんだ、わかってんじゃ〜ん」
多々羅はニヤリと笑みを浮かべた。
「アイツらの力は強大だけどなぁ、今はこれといった後ろ盾がいねぇ。運営サマが気づいて寄り付く前――この敵の少ないタイミング、俺は逃したくねぇワケよ」
「じゃあつまり、アンタのその作戦のためにアタシらは集められたってことか?」
「まーそういうこった。理解が早くて助かるぜ〜」
多々羅は満足げに笑う。
しかしそれ以外の面々は、そこで一旦口を閉ざした。自分が何のためにここへ呼ばれたのかがはっきりした今、彼らに求められている選択はたった一つである。
「……で、俺のこの作戦に参加するのか、それともしねぇのか」
人差し指と中指を順に立てて、多々羅は言う。
「ペナルティは多分ねぇ。お前らの意思をかるーく聞かしてくれ〜」
どこまでもフランクに、何気なく言い放たれた言葉。
多々羅自身、その裏には実際含みがなかったわけではない。誰か一人の反抗的な発言によって、保たれてきたこの場の雰囲気が――力の均衡が、壊れる可能性もあった。
そうして多々羅より下位のプレイヤーたちが様子見で口をつぐむ中、
「アタシは、タタラたんの考えは正しいと思うわ。
——けど、参加はできないわねぇ」
頷きつつ彼の話を静聴していたディアブロが言った。
「ほー、その心は?」
「アタシはねぇ、『靭く・気高く・美しく!!』がモットーなのよぉ。大勢でたった二人の子供をいじめに行くような真似は、アタシにはちょ〜っとできないわねぇ」
「まーアンタなら、戦力的に一人で十分だろうしなぁ」
意外にもすんなりと、多々羅はディアブロの辞退を受け入れた。それを皮切りとするように、二階通路でしゃがんでいたラヴーシュカが手を挙げて、
「あー……じゃあごめんだけど、シュカも降りてもいい?」
若干気まずそうにする彼女を、多々羅は見上げる。
「たたくんには悪いけど、シュカ、大勢との連携とかそーゆーの苦手なんだよねー。たたくんトコのクランの人たちも来るわけでしょ〜?」
「ああ、20人ちょっとはいるなぁ〜」
「それじゃあちょっと、今回はパスかな……」
「そうか、まあ全然いいぜ〜。来てもらってるだけでこっちは感無量だ」
「うん、ごめん……ありがと」
そう紳士に返した多々羅に、惚れっぽいラヴーシュカは内心キュンとしてしまっていた。しかしそこですかさず、威勢のいい声が割って入る。
「アタシは加勢するぜ! 叩くなら今しかねぇみたいだからな!」
ヴァルカンは、ずいと胸を張って多々羅の前に躍り出た。
長髪と同色の燃えるような瞳が、彼女の揺るぎない闘志を表している。
「それによ、あのチビ助とはいっぺん闘り合ってみたかったんだ。アタシの炎とアイツの炎、どっちが強ぇのか確かめたくってな! なあ、いいだろ!?」
「いいぜ〜。面白そーじゃん」
「ならば、吾も加勢しよう」
「おっ、劒も来る?」
至って軽いノリで、多々羅は背後の劒に振り向いた。それから少し視線を落として、眠そうに欠伸をしているふぉとに目をつける。
ふぉとも彼と視線が合い、何かを察したようだ。
「んじゃ、オマエも来い」
「えぇ……? 信用ないんじゃなかったの?」
「オマエの『カメラ』の力はこっちとしても欲しいからなぁ〜。ただし、オマエに拒否権はねぇし余計なマネしたら俺がぶっ殺す」
「わ、わかったよ……こわいなぁ」
そう言いながらも、ふぉとの表情に畏怖の念は一切見えず、ただ薄い作り笑いを浮かべているのみだった。まるで最初から、こうなることは予想していたとでも言いたげに。
三人仲間を引き入れた多々羅は、最後に天井を見上げた。
「774ちゃんは〜? 来る〜?」
「∠(゜Д゜)/」
「……行くってことでいいのかな?」
「(*´꒳`*)」
「オッケー、了解〜」
774に向かって、多々羅は友好的に微笑んでみせた。これで仲間は四人、もう十分といったところだが、
「……あの、私は一応辞退させていただきます」
「あ、ごめんとりもっさんいたのか。黒いから気づかんかったわ」
「ガーン!!」
最後にそんな一幕を挟みつつ。
四人の協力者を得た多々羅は満足げに立ち上がり、壊れた機械の上で大きく伸びをした。月明かりが窓から差し込み、彼の横顔を照らす。
「よーし、じゃあ加勢してくれる奴らにはまた後で連絡するわ〜」
首の後ろを掻きながら、気の抜けた感じで言う。
しかしその真っ黒な双眸は、未だ鋭く。
「ははッ……“戦争”の始まりだぜ」
野心的に、まだ見ぬ宿敵を見据えていた。
次回更新は6/19です。




