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次なる獲物


『おともだちのつくりかた』という本の通りに行動した結果、気の合う人を見つけ語り合うという目標が遂げられた。それなら次の目標は恋をすること。

今夜と明夜の夜会は御爺様のところの夜会とは違い、今年成人したばかりの令息や令嬢を社交に馴染ませる為に開かれる夜会なので招待客の年齢層は低い。よって獲物として狙うのは、成人したばかりの令息や令嬢の手本となるべく連れて来られた兄のほう。


御爺様の知人でもある夜会の主催者と広間へ入れば、小さな騒めきと共に視線が注がれる。

けれど嫌な視線ではなく、私を見て皮肉な笑みを浮かべヒソヒソと話す者もいない。

元からそういったことがなさそうな夜会を選んではいたが、これなら期待できるかもしれないと微笑みを浮かべる。

令息や令嬢とその兄や姉を連れた当主から代わる代わる挨拶を受けながら、実直そうな、それでいて物腰柔らかで笑顔が素敵な……と目を凝らすが、よく分からない。

話したこともなく、為人も知らない男性に恋をするということ自体が無謀に思えてくる。

だからといって男性に女性から話し掛けるのはマナーが悪く眉を顰められるような行いである。

数時間も経たないうちに広間の隅に佇む自身を叱咤するが、話し掛けられないのだから仕方がない。


「お母様を真似てみたのに……」


今夜の装いは淡いパープルのドレス。普段のように肩と背中は露出しているが、胸元から腰にかけての繊細な刺繍と、レース地のふんわりとしたスカートのお陰でとても可愛らしく仕上がっている。

お母様に可能な限り似せ、話し掛けやすい雰囲気を演出したというのにこの体たらく。

段々と視線が下がり、何もすることがなく爪先を見つめていたら足元に影が落ちた。


「どうかなさいましたか?」


頭上から聞こえたどこか焦ったような声に驚き視線を上げると、目の前にブラッドが……。


「顔色がよくありませんが、どこか具合でも悪いのですか?」

「……いえ、悪くはないわ」

「それなら良いのですが」


ふわっとブラッドが微笑むと、私達の直ぐ近くに居る令嬢達から小さく歓声が上がる。年齢が離れた成人したばかりの令嬢からも熱い視線が注がれるのは彼ぐらいのものだ。


「舞踏会以来ね」

「昨夜の夜会でもお見かけしました」

「私も見かけたわ。相変わらず貴方は目立つから」

「それでしたらご挨拶にうか……が」

「ブラッド?」


何かを言いかけて止めたブラットがガッと目を見開いた……。

以前も似たようなことがあった気がする……と動かなくなったブラットの顔の前で手を振ると、コホンと咳払いしたブラットが何事もなかったかのように笑みを浮かべた。


「ご挨拶に伺うべきだったと、自身の失態に気付き言葉を詰まらせてしまいました」

「失態というほどのものではないわ。それに私は途中から広間の隅にいたから見つからなかったと思うわよ?」

「ヴィオラ様も目立つのだと言いませんでしたか?確か、昨夜の夜会ではオトクス家の令嬢とご一緒だったかと」

「見ていたの?」

「夜会で踊らず広間の隅で談笑している女性はヴィオラ様とオトクス家の令嬢だけでしたから」

「逆に目立っていたのね……」


夜会で踊らずにいるのはいつものことなので分からなかった。

次ジェマに会ったら移動してから沢山お話をしようと頷けば、ふふっと笑う声が聞こえ視線を上げた。


「今夜の装いは、格別にお美しいですね」


美しいのは貴方の顔ではないのかと思うほど、女性を一瞬で誑かすような甘い笑みを見せるブラッドにたじろいでしまう。


「……あ、ありがとう」

「そのような色のドレスを着ているお姿は初めて目にしましたが、とてもいいものですね」

「いいもの?」

「とてもよく似合っておりますと、そういうことです」


ジッと凝視され謎の圧を感じつつも、褒めてもらえるのは素直に嬉しい。

ふんわりとしたスカートに視線を落とし、指で軽く摘まみながらふふっと笑う。

すると、「ぶふっ」と吹きだすような声が……。


「……?」

「どうかなさいましたか?」

「その、何か音が聞こえなかった?」

「音ですか?」


周囲を見回すも音の発生源は分からず、首を傾げる私の隣にブラッドが並び立つ。

この夜会に居るほぼ半数の令嬢達が彼に視線を送っているのに、本人は「今夜も少し暑いですね」とのんびりとしている。異性を寄せ付けないという噂があるくらいだから、これは気付かぬ振りなのだろうかと興味本位で問いかけていた。


「踊らないの?」

「……それは、ダンスに誘えと、そうとってもよろしいのでしょうか?」

「そういうことでは……ブラッド!」

「ヴィオラ様。私と踊っていただけますか?」


私が否定する前に手を取り、身を屈め持ち上げた私の手に唇を近付けたブラッド。

手にあたる吐息がくすぐったく、上目遣いで囁く誘い文句に眩暈がしそうになる。

あの言い方は駄目だった。皇女からああ言われたらダンスに誘うしかないじゃない!無理強いするつもりなんてなかったのだと眉を下げる。


「……」

「ヴィオラ様」


人が居ないからといって見られていないわけではなく、彼が此処に居ることで令嬢や令息からの視線が集まっていた。今ここで断れば彼が何と噂されることになるのか……。

微笑みながらジッと待つブラッドと周囲の視線に負け、頷くしかなかった。


「私が踊ることなんてないのよ」

「それは光栄なことです」

「目立つのは嫌いなの」

「それでしたら、ヴィオラ様よりも私が目立ってみせましょう」

「どうやっ……ブラッド、ちょっと!」


音楽が切り替わる拍子に手を引かれ、広間の中央へと進む。

それまで踊っていた者達も、中央を眺め談笑していた者達も、私達が広間の中央へ立つと動きを止めた。

手を繋がれ、腰を引き寄せられ、音楽に合わせてブラッドが動き出す。

誰かとこうして踊るのは久しぶりなのに、彼の動きに合わせているだけで優雅に踊れているのだからどれほどエスコートが上手いのか。


「実は、私はこういった場で一度も踊ったことがありません」

「……えっ!?」

「ですから、明日はあのブラッド・レンフィードが踊ったと噂になるのではないでしょうか」

「本当に一度もないの?」

「はい。これが初めてです」

「それは……」

「初めてがヴィオラ様だとは、私はとても幸運な男です」


真面目な顔でそのようなことを言うものだから、「幸運ね」と笑いながら返していた。


「回って」


そう耳元で囁かれたと思えばクルリと回され、ふわりとスカートが綺麗に広がる。

わっと歓声が上がるのを耳にしながら踊り続ける。

曲が終わり、名残惜しげに離れていく手を見つめていたのは私だけではなく、ブラッドも私の指先を視線で追っていた。

たった一曲なのに、その一曲がこれほど楽しかったことなどあっただろうか?


「ありがとうございました」

「えぇ」


――踊るのは久しぶりだったから。


頬の熱さを誤魔化すかのように、そう自分に言い聞かせた。




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