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Ep.33 最終ラウンド

 斬閃が空を裂く。

 刃を躱したZainは懐に飛び込み、拳を握りしめる。


 Zainの繰り出したアッパーを、カナタは左手で受け止めた。

 アルケーの出力は互角。極至近距離で両者は睨み合う。



「まだいけるな、Boy!?」

 

「当たり前、だっ——!」



 敵の胸筋を蹴り飛ばし、カナタは飛び退く。

 着地するとすかさず、Zainの放つ衝撃波を回避しながら中距離での射撃に転じた。彼が移動のために四肢を駆使するたび、身に宿した蒼炎が風にたなびく。

 

 青い霊魂を身にまとった彼の身体は、Arc値、攻撃・防御力、機動力など能力の全般が強化されていた。今回の決闘にあたってカナタと朔夜が考案した「奇策」——それがこの【霊威装天(れいいそうてん)】形態である。


 すべては、近・中距離にて、Dプレイヤーと渡り合うため。

 だがこれは、ここまで温存してきた「切り札」の一つに過ぎない。



荒御魂(アラミタマ)・解——『狐火(きつねび)』!!」

 

「カッターモジュール、起動(オン)!!」



 朔夜の赤い霊魂がまとまって列を成し、Zainに側面から次々に襲いかかる。

 それに合わせてカナタは銃剣を起動し、すぐさまその場でスタートを切った。青い炎を吸収した銃剣が、長大な光の集合体となってZainを両断せんと迫りくる。


 息の合った左右からの挟撃。

 Zainは躊躇なく「防御」の音で双方を防ぎ切る。


 紛れもなく全力を発揮したZainと彼らの力は、拮抗していた。



「重いな……! これがッ……オマエらの全力かッ!!」



 両側からの攻撃に耐えながらも、Zainはまだ笑っている。それは決して虚勢を張るための作り笑いではなく、この戦いに全力を注ぎ込んでいる彼の「楽しさ」からくる、清々しい笑みであった。



「だが……まだだ——まだ足りねェ!!」



 防御に徹していたZainは一転、次の一音で攻勢に転じた。

 両肩に配置されたスピーカーから、ボリューム最大、特大の「打撃」の衝撃波が放たれる。押し切られた朔夜とカナタは衝撃で弾き飛ばされ、銃剣と霊魂が一時的に消滅してしまった。


 Zainはカナタの方へ振り返ると、彼の銃を片手で掴む。



「クライマックスだぜ!? もっと……ギアを上げてけッ!!」

 

「……!!」



 鉄のグローブで強化された左手が、《ベイオウルフ》の銃身を粉々に砕いた。続いてカナタの腹めがけて、右の拳が繰り出されるが、



「……ほォ?」



 瞬間、拳に逆手で突き刺されたのは、高周波ブレード。

 カナタは左手でZainの拳を縦に切り裂くと、すぐさま右手も銃を手放してブレードに持ち替える。するとその剣先を、Zainの空いた左前腕に突き立てた。



「俺は勝つ……本気のアンタに勝って、アンタを否定する!!」

 

「そうかよ!! ならまだまだ、楽しめそうだッ!!」

 


 Zainの左前腕、ミキサーが火花を上げて爆発する。

 しかしその直後、Zainはカナタの首を掴み上げた。



「——カナタ!!」



 Zainは彼の首を掴んだまま、背後を狙っていた朔夜に投げ飛ばした。

 

 二人はそのまま正面から衝突するが、すぐに体勢を立て直し、朔夜はカナタの身体に霊魂を補充する。朔夜のほうもかなりの量のアルケーを消費しているものの、未だカナタを支援するだけの余裕はあった。



「さァ、もっと楽しもうぜ……“Kids”」



 Zainは未だ、鬼神のごときオーラで息巻いている。

 右の掌は破壊され、左前腕のミキサーは機能していない。それでもなお、泥臭く立ち続ける狂騒の王の姿がそこにはあった。



「最終ラウンド、だろォッ!?」

 

「ああ……!!」



 カナタは左手に《再現》した銃を右に持ち替え、前傾する。

 

 Zainとカナタが正面からぶつかり合う。

 勝負の終局が、少しずつ近づいていた。




       ◇◇◇



 

『さてさて、開始から既に30分を過ぎた本試合!! 両者とも一歩も引かない長期戦となっておりますが、どうやら決着の時は刻一刻と近づいているようです!! 勝利の女神は果たしてどちらに振り向くのか——ッ!?』



 MCが熱のこもった実況を会場へと振り撒く。

 観客たちはどちらを応援するによらず、みな試合の動向に常にハラハラしながら、留まるところを知らない盛り上がりを見せていた。



「今度はまた空中戦に戻るみたいですね……」

 

「ああ……でもお相手には、空に留まり続けられるだけの体力(スタミナ)は残っちゃいない。ここいらで勝負がつきそうなもんだが……」



 スクリーンを見つめるコレットの隣で、ジャンヌは冷静に戦況を見極めていた。未だどちらが優勢とも言い難い状況だが、モニカはこれを見てあることに気づく。

 


「ねぇ、もしかしてセンパイたち、龍を使わずに勝つつもりなんじゃ……」

 

「……その可能性はある。あれを使ったら最後、朔夜は戦闘不能になるからね」



 龍の一撃は強力な分リスクも大きい――わかりやすいデメリットを抱えた大技を封印したまま勝つ、そんな未来が、彼女らの頭には思い描かれていた。



「それに、あの子たちにはもう一つ大技が残ってる。あれからどこまでモノにできてるかは知らないけどねぇ……」



 スクリーンには、上空にて激しくぶつかり合う三者の姿が映し出されている。消耗戦に陥った試合の行方を、会場の観客たちは手に汗握る様子で見届けようとしていた。


 試合開始から、既に43分。

 決着の時は近い。




       ◇◇◇



 

「いい……これがッ、これこそがッ、俺の望んだ戦いだ!!」 



 空中で両腕を広げて、Zainは叫んだ。

 ついにボリュームマックスとなった彼の放つ「音」が、ここにきてカナタたちに牙を剥いた。最高威力の「斬撃」の音でカナタの左腕は吹き飛んでおり、前線を張る二人の消耗は同程度となっている。


 銃弾と音が飛び交い、ときには拳と剣を交えて。

 果てしなく続くようにも思えた試合は、満足げな笑みを湛えるZainの手によって今、終わりを迎えようとしていた。



「こいつァオレの引退試合——オレのプレイヤー人生、そしてオマエらとの感動的なラストを飾る一曲は……こいつだッ!! せいぜい胸に刻めェ!!」



 残された右のミキサーを操作し、Zainは少しずつ高度を下げていった。

 これまでになく速いテンポのEDM、加えて最大に設定されたボリューム。



「これで最後(フィナーレ)だ!! さあオマエら、乗り遅れんなッ!!」



 Zainが豪快に笑い、ボロボロの両手を振りかざした。

 曲が流れ始め、来たる最後の一撃のため全身に力をチャージする。

 

 出し惜しみなしの彼が放つ、最後にして最高の一曲。彼の本気の想いの前では、霊魂やシールドでの生半可な防御は意味をなさない。文字通り「本気」で迎え撃たなければ、カナタたちが押し負けるのは必死だった。


 ついに訪れた、最終局面。

 目配せをした二人は既に、覚悟を決めていた。カナタは足場としていた龍から飛び降りて下降しながら、残された右腕で愛銃ベイオウルフを構える。



「《ベイオウルフ》、エネルギー制限解除(オフ)

 モード、【殲滅形態(エリミネーション)】」



 片手で構えた銃が変形し、青い炎を帯びて発光する。

 狙いを定めるカナタの背に、霊魂を引き連れた朔夜は両手を添えた。



「荒御魂・解——『燎火(りょうか)』!」



 燃え上がる赤の霊魂が、カナタの身体を伝って銃身へと届く。

 彼の身体の蒼炎も一時的に赤い燐光を放ち、重なる二人の想いが一つとなって変形した銃へと込められる。残された銃は一つ、威力は本来の半分だが、問題はなかった。


 この一撃にかける想いは、変わらない。



「【エグゼキュートキャノン】……!」「【霊葬砲】……!」



 たとえ、思いついた技名が揃わなくとも。

 新たなる一撃は、二人分の激情を載せて。




「「発射(ファイヤー)――――!!」」




 赤と黒の光が束となって、敵を狙い撃つ。

 龍の吐く炎にも劣らない、強大で鮮烈な一撃。

 

 その輝きを見たZainはふっと微笑み、チャージを終えた最後の魂の「音」を、ついに叩き出した。紫の燐光を帯びた衝撃波と、赤黒い極太のビーム砲が真正面から衝突する。



(そうか……これが、オマエらの――)



 せめぎ合う光の中、Zainは悟った。



(オマエらの本気……最高到達点(GOAT)なんだな)



 彼のスピーカーが放つ波動が、揺らいだ。

 乾いた笑いを続けながら、Zainの振りかざした両手はたしかに少しずつ後退していく。二人の繰り出したビームの余波で、彼の指先が黒く焦げていった。



「ハッ……こいつァ痺れたな」



 満足げに、Zainは呟いた。

 最後に再び両腕を大きく広げ、空を仰ぐ。【Under Brain】世界の、限りなく広く果てしない青空。最高に清々しい空じゃないか――彼はそう思っていた。


 紫の波動が、押し負ける。

 最後まで音楽を愛し続けた男は、スタジアムへと墜ちていった。




       ***

 


 

「もう、勝負はついたんじゃないのか?」 



 暫くして、フィールドに戻ってきたのはカナタだった。

 その上空では、龍が浮遊する気力を失った朔夜を乗せて悠々と空を泳いでいる。


 そしてカナタの目の前には、未だ倒れない敵の姿があった。

 


「ハッ……オレのモットーは、最期まで泥臭く、だ」

 

「聞いてねぇよ」

 

「そうだな……ハハ」



 次第に止んできた爆風の中で、Zainは右肩を押さえる。

 右半身は丸ごと吹き飛んでおり、ダメージ箇所からは《アルケー》の粒子が絶えず漏れ出していた。迷いは晴れたとでもいうような顔で、Zainは空を見上げる。



「だからオレは、最後まで勝機を逃さねェ」



 その瞬間、カナタは素早く身構えた。

 彼の不意をつくように、Zainは残った拳ひとつで突っ込んでいく。カナタが弾の切れた銃を捨てる一瞬の間に、Zainはすぐ目の前まで接近していた。


 

「……!」



 観客やMCまでもが、言葉を失った。

 その結末に、度肝を抜かれて。



「……少し、油断したか?」



 カナタの腹部を素手で貫いて、Zainが言った。

 

 予想外の事態に、カナタの頬を冷や汗が伝う。空いた右手は、ブレードを《再現》しようとして断念していた。



「かもな……」


 

 引き攣った笑いを浮かべ、カナタは声色を震わせる。

 致命傷を負った《戦闘体》が崩壊を始める中、ぶら下がった彼の右手は、腹に突き刺さったZainの腕をかたく掴んだ。



「けど、勝ちは譲らねぇ……!」

 

「——! まさか、オマエ——ッ」



 カナタの手は、Zainの腕を掴んで離さない。最後に有り余ったアルケーをすべて注ぎ込んででも、敵をフィールドのど真ん中のこの場所に留めようとしていたのだ。


 すべては、残された最後の切り札のために——。




「—————【清浄なる劫火(キヨメノホムラ)】!!」




 上空から聞こえてきた相棒の叫び声に、カナタは微笑した。


 

「最後まで手間かけたな、朔夜……」



 信じる相棒のため、身を挺して宿敵をその場に留めた少年。

 目の前の獲物に固執するあまり、最後の最後で彼の策に嵌った王。


 

 フィールドに留まる二人を、神聖な炎が包みこんだ。

 それはまるで、戦士たちを慈しむ女神の光のように。


 神々しい終局を、戦場にもたらした。

 


 

 

次回でChapter3も終了です。

それに伴い、書き溜めのために一旦休載という形にしようと思っています。詳しくはまた次回。

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