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見学


皇帝と皇后の居住区画がある南、皇子と皇女の宮殿がある西、訓練場と騎士団の宿舎がある東。私達が向かっている訓練場が見渡せる通路というのは東側の端にあり、長い階段を上がった先にある小さなバルコニーから、訓練している騎士の姿が見られるという。


シンシアから逃れブラッドと宮殿に入れば、先に宮殿に向かっていたアンナが入口で待っていた。

宮殿の侍女達は休憩時間になるとバルコニーに集まり、騎士を眺めるのが日課となっているらしく、そこに突然皇女や侯爵家の子息が現れたら混乱するからと、アンナが事前に人払いをしてきたのだ。


「宮殿にはよく訪れていますが、このような場所があったとは知りませんでした」


バルコニーから下を覗くブラッドの驚く声に釣られ、私も同じように下を覗く。高さがあるので騎士の顔はハッキリと見えないが、広い訓練場の隅に数人の騎士が集まって何かをしているのは分かる。


「あれは訓練なのかしら?」

「訓練前の柔軟です。身体を動かす前に筋肉を伸ばしておかなければ、色々と支障がでますから。騎士が少ないのは、まだ訓練が始まっていないからだと思いますよ」

「詳しいのね」

「帝国も侯爵家の騎士団も、昼食や休憩時間はそう変わらないでしょうから」


訓練場を軽く見渡しながら、「へぇ……」と口角を上げるブラッドは何やら楽しそうである。まるで子供のようだと小さく笑い、通路にいるアンナへと手を出し頷く。


「ブラッド」

「はい」

「貴方の分よ」

「……これは?」


顔を上げたブラッドに「どうぞ」とオペラグラスを差し出す。困惑しながらも受け取ったブラッドに、私も持っているのだともうひとつの方を見せる。


「使って。ここからだと高さがあるからよく見えないでしょう?」

「見えませんか?」

「剣を振っているのは見えると思うけれど、顔と身体が見えないじゃない」

「顔と身体ですか……?」

「そこが一番重要だと聞いたのよ。貴方は、剣の扱いや動作を見るのに使うといいわ」


オペラグラスを覗き調節しながらそう口にすれば、隣に立つブラッドから「顔、身体……?」と低く唸るような声が聞こえてくる。

ブラッドがそこを注視する必要はないのでは?と首を傾げつつ、訓練場に集まってきた騎士達を順に眺める。


「訓練が始まったわ」

「思っていたよりも少人数で訓練をしているみたいですね」

「あれで少ないの?」

「帝国騎士団は五か六部隊に分けて訓練をしているのではないでしょうか。うちは二部隊に分けていますから、この倍の数が一度に訓練を行っています」


下では壮年の騎士が声を張り上げ、他の騎士達がそれに続き声を出しながらの訓練が始まった。警護や式典といった場面でしか騎士を目にすることがないので、鎧をつけずシャツやズボンといった軽装の騎士が酷く新鮮に見える。

度々あれは何をしているのかとブラッドに尋ね、私は騎士を、彼は訓練内容を観察する。


「凄いわね」


騎士が日頃のどのような訓練を行っているのか知らなかった。彼等や彼女等の日々の努力を目の当たりにし心から賞賛すると、隣から「そうでしょうか」と声が。


「この程度の訓練であれば、我が家の騎士団も楽にこなします」

「そうでしょうね。レンフィード侯爵家の騎士団は、私でも知っているくらい有名だから。きっと想像できないほど凄まじい修練を重ねているのでしょうね」

「……私は、それ以上に訓練を積んでいます」


どちらが凄いと張り合うものではないが、自分の家の騎士団を自慢したい気持ちは分かる。

ただ、心にゆとりがあり、上品で常識的なブラッドがそのようなことをするのが珍しく、凄いわねと同意すれば、何故か自分はもっと凄いのだと小声で主張してくるのが可愛らしい。


「それなら、ブラッドが一番凄いということになるのかしら?」

「……」

「ブラッド?」

「顔も身体も、努力や実力も、他の男達には負けません」

「そうね」

「信じていませんね……?」

「まさか、貴方が優れた騎士だということは知っているわ」


回帰前、建国際で行われた剣術大会で優勝したブラッドが、女神役を務めていたシンシアに花冠を被せられているのを見ていたのだから。


「見たことはないけれど」

「では、見にいらっしゃいますか?」


さらっと告げられた言葉が一瞬理解できず、オペラグラスから顔を離した私は、隣に立つブラッドを見上げ眉を顰めた。


「見に……って、侯爵家の騎士団を?」


今この人、凄く気軽に誘ってきたような……。


「領地にある本邸宅に来られても構いませんが、それは難しいと思うので、先ずは帝都にある別宅にお越しください。直属の部下を数名連れてきていますので、訓練を見学することができますよ」

「別宅でも訓練をしているのね」

「領地での訓練と比べると軽いものですが、それなりには」

「ブラッドも、訓練を?」

「勿論。是非、間近で見学なさってください」


いくら親しくなったとはいえ、婚約者でもない女性を両親もいる別宅に招いてもよいものなのだろうか?

今迄にそういった誘いを受けたことがなく、例え誘われたとしても断っていただろうから、どうしていいのか分からず狼狽えてしまう。


「私が別宅を訪ねても、その、大丈夫なのかしら?」

「何かご心配なことでも?」

「何かって、色々と、誤解とか……」

「誤解などありませんから」

「……そうよね、貴方はそういう人だったわ」

「ぇ、ヴィオラ様?」


ふーっと深く溜息を吐きブラッドを睨めば、今度は彼が狼狽えている。

ただでさえ下僕がどうのと変な噂を流されているのに、私が彼の別宅を訪れたと周囲に知られたら、またとんでもない噂が流れるに違いない。

などと、そんなことを心配しているのは私だけで、ブラッドは全く気にしていないのだから嫌になる。

そうよね、彼にとって私は同性の友達と変わりないのだから。


「いいわ、貴方の家にお邪魔するわ」

「はい」


どうなっても知らないからと開き直りそう口にすれば、ブラッドは満面の笑みを浮かべ頷く。そんなブラッドに目を細め、美貌の無駄遣いだと心の中で毒を吐く。


「素晴らしい訓練を見学させてもらえそうね」


意趣返しでそう言い意地悪く微笑むと「退屈はさせません」と彼も口角を上げる。

いつか彼をあっと言わせてやるのだと心に刻み、オペラグラスを覗き込んだ。






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