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Ep.15 来客

「じゃあつまり、朔ちゃんは本当はゲームの中の住人だけど、こっちの世界にも来れるようになっちゃったってこと?」



 理優が要約してくれた内容に、俺はただ頷いた。

 

 言うまでもなく、これはデジャヴだ。

 脳裏にウルフカットの少女がチラついた。


 結局、あの声で朔夜の存在がバレてしまうことを恐れた俺は、潔く理優にすべて打ち明けることにした。


 あいつのことを隠し通すためにいちいち胃の痛くなるような思いをしたくないし、理優になら“ある程度“理解してもらえるだろうという謎の確信があったのだ。それに、もともと隠し事は好きじゃない。


 しかし――


 

「オッケー、わかった! よろしくね、朔ちゃん!」


 

 ここまで飲み込みが早いとは思わなんだ。



『よろしくなのだ!』

 

「軽いなぁお前ら……」


 

 自分のスマホの画面と対話する幼馴染を見ていると、むしろこちらが違和感を覚えてしまう。この一日で二人にバレることになるのは想定外だったが、ここまですんなり受け入れられるなら好都合だ。



「もうちょっと原理とか気にならないのかよ……」

 

「気にならないよ? だってほら、朔ちゃんはこんなに小さくて可愛いんだよ?」

 

『か、かわっ……!? な、何を言っておるのだ小娘! わらわはかわいくなんてないぞ!! なめるなよ!!』

 

「可愛いよ〜。ねぇ、ゆうくん?」



 返答に困る話題を振られる。何が正解なんだ。

 


「え……ああ、そう……だな?」


「へぇーゆうくんってそういう趣味あるんだ」


「なんだよそのトラップ。やめろよ俺はロリコンじゃねぇ」

 


 理優がいきなり白い目で見てきたので、本気で否定した。

 原理うんぬんで疑われるより、あらぬ誤解を招く方が面倒だ。



「ふん、わらわはかわいくなんかないからな!」


「え〜、可愛いのに〜」

 

「そろそろスマホ返してくれ」





 

 それから約二時間半後。

 食事の後片付けをして、理優は自分の家(といっても隣の部屋だが)に戻っていった。俺も早めに風呂に入り、金曜の夜の優越感にどっぷりと浸ることにした。


 コーヒーを一杯入れ、テレビの前のソファに陣取る。

 サイドテーブルには、少し高めのカップアイス。



『……お主、今日はまだ寝ないのか?』


「寝ないよ。金ロー観るからな」


『きんろう……?』



 時刻は21時前。眠気対策も万全。

 夏の金曜ロードショーでやるジブリ映画を、一人アイスやコーヒーをお供にリビングで鑑賞する。こんなことに優雅さや贅沢さを見出してしまう俺は、まだまだ庶民的でガキなのかもしれない。


 それでもやはり、夏の金ローはジブリに限る。

 


『今日はもうあっちの世界へは行かないのか?』


「行かない。疲れたしな」


『そうか……なんだか退屈だな……』


「じゃあ一緒に金ロー見ようぜ。どうせ今日はこれ観たら寝るからな」



 サイドテーブルにスマホを立て掛け、朔夜にもテレビの画面が見えるようにする。カップアイスを手にとって温めていると、ちょうど番組が始まった。


 金ローのオープニングが終わり、本編映像に移る。



『……なあ、お主にひとつ訊いてもいいか?』



 しばらくして、朔夜が口を開いた。

 視線はテレビに向けたまま、答える。



「なんだ? お前から質問なんて珍しいな」

 

『ああ、お主について、少し気になったことがあってな』



 彼女にしては珍しい神妙な口調で、淡々と言葉が紡がれる。

 ややあって、朔夜は俺に問うた。

 

 

『お主は、なぜ危険を冒してまで、「Dプレイヤー」と戦うのだ?』


 

 だいぶ踏み込んだ質問に思えた。

 

 振り返ってみれば、それは《ENZIAN》でのあの会話から生じた疑問であることは推測できる。ただ、朔夜がそこに疑問を持つのは少し意外だと思ってしまう。



『店長からも、色々聞いたぞ。《ディスオーダー》って道具が、あの世界を歪ませているのだろう? 「Dプレイヤー」がそう簡単に勝てる相手ではないことはわかるが……どうしてお主だけが、その歪みの責任を背負わされているのだ?』



 もっともな疑問だ。

 もっとも過ぎて、返す言葉に困ってしまう。


 だが、一つだけ言えるのは、



「背負わされてるんじゃない。俺は、自分から()()()()()んだ」



 誰かに言われて、俺はやっているわけじゃない。

 俺の行動原理は、他人からの圧力というわけではないのだ。


 一方、俺の具体的でない答えに当惑したのか、朔夜は、



『……わからんな。なぜお主が、たった一人であの歪みの責任を取ろうとする? お主があの世界が好きなのはわかるが、そこまでする義理は……』



 電子生命体らしい疑問を呈する朔夜に、少し興味深さを覚えた。

 

 要するにこいつは、俺の行動原理を測り兼ねているのだろう。多くのDプレイヤーたちから顰蹙を買いながらも、俺が一人でこの活動を続けるだけの理由を。


 もちろん、報酬のためにやっている、というのは否定できない。

 見返りも望めない状況で強敵に挑むような真似は、俺はしないようにしている。リスクを冒すには、多少なりともリターンが必要だからだ。


 他人からの感謝、というのも候補には挙がるだろう。

 俺自身ヒーローを気取りたいわけではないが、誰かからの応援があると、自分の行為が正当化されたような気になるのは事実だ。『ユーガ』との件もそうだった。


 しかし、それらはあくまで「建前」だ。

 俺の、「本音」は——




「【|Under Brain《あの世界》】はさ、俺の兄さんが創ったんだよ」


 


 絞り出すようにしてようやく、打ち明けられた。


 テレビで映画がひとりでに流れる中、朔夜は驚いたように数秒の間をおいて、おずおずと訊ねてくる。



『兄さんがって……お、お主、兄弟がいたのか?』


「ああ。歳の離れた兄弟でさ。姉貴はまだ全然生きてるけど、その双子の兄さんは、今はいないんだ」


『それは……どうしてなのだ?』


 


「自殺だよ。二年前に、海でな。昨日がちょうど命日だった」




 淡々と流れ出た言葉に、自分でも驚いた。

 二年の月日が経っているとはいえ、出会って数日の相手にこんな風にことを語れる自分が少し恐ろしくなる。


 一方、朔夜はどういうわけか黙り込んで、



『す、すまない……さすがに失礼な質問だった……』



 これまた珍しく、遠慮がちに縮こまっている。


 

「いや、別にいいんだよ。いつか話すべきことだったしな」

 

『で、でもわらわは……今、とんでもなく失礼なことを……』

 

「お前がそんなこと気にすんな。気持ち悪いぞ」

 

『気持ち悪いだとっ!?』



 ようやく、いつもの彼女が戻ってくる。

 正直、こいつにはこれくらいのテンションでいてもらったほうが気が楽なのだ。変に辛気臭い雰囲気でいられると対応に困る。



「……で、その兄さんがアンブレを創ったって話だが」



 俺がひとまず話題を戻すと、朔夜も顔を上げた。

 昔の記憶を辿るように、一言ずつ語っていく。



「俺の兄貴は、昔から人一倍頭の回転が速くてな。よくわからないすごい機械を一人でいくつも作ってたし、勉強だって、学年の違う俺に教えながらでも学年一位をずっとキープしてたくらいの天才だった。本当に、『神様』みたいな人だったよ」



 誇張をしているつもりは、さらさらなかった。

 あの人の頭脳は、「賢い」なんてありきたりな言葉で形容できるようなものではなかった。神様から「与えられすぎた」と言っても過言ではないほどの、圧倒的な才覚。


 言ってしまえば、この世の「不平等」そのもの。

 それが、俺の兄――彼方(おちかた)秋夜(しゅうや)だった。



「で、俺が中学生の頃だな……そんな兄貴がなんでもないことみたいに作っちまったのが、今の【Under Brain】の原型ってわけだ。さすがにゲーム化するまでには、色々他人(ひと)の手は借りてるだろうけどな」

 

『それじゃあ、本当にお主の兄が……』

 

「ああ。俺の兄貴は、もう一つの《世界》を創った人なんだ」


 

 しかし今、アンブレをやっている奴の中に、「彼方秋夜」という名前を知っている人は少ないだろう。


 ゲーム開発が成功し、発売を間近に控えた雨の日。

 兄さんは、海から身を投げて自殺したからだ。


 天才ゆえの苦悩があったのだろう、と周りの人は片付けた。

 俺も二年の月日を経て、その事実を受け入れている。


 だからこそ——


 

「兄さんの創った世界を汚す奴を、俺は許さない。

 Dプレイヤーと闘うのは、俺の義務で使命みたいなものだ」



 朔夜の問いに、ようやく答えを出せた気がした。

 

 リスクを冒してまで、奴らと闘うための行動原理。

 たとえたった一人でも、世界の歪みの責任を負う理由。

 

 そんなものは、もはや自明だった。



『そう、か……なるほどな』



 俺の出した答えに、朔夜は納得がいったように頷く。

 疑問が氷解したのか、清々しい笑みを湛えて。



『お主という人間が、少しわかったような気がするな。やはりお主は、わらわの主に相応しい志をもっているようだ。少し見直したぞ!』



 少々上から目線なのが鼻につく。

 だが、悪い気はしなかった。



『お主の兄が創った世界だというのなら、なおさらわらわにも守る義務があるな! お主のその崇高な志のためなら、わらわはこれからも力を貸すぞ! 「神」の子としてな!』

 

「……そうか。なら、心強いな」

 

『ふふん、そうだろうそうだろう!!』



 誇らしげに朔夜は胸を張る。

 映画は既に、中盤あたりに突入していた。


 今は不思議と、隣に佇む小さな姿が頼もしく思えた。

 

 こいつとなら、うまくやれる。世界を変えられる。

 改めてそんなことを思って、自然と微笑んでいた。




      ◇◇◇




 2027 7/2 21:36 

 カルキノス連邦領第13廃棄地区 旧一番通り

 Cafe&Diner『ENZIAN(エンツィアン)


 


「ふぁ〜、今日もお仕事終わりだぁ〜!!」

 


 オレンジ髪の店員、モニカが大きく身体を伸ばす。

 片手にはモップが握られており、閉店後の清掃作業のあとであることが窺える。モニカは疲労感たっぷりによろよろと歩き出すと、同じようにホールに立っていたコレットにわざとらしくもたれかかった。



「コレットぉ〜、あたし疲れたよ〜。一緒にお風呂入ろー」

 

「もう子供じゃないんですから、一人で入ったらどうですか」

 

「やだよぉ〜、つまんないじゃーん」

 

「お風呂はだいたいそういうものです」



 甘えるように抱きついてくるモニカを、コレットは大人びた態度であしらった。二人はNPCではあるが、幼い頃から雇い主でもあるジャンヌにともに育てられ、お互いに双子の姉妹のような関係を築いているといえる。



「なーにうだうだやってんだい。早く入ってきな!」

 


 様子を見かねたジャンヌの一声に、モニカは目を輝かせた。



「ほらほら、店長もこういってるし二人でぱっと入っちゃおう!!」

 

「そんなに引っ張らないでください……」



 袖を引かれたコレットも、やれやれといった様子でモニカのあとに着いていく。店の奥にある住居への階段をモニカが上ろうとした、そのときだった。


 店の扉が開き、ドアチャイムが音色を奏でた。



「……おや? こんな時間にお客かい」



 怪訝に思ったジャンヌは店先に視線を移す。

 そこにいたのは、灰色の髪をした狼耳の少年だった。



「あ、すみません……閉店時間だってことは知ってるんですけど……」



 おずおずと少年は入店してくる。

 何らかの事情を察したジャンヌは、訊ね返す。

 


「アタシ達に、何か用事かい?」

 

「は、はい! あの、ここって『カナタ』さんへの依頼を受け付けてる場所で合ってますか?」

 

「ああ、そうだね」



 ジャンヌが優しく頷いて見せる。

 彼女の反応に少年はカウンターに身を乗り出して、


 

「あの! おれ、“ユーガ”っていうんですけど――

 カナタ先輩に、ぜひ依頼したいことがあるんです!」



 

次回より第二章。

物語が大きく動き出します。

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