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【Re: Under Brain】~ポンコツ電脳少女と征くチーター撲滅活動~  作者: 水母すい
Chapter.2 歪んだ世界、狂える音と
26/50

Ep.26 決戦前夜

 俺の姉、彼方(おちかた)詠月(えるな)

 


 またの名を――バンドマン「ELNA(エルナ)」。


 

 現在、中高生の間で人気急上昇中のロックバンド「Flat Earth(フラットアース)」にて彼女は、ギターボーカルというバンドの顔とも呼べる役割を担当している。しかもその圧倒的な顔面偏差値の高さから、近頃は単独で雑誌の表紙を飾るほどの人気があるとか、ないとか。


 兄さんが頭脳に秀でていたとしたら、姉さんは「芸術」だろう。

 俺の双子の兄姉は、それぞれ世間に誇れる才能を持っている。

 

 音楽に人生を捧げた姉さんは近頃では、実際に会うよりもテレビで見る回数の方が多い……なんて気もするような多忙な日々を送っている。現に一昨日まで、全国を回るライブツアーに奔走していたくらいだ。ここ一カ月間は俺も彼女とまともに会えていない。


 と、そんなロック一筋の人生を送る俺の姉貴だが。

 唯一の兄弟である俺をほったらかしにするなんてことはなく、予定が空いて帰れる日にはきちんと帰ってくる。


 そう、まさしく今日のように――。




 


「帰ってくる……詠月さんが帰ってくるよ!! ゆうくん!!」



 やたらテンションの高い理優は、今夜はさっきからこればかりだ。

 揚げ物を代わりに請け負った俺は、適当に相槌を打つ。



「あー、そうだなー」

 

「むっ……澄ました顔しちゃって、ゆうくんは嬉しくないの!? “平地”のELNAさんが、うちに! うちに来るんだよ!? わかってる!?」

 

「わ、わかったから近づくな! 揚げ物してんだから……」


 

 ここまで理優がテンションが高い理由の一つは、彼女が「Flat Earth」(略して“平地”らしい)の熱烈なファン、というところにある。理優も現代を生きる女子高生の一人だ、こういうミーハーな面も当然ながらあるだろう。


 しかし、俺もそうかと聞かれれば……



「ELNAさんって言ったって、俺にとってはただのバンドマンな姉貴なんだよ。まあ、帰ってくること自体は嬉しいかもしれねぇけどさ……」

 

「もー、素直じゃないなぁゆうくんは」

 

「お前が露骨すぎるんだよ」



 俺も俺で、自分で言うのも何だが思春期の高校生だ。滅多に会えないとはいえ、実の姉に対してはこれくらいドライでいたいと思う部分も少なからずある。



「……あと、くれぐれも朔夜のことは内密に頼むぞ」

 

「へ? どうして?」

 

「向こうはやっと全国公演終わって疲れてんだ。そんなとこにあんな賑やかな(うるせえ)のぶつけられたらたまったもんじゃねぇだろ?」

 

「うーん……詠月さんならサラッと受け入れてくれそうだけど」

 

「まあ、それはあるな……」



 姉貴は腐ってもプロのバンドマンだ、酒が入ればなんとかノリだけで流してくれそうではある。会う頻度が低すぎて、朔夜から忘れられるかもしれないが。

 


「ていうか、ゆうくんもそういうとこは心配してあげるんだね」

 

「……気遣いだよ。当然だろ」

 

「私、ゆうくんのそういうところ嫌いじゃないなー」

 

「年上を褒めて伸ばそうとするな……」



 どうでもいい会話を交わしながら、食卓を料理で彩っていく。

 

 ワカサギの唐揚げに、鶏の唐揚げ。餃子に大量の枝豆、春巻き。

 酒好きの姉貴に寄り添ったメニューだ。油ものが多すぎる。



(まああの人、意外に食うしな……)



 大量に並んだ料理を見て、まあいいだろうと息をつく。


 そんなことをしている間に、玄関の方で扉の開く音がした。



「お、やっと来たか」

 

「私出てくるねー!!」



 理優がものすごい勢いで玄関へと向かった。

 俺も理優のあとについて玄関先に顔を出す。


 案の定、そこには。




「よう。ただいま!」

 



 茶色がかった金色の髪をした、俺の姉が立っていた。

 ギターやらスーツケースやら手土産やらを携えたフル装備の彼女は、出迎えた俺たちに百点満点の笑みで応える。相変わらず、立ち姿だけは大物だ。



「え、え、ELNAさんだぁ〜〜〜!!」

 

「えるなさんだぞ〜〜」

 

「ハグしてもらってもいいですか!?」

 

「いいぞー。どんとこい!」



 どこまでもファンであり続ける理優。

 どこまでも寛大に対応する俺の姉貴。

 

 二人はまだ玄関先にもかかわらず抱き合った。

 俺は何を見せられているのか。



「ずっと会いたかったです……もう死んでもいい……」

 

「あたしも理優ちゃんの純粋さが恋しい日々だったよぉ……」

 

「……なんか危ない()だな」



 現役女子高校生と人気バンドマンの密会。この一瞬を切り取ってそんな見出しで週刊誌に載せられたら、姉貴はどんな言い訳をするのだろう。


 なんて、無粋な想像は止すとして。



「そろそろ離れろよ。飯が冷めちまうぞ」

 

「おっ、なんだ嫉妬か? どっちへのあれだ?」

 

「どっちにもしてねぇ。けど、まあ……」



 実際、こうなると照れくさくて仕方ない。

 だが弟として、最低限言わなければけないこともある。



「……おかえり、姉さん」



 自然と、頬が緩んだ。

 姉貴は淡く微笑むと、俺の頭に手をおいて、



「おう。ただいま、憂雨」

 


 背伸びをしながら、俺の頭を何度も何度も撫でた。




      ***




「はー、食った食った……」

 


 時刻は20時過ぎ。

 少し豪華な夕食を食べ終えた俺は、トイレから戻った。


 食卓の上には、もう姉貴用のワカサギの唐揚げしか残っていない。面倒な洗い物は姉貴と協力して片付けたし、あとは風呂に入って寝るだけだ。


 と、その前に。



「理優、お前こんなとこで寝るな……」



 ソファの上で、理優が猫のように丸まって眠っている。

 散々姉貴のことではしゃいだからだろう、反動で眠気に襲われたようだ。しかし、仮にも彼女は他所の家の娘、ここで朝まで寝かせておくわけにもいかない。



「おい起きろ、もう20時だぞ」

 

「……カエルの……磯辺揚げ……」

 

「どんな夢見てんだ。ったくしょうがねぇな……」


 

 一度こうなったら、理優はなかなか起きない。

 眠ったままの彼女を背負って、俺は玄関を出た。最近は朔夜のことをおんぶすることが多いせいで、女子をおんぶすることに抵抗がなくなりつつある。どちらかといえば悪い傾向だ。



「ん……あれ……?」

 

「起きたか? 鍵出せ、お前ん家の鍵」

 

「ああ、うん……下ろしていいよ……」



 そう言って理優は、俺の背中からずるずると落ちていく。

 ポケットから家の鍵を取り出して解錠すると、理優は静かに自分の家に入っていった。寝起きだからか、少し足取りが覚束ない。



「理優、お前大丈夫か?」

 

「ふぇ? ん……平気平気。運んでくれてありがとね」

 

「なんかあったらすぐ呼べよ?」

 

「大げさだなぁ。大丈夫だよ。ありがと」



 最後に俺に手を振って、理優は扉を閉めた。

 あいつの母親は、今日もまた「仕事」でいないそうだ。




「さてと……風呂でも入るか」



 騒がしかった理優がいなくなると、途端に部屋が静かに感じられた。

 これが「祭りの後の静けさ」というものだろうか。



「あれ、姉貴は……」



 いつの間にかいなくなった姉貴の姿を捜す。

 しばらくして、ベランダでひとり煙草を吸っている後ろ姿を見つけ、少し安堵した。夜風の吹き込む窓を開けて、俺もベランダに出る。夏の夜の澱みが、俺を迎えた。



「タバコ、辞めたんじゃなかったのか?」

 

「辞めてるよ。自宅(ここ)以外ではな」

 


 そう言って姉貴は手にした煙草を灰皿で揉み消そうとするが、俺は「別にいい」とだけ言った。彼女も自宅に戻ってやっと静かに一息ついているところなのだ、俺が邪魔しては悪い。


 姉貴に並んで、俺はベランダの柵にもたれかかった。



「ライブ、どうだったんだ?」

 

「くっっっそ疲れたよ。何回か喉枯れたし」

 

「感想の一言目がそれかよ……」

 

「いや、まあ楽しかったよ? 予想よりだいぶ盛り上がったからなー」

 

「まあ人気あるもんな。ウチの学校でも流行ってるし」



 実際、「Flat Earth」の楽曲は、今を生きる若者に寄り添った青春ロック系のものが多い。姉貴が自ら手掛けるストレートで叙情的な歌詞に、耳に残るキャッチーなメロディ、それが「Flat Earth」の真骨頂だ。


 俺もファンとまではいかないが、通学中に聴いたりすることもある。

 しかし、「俺は『Flat Earth』のボーカルの弟だ」なんてアピールは一度たりともしたことがない。他人の名声を借りるような真似はしたくないからだ。



「姉さんのバンド、あの頃からだいぶ上り詰めたもんだよな」

 

「だなー。ヤニカスフリーターだった頃が懐かしい……」

 

「……そんな時期あったか?」

 

「あったよ! あの頃に比べたら今は、一人で落ち着いて煙草吸える時間が少ないったらありゃしねぇよ……」

 

「もう禁煙しろよ……アラサーだろ」

 

「アラサーは関係ねぇだろ!?」



 煙草片手に、姉貴は声を荒げる。

 姉貴は今年で29歳、秋夜兄さんも生きていたら同い年だ。17になる俺とはだいぶ歳の離れた姉弟と言えるだろう。まあ、血は()()しか繋がっていないのだから不思議ではないのだが。


 月明かりの差すベランダで、他愛ない会話が続く。

 やがて彼女は姉らしく、俺の直近のことについて訊ねてきた。



「最近はどうなんだ、アンブレのほうは」

 

「ぼちぼち……っていうか、むしろうまくいってる」

 

「ほー? なんかあったのか?」

 

「ああ。最近、新しく相棒ができたんだ。それで、明日――」



       ・・・



「なるほど、世界ランク7位と決闘か……」

 

「勝てる見込みはあるにはあるんだが、少しな……」

 

「キンチョーしてる?」

 

「……してる。少し」

 

「そっかそっか。ま、それは仕方ない!」



 姉貴は正面の景色を眺めたまま、横顔で笑った。

 灰皿で煙草を揉み消すと、俺のほうに振り向いて、



「勝ってこい、なんてエラそうなことは言えねーけどさ」

 

「?」

 

「――姉ちゃんは、お前を応援してる。これは、秋夜もきっと同じだ」


 

 姉貴はまた俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。

 もう身長はとっくに追い越してるというのに、この姉は。



「いちいち頭撫でんなよ……クソ姉貴」

 

「おー? なんだ反抗期か? 姉ちゃん寂しいぞー!!」

 

「ベランダで大声出すなよ……あー、もう風呂入ってくる」

 

「おう、入れ入れ。残りの洗い物はやっとくから、今日は早めに寝とけよ!」



 姉貴に背中を叩かれて、俺はリビングに戻った。

 どこまでもお節介な姉だが、おかげで緊張が幾分紛れた気がする。このタイミングで弱音を吐ける相手がいるというだけで、俺はきっと救われているのだろう。


 時計を見ると、もう21時前だった。



(明日、か……)



 明日の10時、世界ランク7位と決闘――。

 まだ実感なんてない。だが、漠然とした焦燥感が迫っている。


 不安に押し潰される前に今日はもう寝よう、そう思った。




       ◇◇◇




 翌朝、アラームより先に目が覚めた。

 

 気合を入れる意味も込めて、朝一番にシャワーを浴びた。朝食もケチらずにしっかりとしたものを腹に入れた。今日はやもすれば長期戦になる可能性もあるため、栄養補給だけは予め万全を期しておくべきだ。


 ヘッドギアを片手に、PCと向かい合う。

 朔夜はいつになく、神妙な顔をしていた。



『ついに、この日が来てしまったな……』

 

「ああ。朔夜、準備はいいか?」

 

『もちろんだ。早く行くぞ!』



 おかげで頬が緩み、いくぶんか自然体に戻れた。

 今一度深呼吸をして、ヘッドギアを装着する。


 そうして俺の意識は、向こう側の世界へ飛んでいった。




 

 

 



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