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理想のカバン

作者: みみずく

理想のカバンは幾つあっても困らない。

12月の中旬、凍えるような寒さにもようやく身体が慣れてきた。

空は曇って雨が降りそうな気配を感じた。

時川礼子は夜勤明けの身体を引きずって開店したばかりのショッピングモールに足を踏み入れる。

クリスマス仕様の店内に顔が綻ぶ。色とりどりのLED照明に赤色のサンタクロースに白樺のツリーにオレンジの灯り。

コロナが第5類になってから初めてのクリスマスシーズンだ。

自分はセンスがないので自宅も季節物の飾り等を置けない分、此処で楽しもうとゆっくりと歩いた。


ファストファッション店の棚に並べられたカバンを一瞥した。去年の流行りに比べてものが沢山入る仕様のものが多く嬉しい。

この中になら理想のカバンがあるのでは無いか。

そう思って早速アイボリー色の丸みを帯びたバッグを手に取った。


もう何年も理想のカバンを探し求めている。

若い頃使ってたバッグは使いやすかったが、ミニマル流行りが起きてからというもの散々な目に合っている。

まず、カバンが小さ過ぎて財布や車の鍵などが当然のように入らない。サブバッグ前提なのかもしれないが、ファッション誌などを見てもそんな使い方でも無さそうだ。

実用性よりも、物が売れたらそれで良いのだろうが。

理想はショルダーバッグで丸みがあって傷が付きにくい生地で大き過ぎず小さ過ぎず。

というありきたりだが、その辺を探せばすぐに見つかりそうな品であった。

しかし、無い。無いのである。

どんな店を探してもネットのサイトを見ても、古着屋を見てもないのである。

これかなと思い購入してもどこか不満があり、結局使わなくなってしまうというのを10回ほど繰り返した。


いよいよ途方に暮れて4年が経った。

理想のカバンを使ってた時期は10年前の2013年頃。

アイボリーで当然丸みのある物。似た様な赤色のバッグも持っていた。

2つとも壊れてしまい捨ててしまった。

その頃はまだ大きなカバン流行りで、ピンクや黄色の可愛い色の品が大阪や東京の百貨店のショーウィンドウに並べられて憧れたものだ。

2016年頃からカジュアルな格好をし始めるようになり、コンサバな服装から離れていた。

しかし最近は後者に戻りつつある。

カジュアルなファッションに飽きたというのと、あまり似合わないことに気がついてしまったのだ。

有名な投稿アプリでは競うようにだらしのないラフな格好が持て囃されて、それに便乗したかったが目が覚めてしまった。

センスがない私があんな格好出来るわけないし、だったら好きな格好をしていようと。


しかし今日はモールに入り驚いた。

カバンが大きい。あんなにミニマル流行りで財布すら入らない小さなカバンを売っていたのに。

今では中から大くらいのカバンを沢山並べている。


何件か目の店で理想のカバンに近いものを見つけた。フォーマル仕様ではあるが、日常と通勤に使うものなのでこの際構わない。

今のうちに買うしかないと財布の中身と相談する。

げえと声が出た。

ボーナスなんて雀の涙なので最近はあまり貯金にも回していないが、思ったより残額が少ない。仕事用の飲み物もまとめ買いしておかなくてはいけない。

カバンどころじゃないだろうと凝って固まっている首を回した。

それでもカバンは出かけた際の体の一部なのだ。

どうしたものかと考えて一旦店を後にした。

ベンチに腰掛けて一息つく。

ショッピングモールの食品コーナーでコーヒーを買うか、この目の前の自販機で飲み物を買うか悩む。

カフェなどに入ってしまったらカバン代が無くなるという、なんともケチ、いや吝嗇な考え方を礼子はしていた。

33歳にもなってこんな事で悩むなんてと自分自身に呆れ果てる。

しかし体の一部分を探すという崇高な行動を取ってるのだからと自分に言い聞かせた。

結局、食器コーナーの安い1リットルのペットボトルコーヒーを買った。

さすがにそれをモール内で1人でぐびぐびと飲むのは恥ずかしいので車に戻って飲んだ。

脚が重い。

礼子は工場の夜間勤務で立ち仕事なので仕事が終わると脚が動かなくなる。

足を引き摺って歩いていると女子高生に笑われる。放っておいてくれと彼女たちを睨みつけた。

夏頃は全身が痛み、杖を着いて歩くほどだった。

その頃に比べてマシだと思った。


弁当会社に勤め始めて早10年。

仕出し部門から始まり、病院や施設で調理をしてから今は弁当部門で忙しなく働いている。

それでも給料は思ったように上がらずため息をついた。

物欲だけが礼子を人間として保つように支えている。

給料は少なく、そのうちで生活費をやりくりして欲しいものを買う生活に疲れてきた。

だからといって物欲が無い期間に酷い鬱状態に陥ったことを思い出すと、欲しいものは常にあった方が良いと思った。

所謂、生きるための食事のようなものである。

なくては安定して動けない欲。

食欲、性欲、睡眠欲、そこに礼子は物欲が無いと生きる気力が地の底に落ちるのだった。


首を回して肩を揉みほぐして車のエンジンをかけた。

今日は保留にしてまた今度買おう。

欲しいものを頭に思い浮かべるだけで辛い仕事も乗り越えられるだろう。


虚しい事の繰り返しではあるが、そうでもしないと自分が何もしない動かない人間になると礼子は嫌という程自覚していた。



モールの出入口の正面にある信号機が、赤から青に変わってからゆっくりとアクセルを踏んだ。曇った空の切れ間から太陽の光が零れている。


理想のカバンを探し求める礼子の旅は一生続きそうであった。

礼子を主役にして幾つか話を書いてます。

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