Ep.31 道連れ
バイトで投稿が遅れました。
「飛んでっちゃった……」
観客席にいた玲央奈は、空を見上げて呆然と呟いた。
先ほどまで彼女の視線が捉えていた男が、備え付けられたジェットパックによって空高く飛んでいったのだ。周囲の他の観客たちの反応も、みな同様だった。
激戦の舞台であったフィールドには、人っ子一人いない。
「え、これいいんですか? ルール的に……」
空になった戦場を見つめて、コレットは半目になる。
しかしその隣に座るジャンヌは、腕組みをして状況を静観していた。
「平気だろ。場外に出ちゃいけないなんてルールはねぇはずだ」
「でもこれじゃあ、おれたち試合観れなくないですか!?」
「そこは主催者側がなんとかするだろうさ。っと、ほれ見ろ」
ジャンヌが視線で指したスクリーンの画面が切り替わり、新たな中継映像が接続された。
空に浮かぶ朔夜、龍とそれに取り付いたカナタ、そしてそこへ立ち向かうZainの姿が映し出される。静まり返っていた観客席が、再び騒然とし始めた。
『えー……皆様! お待たせいたしました!! これより先、場外エリアでの戦闘はドローン映像にてお送りいたします!! どうかご理解くださいませ!!』
「別にいいぞダイナマイトー!」
「急にかしこまるなもっとボンバーしろー!」
MCのファンが囃し立てるが、多くの観客は映像に夢中だった。
スクリーンの中では、激しい空中戦が繰り広げられている。
◇◇◇
雲一つない快晴の空の下。
三者の攻撃が入り混じり、いくつもの光が飛び交った。
「こいつァいいロケーションだ! アゲてくぜェ、“Kids”!」
ノズルと背中を地面に向け、Zainは軽く指を鳴らす。
スピーカーからは、彼好みのEDMとテンポに合った音が打ち出される。斬撃と打撃を含んだ衝撃波の脅威は変わることはないが、上空に吹く風の影響でいくらか曲が聞き取りづらくなっている状態だった。
「おいお主、まだ撃たなくていいのか?」
「撃って当たると思うか?」
「……いいや」
朔夜の出した龍は、まだ大技を放つべき時ではなかった。その一撃を外したら最後、朔夜は《アルケー》を使い果たしてダウンし、大きく戦力を削がれたカナタ一人が残ることになる。
しかし、一度彼女が顕現させた龍は【清浄なる劫火】発動後まで戦場に居残り続ける。今は空中での「足場」としての役割を担ってもらうことしかできない。
「今は、これでいい……!」
龍の角にワイヤーを引っ掛け、唯一単独飛行できないカナタは空中戦に対応していた。回避のため龍の身体から飛び降りると、アクロバティックにZainへと銃弾を撃ち込む。
ビームの弾と「防御」の音が空中で相殺する。
「どうした、そのデカい龍は飾りかァ!?」
「今は絶賛チャージ中なんだよ。アンタに一撃食らわせるためにな」
「ほォ、そいつァ楽しみだ!!」
再び龍に乗り移ったカナタは、角からワイヤーを回収した。今、彼の銃は二丁ともワイヤー、カッターのモジュールも含めて健在だ。できることはできる内に、と彼は決心する。
近くで霊魂による防御壁を張る朔夜に、小声で言った。
「俺が下から奴を引きずり下ろす。援護だけ頼む」
「下から? ……わかった、無茶するなよ!」
朔夜に軽く頷くと、カナタは龍の背から勢いよく飛び降りた。
もう龍と身体を繋ぎ止めるワイヤーもない。彼の身体は重力に抱き寄せられ、黒い上衣が風にはためいた。
「今度はスカイダイビングか! 楽しんでるなぁ!!」
「いちいち……うるせェ!!」
シールドと二つの霊魂で防御しながら、カナタは銃で応戦した。
右手側を《高周波ブレード》に切り換えると、それを素早く投擲する。リズムに合わせて放たれた「防御」の音の前に剣は弾かれるが、それ自体は単なるブラフでしかなかった。
本命は、すれ違いざまに仕掛けられていた。
「……?」
特に追撃もなく落ちていったカナタを、Zainは怪訝に流し見る。
ところが間もなく、彼の身体が大きく傾いた。
(——What!? アイツ何をしたッ!?)
引っ張られているのは、右側のユニットだ。
ユニット側面を見て、Zainは一目見てすぐさま異常に気づく。
「ッ、ワイヤーか! いつの間に……!」
「喜べよ。あんたも道連れだ……!」
銃を手に空を仰ぐカナタは、Zainの右ユニットにワイヤーでぶら下がっている状態だった。ユニットにカナタの体重がかけられるとともに、浮遊するそれと接続されたZainの姿勢制御も同時に危うくなる。
(一旦は、武装解除が妥当なんだろうが……ッ)
左で朔夜の霊魂をしのぎつつ、Zainは思考する。左右両方の武装を解除すればカナタは取り付く場を失って墜ちるが、朔夜の攻撃に対して一瞬の隙を与えてしまうリスクもある。
その選択は、彼の性に合わなかった。
「いいぜ——墜ちてやるよ!!」
Zainは咄嗟に右に旋回し、下にいたカナタを正面に捉えた。
朔夜にあろうことか背中を向けると、ガスを噴射してカナタのもとへ急降下する。爆音を撒き散らしながら向かってくる敵に、カナタは片手で応戦するが、火力差は埋められず。
「道連れ、だろッ!?」
「――ッ!!」
空中で、Zainがカナタの胸ぐらを掴む。
接近を許してしまったカナタは至近距離で衝撃波を浴びせられながら、成す術なく地面へと叩き落されていった。咄嗟に張ったシールドや霊魂が破られ、カナタの身体にダメージが入る。
「カナタ先輩!!」
「彼方くん……!」
観客席では、悠牙と玲央奈が不安げにスクリーンに映るカナタを見ていた。腕組みをしていたジャンヌの表情までもが、今は少し曇っている。
(どうする、少年……?)
その直後、急降下していた二人が地面に衝突する。
ドローンの中継映像は一面に立ち込めた土煙に覆われ、それを見ていた多くの観衆が固唾を飲んだ。しばらくして煙が晴れると、Zainの大きな背中が徐々に現れる。
「愉快な空の旅はおしまいだぜ」
Zainの左腕は、未だカナタの上衣を掴んで離さない。脇に抱えていた《武装》は接近戦に備えて一時的に解除されており、騒々しいEDMは既に鳴り止んでいた。そのまま彼は大きく、右腕を振り上げた。
「ここからは、泥臭くいこうじゃねェか!!」
土煙の中、右ストレートが繰り出される。
誰もが目を瞑りたくなるような、強烈な一撃だった。
しかし次の瞬間、Zainの顔から血の気が引いていく。
「いねぇ……だと?」
彼の左手が掴んでいたのは、カナタの上衣のみ。
そこに殴るべき敵はおらず、右ストレートは空振りに終わっていた。
「……泥臭く、か」
直後、土煙の中から声がした。
Zainは見えない敵を振り払うように、両腕を振るう。再び【On My Beats】を起動させようとスイッチに手をかけるが、そのときには既に遅く。
「——上等だ」
彼の背後に、カナタは潜んでいた。
上空から朔夜が授けた《霊魂》を右手に取ると、そのまま掴み、
「——魂烈拳」
赤い炎を、拳にのせて。
上衣を捨てていくぶん身軽になったカナタは、鋭いストレートをZainの背中に放った。揺らめく炎と絶大なインパクトが、Zainの鍛え上げられた身体を襲う——。
今回、もともと5000字あった1話を分割しました。
なので次回は少し短めになります。




