Ep.3 孤高の仕事人
「世界最高の神ゲー【Under Brain Online】は、悪の手に堕ちた」
かつての世界ランク一位、【覇王】こと『ヴォルフガング』は引退の一ヶ月前、とあるゲーム専門サイトのインタビューでこう語った。PvPランキングのトップがサービス開始以来初めて入れ替わったのは、記事掲載の四日後のことだった。
2136年。
舞台は、枯渇した資源を巡る”最終戦争”を経て、荒廃した地球。
残された人類が新たな経済圏を築き始めていた頃、地球外より現れた機械生命体〈ノーブレイン〉が侵略を開始する。未知の力を前に、人類は為す術もなく衰退していく……かに思えたが、対〈ノーブレイン〉兵器——《ソティラス》を駆る一派が現れ、各地で反撃を開始した。
そんな終末世界で、プレイヤーであるあなたはコールドスリープから目覚めた。〈ノーブレイン〉の蔓延る危険な世界を、《ソティラス》を手にしたあなたは冒険することになる。
この過酷な世界で、あなたは生き延びることができるか。
これは、遥か未来の世界の物語——。
二年前の2025年、以上の世界観とコンセプトで業界に現れた世界初のフルダイブ型VRMMORPG、【Under Brain Online】——略して「アンブレ」。発売当初、その画期的かつ洗練されたゲームシステムに注目が集まり、一時は同接数一億人を超えてゲーム史の記録を塗り替えたこともあった。
開発元の日本のみならずその人気は世界中に波及し、名実ともに【Under Brain Online】は、世界一多くの人を魅了したゲームとしてその名を歴史に刻むことになった。
……というのが、つい半年前までの世間の認識である。
「——アンブレとか、今もうオワコンじゃね?」
現在の認識はというと、はっきり言ってこの一言に尽きる。
そう、終わったのだ。アンブレの人気も流行も、信頼も。
その原因の最たるものこそが、アバター改造ツール《ディスオーダー》。
この世界を跋扈する、正真正銘の不正ツールだ。
確かな悪意をもって世に解き放たれたそれは、急速にプレイヤー内でのシェアを拡大し、のちに〈Dプレイヤー〉と呼ばれるチート使用者を増加させていった。一説には、現在アクティブユーザーの約六割が〈Dプレイヤー〉であるとのデータもある。
一方の運営はというと、半年間、これといった対応策を講じていない。
実を言うとこれは、《ディスオーダー》のもつ特異な性質によるものなのだが。
そのせいでアンブレは今では、「チート必須ゲー」だの「倫理観アポカリプス系RPG」だの「もはや運営がグル」だの、ネット上では一種のミームと化す目も当てられない状況である。
減り続けるプレイヤー人口、反比例的に増えていくDプレイヤー人口。
不正ツールのクラッキングによりバグる世界と敵キャラたち。
かつての神ゲーがクソゲーになり、今やサ終も目前。
ただ、それでも。
俺は、まだ諦めるわけにはいかない。
◇◇◇
「よし、これで通報完了……と」
ディスプレイを操作し、先程の戦闘記録を証明用に添付してDプレイヤー『ヒミヤ』の運営への通報を完了させた。記録ならサーバー上に一応残ってはいるはずだが、報告まではこちらから行わなければいけない。
ちなみに、あの関西弁のDプレイヤーは既に尻尾を巻いて逃げている。
大方どこかでこっそりログアウトしているのだろうが、もう遅い。《ディスオーダー》の使用が運営に認知された以上、アンブレには金輪際ログインできないどころか、場合によってはそれ相応の罰則が課されることだろう。
奴らのことを気の毒だとは、微塵も思わない。
自分の意志で悪事に加担したのだ。自業自得という他ないだろう。
「とりあえず、これで厄介者は一人減ったな……」
「……あ、あのっ!」
「ん?」
ひと仕事終えた気分でいた俺に、どこからか声が掛かった。
振り向いた先に立っていたのは、狼耳のアバターの少年だ。
「君はたしか、さっきあいつと闘ってた……」
「はいそうです! おれ、『ユーガ』っていうんですけど……さっきの闘い、陰からずっと観てました!!」
「ああ、そう……?」
「本当に、ほんっっっとにありがとうございました!!」
いきなり元気よく頭を下げた彼の言動に、一瞬思考が止まる。
ありがとうございましたって……何が?
彼が俺に礼を言うのは、全く持って筋違いなのでは?
「いや……あのな、俺は俺のためにやっただけで、別に君の——」
「あ、それはわかってます!」
(わかってんのかよ)
作り物の尻尾を振ってハキハキと話す少年の姿は、狼……というか、むしろ育ちのいい柴犬のようだった。筋違いな理論だとは感じつつ、やや興奮気味の彼にひとまずは話の先を促す。
「わかった上で、感謝したいんです! おれが、純正プレイヤーが間違ってなかったんだって、証明してもらえたような気がしたので!」
その純粋な眼差しに、俺は少し救われた気がした。
俺の身勝手な行いが、少なくとも彼にとってはそう映っていたのだから。
いくら《ディスオーダー》が濫用され、ユーザーの認識が改められようと、正しいのは俺たち純正プレイヤーなのだ。それを念頭に置いて、俺もここまで一人で闘ってきたはずだ。
「……そう、だな。それを証明するために、俺も闘ってる」
「やっぱそうですよね! おれ、さっきので感動しちゃったっすもん! チート武器チート能力云々じゃなくって、ああいうアツいギリギリの駆け引きのある闘いこそがアンブレのあるべき姿なんですよ!」
「わかる」
「っすよね! あそうだ、よかったらフレンド申請してもいいですか!?」
「ああ、勿論。待ってろ、今ID出すから……」
「はい!!」
俺のユーザーIDをユーガが読み取り、ユーガの出したフレンド申請を俺がその場で認証する。方法自体はどちからといえばアナログだが、こういうのもプレイヤー同士がふれ合うゲームの醍醐味だったりすると俺は思う。
「よろしくお願いします! 『カナタ』先輩!」
「ああ。何か困ったことがあったら呼んでいいぞ。行けたら行くから」
「はい! 来れたら来てください!」
淡白なやり取りだけ交わして、俺は他の用事のためにその場を離れることにした。
◇◇◇
狐面を被って去っていったプレイヤーの背中。
それを、狼耳の少年は羨望の眼差しで見つめていた。
「かっけぇなぁ……Dプレイヤーとあんな風に渡り合えるなんて……!」
先程の彼の戦闘は、少年に鮮烈な印象を残していた。
未だ興奮冷めやらぬまま、フレンド欄に彼の名を見つける。
「PNが『カナタ』で、【通り名】が『Executer』なのか……」
PvPランキング50位以内の者にのみ名乗ることが許される称号——【通り名】。当然のように50位以内に入っていることが判明した『カナタ』の天才ぶりに驚嘆しつつも、狼耳の少年は彼の世界ランクの表示に目をやり——
(え……世界ランク19位——!?)
その表記に、少年は目を疑った。
〈設定コーナーその3〉
◇《ノーブレイン》
アンブレ世界に蔓延る人類の敵。いわゆる機械生命体だが、自律的思考を行う分野が存在せず、何者かによって操られているように見えることから名付けられた。《核》とも呼ばれる中枢回路を破壊することで機能が完全停止する。ソティラス以外の旧来の重火器などは通用しない。