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Ep.28 友達だから

「……で? 本当なのかい、アンタがユーガの姉っていうのは」



 車を走らせながら、ジャンヌは後部座席の少女に訊ねた。

 

 狼谷玲央奈――プレイヤーネーム『Re:on(リオン)』――は、後部座席にて中央に座る弟の左隣に、ひとまずといった様子で腰を下ろしていた。というのも、出発前に来た彼女をジャンヌが「話はあとだ、乗るなら乗れ」と半ば強制的に乗車させたからだ。


 見知らぬ面々に囲まれ気後れしながらも、玲央奈は答える。



「はい。あんまり似てないかもしれませんけど……」

 

「おれの姉ちゃん、おれと違って頭もいいしモテるんですよ!!」

 

「ちょっと、悠牙……」

 

「ハハッ! ユーガがそういうならやっぱり間違いないね」



 ジャンヌは豪快に笑い飛ばし、それ以上の追及はしなかった。

 その間も車は、カナタたちがいるスタジアムへと向かっている。


 ジャンヌが事前に決闘観覧のチケットを4人分取っているが、当然新しく加わった玲央奈の分はない。当日になって始まってしまったチケット争奪戦の最中、助手席のコレットは彼女の分のチケットを確保しようと一人必死になっている。


 一瞬静寂が訪れるが、すぐにユーガは口を開き、



「でも、なんで急に姉ちゃんがアンブレに来たんだ?」



 狼耳のついた頭を傾けて、ユーガは自分の姉に訊ねた。

 同じく狼耳のスキンを着用した玲央奈は、白のメッシュが入った黒髪を揺らして振り向く。久々に見る姉の姿は、ユーガにとっても見慣れないものだった。



「なんでって……ユーガにこうやって会いに来るためだよ」

 

「姉ちゃん、アンブレのセット前から持ってたっけ?」

 

「何日か前、バイト代はたいて買ったの。私もちょっと興味出てさ」

 

「興味? ……あ、それってカナタ先輩の影響!?」

 

「別に……彼方くんは関係ない。けど……」



 ふいに玲央奈はユーガから顔を背け、窓外の景色に目をやった。

 流れゆくビル街を眺めながら、独り言のように呟く。



「彼方くんには、ユーガのことで色々お世話になったみたいだし……全力出して戦うっていうなら、私も見届けてあげたいんだ」



「友達、だから」



 その一言に、隣にいたユーガは淡く微笑んだ。

 隣でコレットが真剣にチケット争奪戦に挑んでいる中、ハンドルを握るジャンヌは後部座席の会話に目を細め、無言で片頬を持ち上げる。



(ったく、青いねぇ……)



 車の前方に、深い青の空が広がる。

 休日の高速道路を、ワンボックスは流れるように進んだ。


 


       ◇◇◇




「開始30分前になったら、昇降台に移動だってよ」



 控え室に戻り、俺は部屋にいた朔夜の背中に言った。

 彼女は数秒遅れてこちらに振り返るが、その顔色は良いとは言えない。部屋の中央に置かれたベンチにちょこんと座っており、表情にも覇気がなかった。



「準備は万端……じゃなかったのか?」

 

「う、うるさいな! わらわだって、緊張くらいするのだ……」

 

「そうかよ。じゃあほら、これでも飲んでろ」



 俺が投げ渡したそれを、朔夜は両手でキャッチした。

 さっき通路の自販機で買った、よくあるスポーツドリンクだ。


 朔夜は大人しくそれを一口飲むと、少し俯いて、



「なあ、カナタ。これはあくまで、もしもの話なのだが——」

 


 改まって、朔夜はそう切り出した。俺も黙って続きを促す。



「もし、あのDJなんたらという男と戦って負けたら、わらわはあの男の仲間たちに引き取られるのだろ? もしそうなったら……お主は、その先どうするのだ?」

 

「……どうって?」

 

「それは……例えば、わらわのことは見捨てて新しい相棒を探すとか……」



 なんだそういう心配か、と心の内で納得した。

 とはいえ、負けた場合のリスクが彼女のほうが大きいこと自体は否めない。俺はなんとか緊張を意識しないで気丈に振る舞おうとしているが、朔夜のメンタルではそうもいかないだろう。


 ただ、一つだけ言えることは。



「見捨てたりしねーよ。お前がいなくなって困るのはこっちの方だ」

 

「でも、わらわが奴らに捕まったら、お主は……」



 俺たちが負けた場合、朔夜の身柄は【Desperado】に移送される。

 それはたしかに、この決闘の条件の一つだ。覆せない。


 だが、それがどうした?

 

 

「その時は、全員ぶっ飛ばしてでもお前を助けに行く」



 朔夜がようやく、はっとして顔を上げた。



「誰が止めに来ようと関係ない。俺はお前の主だ。たとえお前が誰に捕まったとしても、主として、『恥のない行動』をするまでなんだよ」

 

「カナタ……」

 

「だから、お前が心配することは何もない。だろ?」



 すらすらと出てくる、朔夜を安心させるための言葉たち。

 いつから自分はこうなったのかと、自分で言って驚きもした。しかし、同時に理解もした。いつ、なんて――「あのとき」に決まっている。


 あの日——

 俺が、ゴミ箱に落ちたこいつを助けた日。

 こいつが、《マグナ・オキュラス》を仕留め損ねた俺を助けた日。


 あの日、この少女が見せた(かがや)きに、俺は魅せられたのだ。「こいつとなら——」なんてくだらない想像をして、彼女の手をとったあのときから、俺は変わっていた。変えられていた。


 彼女の力を、求めていた。

 相棒として、隣にいてほしかった。


 主として、彼女を守りたかった。


 だから、今度は。


「ほら、立てよ。朔夜」


 今度は俺が、彼女に手を差し伸べる番だ。


 


「これから何があっても、お前は俺の“相棒”だ」


 


 ベンチで俯いていた朔夜が、俺を見上げる。

 俺に向けられたその青色の瞳は、いつになく煌めいていた。差し出された俺の手を、まるでずっと何年も何十年も待ち望んでいたかのように、嬉々として見つめている。


 それから彼女は迷うことなく、



「そうだな。わらわとお主は、二人で“最強”だ!」



 朔夜は自信を取り戻して、俺の手をとった。

 小さくて、まだ指のか細い白い手。こいつがどこへ連れ去られようと、俺はこの手を再び握るために立ち向かわなければならない——自分にそう言い聞かせた。


 俺が手を引いて立ち上がらせると、朔夜は大きく伸びをして、



「よし、ぜったいに勝つぞ! 監禁生活はごめんだからな!」

 

「当たり前だ。負けてやるつもりはねぇ」


 

 意気揚々と歩き出した朔夜に続いて、俺も控え室を出た。

 時刻は9時半少し手前……だが、これでいい。今の俺と朔夜なら、誰にだって負ける気がしない。全能感と一心同体の意識が溢れてくる今この状態のまま、俺は勝負に臨みたかった。


 俺はもう、孤独な【執行者】じゃない。

 力を貸してくれる、心強い相棒がいる。


 それだけで、今は十分だ。




       ◇◇◇




「時間だぜ、Zain」  



 DJ Zainの親友にして側近、ランドーが言った。

 控え室内の時計は既に9時半を指している。決闘参加者である彼も、昇降台の上ででフィールドに上がるのを待機する頃合いだった。



「おお、そうか。(わり)ィ……すぐ行くぜ」

 

「今日はサングラス、その色なんだな」

 

「あァ、こいつは気合いを入れるとき用だ」


 

 何気ない会話を交わしながら、Zainとその一歩後ろについたランドーは控え室を出て、地下の通路を歩いていった。Zainのゆっくりとした堂々たる靴音が、静まり返った通路に一定のリズムで響き渡る。


 やがて二人の前に現れたのは、簡易エレベーターとも呼べる昇降台だった。

 決闘参加者はこれに乗ってスタジアム内のフィールドへと登場し、試合開始の時を待つ手筈となっている。


 ランドーはそこで足を止め、Zainは進み行く。



「準備はいいか? 親友(ブラザー)

 

「ハッ……誰に言ってんだ、マイフレンド」



 Zainが乗り込んだのを確認して、ランドーは壁に配置されたスイッチを押した。すると、昇降台として配された足場が少しずつ上昇を始める。

 


「行ってこい、Zain」

 

「ああ。勝ってくるぜ。約束する」



 二人は最後に頷き合うと、そこで別れた。

 Zainは瞳に強い意志を宿して、不敵に微笑む。

 


 決闘開始まで、残り26分——。

 



 

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