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Ep.32 装天

「——(こん)(れつ)(けん)



 赤い炎を、拳にのせて。

 上衣を捨てていくぶん身軽になったカナタは、鋭いストレートをZainの背中に放った。揺らめく炎と絶大なインパクトが、Zainの鍛え上げられた身体を襲う。



「ぐっ……ああああああああッ!?」



 二人分の想いを乗せた一撃にZainも踏ん張りが利かず、衝撃とともに吹き飛ばされた。土煙を巻き上げながら、武装を解除したZainの巨体が荒野の上で転がっていく。



「お主、無事か!」 



 ややあって、朔夜が上空から舞い戻ってくる。

 龍は未だ滞空状態にあるが、足場としての役割も果たし終えていた。拳を振り抜いたカナタは、口元の土を拭って立ち上がる。


 

「ああ……なんとかな」



 Zainを出し抜いて一撃を食らわせたとはいえ、上衣を脱ぎ捨てて露わになった彼の身体のダメージは深刻だった。朔夜は黙ったまま、緑色の霊魂——『幸御魂(サチミタマ)』でカナタの《アルケー》の漏れ出るダメージ箇所を応急的に修復する。



「悪い……無茶しすぎた」

 

「いつものことだ。気にするな、馬鹿者」



 処置が終了し、カナタは再び朔夜の前に出た。

 ようやく土煙が晴れると、同じく立ち上がったZainの姿が現れる。



「久々に、いい一撃食らっちまったなァ……」



 サングラスをかけ直し、Zainは首をコキと鳴らす。



「やっぱりバトルは、こう泥臭くなけりゃいけねェ」



 未だ好戦的に微笑むZainには、相応の余裕が見られる。

 

 カナタの先程の一撃も、《アルケー》の差から見てそこまで大きな痛手にはなっていないようだった。クリーンヒットを確信していたカナタは小さく舌打ちをする。



「泥臭いのが好きなら、なんで《ディスオーダー》なんか使ってんだよ」



 相手もクールダウンの時間とみたカナタは、そんな質問をした。



「アンタ、素の実力でも30位は余裕で目指せるだろ。チートなしでも正々堂々やれば、今みたいに……アンタの望む戦いはいくらでもできるはずだ」

 

「……オマエに買い被られるのは意外だったが、確かにその通りだな」



 肩のあたりをストレッチしながら、Zainはあっさりと認めた。

 すると一転、両腕を広げて、



「だがそれじゃあ、俺の“楽しさ”は成立しねェ……!」



 本当の自分をさらけ出すかのように、彼は言い放った。



「《ディスオーダー》が広まって、誰もがカンタンに強くなれる時代が来ちまった……これまでにないインフレが進んじまった今、戦場(そこ)にはオレの望むギリギリの泥臭さも楽しさも……何もねェんだよ!!」

 

「だから、“楽しさ”をとるために《ディスオーダー》を?」

 

「あァそうだ……ゲームは所詮『娯楽』だろ? オレには、この歪んじまった世界を『娯楽』として楽しむための力が必要だった。オマエみたいに、この状況をシラフで楽しめるような天才サマじゃねェからな」



 周りが変わったから、自分も変わった。

 変わらざるを得なかった――Zainの言葉がそう訴えかける。


 彼も、《ディスオーダー》のバラ撒かれたこの世界(ゲーム)の、被害者の一人なのかもしれない。急激な力のインフレによって起きた、長く大きな負の連鎖の、ほんの一部分に過ぎないのかもしれない。


 だが、そんな言い訳ですべてが赦されるはずもなく。


 

「娯楽? 少なくともオマエはそんなこと言える立場じゃねぇだろ」


 

 カナタの目に映るのは、負の連鎖に加担した()()()のみだ。



「アンタのその『娯楽』とやらのために、夢や希望を壊された人が何人いると思ってる? 被害者ぶって語るな。――この際だから言うが、『周りに流された』なんてぬるい言い訳で自分を棚に上げる奴が、俺は一番嫌いだ」



 カナタが向けたのは、はっきりとした敵意だった。

 一人で「当事者」たちと戦い続けてきた彼の前では、同情を誘う言い訳も通用しない。



「DJ Zain、アンタとは分かり合えない。俺はアンタを全力で否定する」

 

「……そうか。ハッ、そうかよ!! ならかかってこい、Kids!!」



 Zainの身体から、紫色の炎がたなびき始める。


 

「——オレを倒して、否定してみせろッッ!!」

 


 再び【虚装構築(ディストラクション)】を行った彼の身体には、新たな形態へと変形した《武装(ソティラス)》が鎧となって装着されていた。両肩には小型化されたスピーカーが配置され、ミキサー類は前腕部に移動し、ただでさえ巨大な両手は鋼鉄のグローブで覆われている。


 ディスオーダー【On My Beats】・アサルトポジション。

 爆音と鋼に身を包んだ彼の立ち姿は、まるで鬼神であった。



「ああ……こっちもやってやるよ。本気でな」



 戦意を滾らせる敵を前に、カナタは大胆不敵に微笑んだ。

 両眼を斜に構えると、隣に立つ朔夜に目配せをする。



「いくぞ、朔夜。()()をやる」

 

「……! わかった、死ぬなよ!!」



 朔夜は一瞬瞳を閉じ、意識を集中させる。

 自らの周りに集めた十以上の霊魂たちに、一気に力を込めると、


 

「霊魂——『奇御魂(クシミタマ)』!!」


 

 青色だった霊魂が、黄色に転色する。

 そしてそれらは一手にカナタのもとへ集結し、彼の身体に馴染んでいく。


 


「———【霊威装天(れいいそうてん)】!!」


 


 瞬間、その姿にZainが息を呑んだ。

 ライブ映像を見ていた観衆たちも、彼の新たな姿に釘付けになる。


 黄色の霊魂がカナタの四肢や頭部の数カ所に装着――いや、「装填」され、彼を護る炎の鎧となったのだ。やがてそれらは彼の瞳の色と同じ深い青色へと転じ、彼の全身に鮮やかな燐光をまとわせた。


 蒼の鎧を身にまとったカナタは、両手にブレードを《再現》する。

 蒼炎を帯びた二刀を手に、彼は言った。



「——本気でいくぜ、Zain。最終ラウンドだ」


 




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