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ジュールズ――どうしようもない愚弟4

 ジュールズは聞き分けの良い素直な子だった。


 雛鳥が初めて見た動くものに懐くように、私に懐いた。


 ――姉上、姉上、おはようございます。

 ――おはよう、ジュールズ。今日もさらさらだね。


 ――姉上、姉上、手のひらをすりむきました。

 ――可哀相に、見せてごらん。


 彼が私を姉上と連呼しない日はなかった。


 私も私で、抱きついてくる彼をよしよしと抱き返したり、縦に抱っこして部屋に連れていったりと、思う存分可愛がった。


 私にまとわりつく以外の時間は、彼は大抵、暖炉の前のお気に入りの長椅子で過ごしていた。


 お前は一体、どこのご隠居さんだ……?


 暖かい場所で日がな一日ぬくぬくとくつろぎ、気が向けば隣で同じようにくつろいでいる猫と遊ぶ。


 一緒に暮らすうち、何となく分かってきたのだが、彼は名のある大国の王家に連なる者らしく、おっとりと怠惰だった。


 誰が持たせたのか知らないが、串に刺したマシュマロや苺を、暖炉の火で焙ってもぐもぐしていることもあった。


 無骨なライスターに突如現れた、小さくて可愛いものを皆構わずにいられないらしい。


 確かに、焙っている時のちんまりと丸まった背中は、見ているこちらの心が癒されるほど愛らしかったのだが、私はふと我に返り、このままでいいのだろうかと考えた。


 彼の本当の身分が大ダルメスの王族だろうと何だろうと、ここは勤倹力行を旨とするライスターである。


 私は彼の姉として、今更ではあるが、彼の生活態度に苦言を呈することにした。


「お前、ちょっとダラダラし過ぎじゃないか?」

「そんなことありません。きりっとしてます」

「そうか……」


 そう言われると、もう何も言えなかった。傍目からはダラダラしているように見えても、彼の中では、突如彼を襲った冷酷な運命や、がらりと変わった生活環境なんかと必死に折り合いをつけているところなのかもしれない。


 私は彼の心が落ち着くまで、何も言わず見守ることにした。


 彼がグザヴィエに捕獲され、鍛錬場へ連れ去られる様子は哀れを誘った。


 グザヴィエの肩に担がれて運ばれる彼が、物言いたげな目でじっと私を見つめても、私には「頑張れ」と激励することしか出来なかった。


 彼の剣士としての成長に、世界の命運がかかっている。


 ジュールズも最初の方こそあからさまに嫌がっていたが、やがてグザヴィエに連行されずとも、自主的に鍛錬場へ向かうようになった。さすがは聖剣に選ばれるほどの逸材、やってみたら性に合っていたのだろう。


 ――姉上、姉上。


 いつだって私の隣に座る彼の、形の良い小さな頭を撫ででやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。


 ――姉上、ご褒美をください。


 頑張って早起きをしたり、苦手なものを我慢して食べたり、鍛錬を終えた後などに、彼は決まってそう言った。


 例のあれだ。


 唇の真横ではなく、さりげなく頬を狙っても、彼が顔を動かしてそこに持っていってしまう。


 彼が子供子供しているうちはまあいいかと思っていたが、一年、二年とあっという間に時が経ち、華奢な体がそれなりに育って引き締まってきても、私を姉上と呼ぶ声が徐々に優しくかすれ始めても、彼は私にご褒美をねだるのを止めなかった。


 良くないな……。


 ジュールズを山で拾ってから早や四年。


 彼との距離感に悩みつつ、ねだられるまま彼の唇の真横に口づける日々を送りながら、私は十七歳になっていた。


 相変わらず気楽な男装をしているが、一応年頃の娘である。ジュールズとてもう十四歳、騎士見習いの少年であれば、そろそろ従騎士になろうかという年齢であった。


 肩より少し上の、亜麻色の髪は相変わらずさらさらで、顔立ちも雰囲気も、いつまで経っても彼は愛らしく可憐だったが、ふとした時に伸ばされる手の大きさや、私よりほんの少しだけ高い目線に、私は時折どきりとさせられた。


 ――姉上……?


 不安げな上目遣いではなく、気遣わしげに上から覗き込んでくる、淡い褐色の綺麗な瞳。


 私は笑って「何でもない」と首を振った。


 私が苦もなく抱き上げた、小さな少年はもうどこにもいなくなっていた。


 鍛錬の後のおやつにも、彼は毎回付き合ってくれるものの、彼自身はもう甘いものなど不要のようだった。


 おっとりとティーカップに指を添え、まるで大人の男のように、優しく私を見つめている。


 まるで婚約者同士のお茶会のようだと思った時、そう言えば彼は私の婿になるという設定だったなと思い出した。


 最初の頃は名ばかりでしかなかったその設定も、今のジュールズなら、誰もが「そうなんだろうな」と騙されてしまうこと請け合いであった。


 元々筋の良かったジュールズは、真摯な鍛錬の甲斐もあり、今や同年代の中では頭一つ抜けた存在となっていた。


 実際のところ、彼は私の婿になる為ではなく、守護者であるが故に、己に厳しい鍛錬を課しているだけなのだが、それは我々家族とグザヴィエしか知らないことだった。


 ――姉上!


 とある雨上がりの午後、降りられなくなった猫を助けようとして、私はうっかり塔の先端から足を滑らせたことがある。


 いつからそこにいたのか、私の後ろから跳んだジュールズは、私が空中で体を起こすより早く、猫ごとふわりと私を抱いた。


 それまでの私は、しがみつくようにぎゅうっと抱きついてくる小さな彼しか知らなかったから、一瞬何が起きたのか分からなかった。


 ジュールズは余裕たっぷりに柔らかく着地し、猫と私を抱いたまま笑顔で言った。


 ――姉上、ご褒美をください。


 いやもう、ご褒美も何もないだろう……。


 庇護する者とされる者が、徐々にその立ち位置を逆転させていくかのような、容赦のない時の流れに私は眩暈を覚えた。


 本当に、大きくなっちゃったな……。


 彼は今、グザヴィエの立会いの下、じいと激しく打ち合っている。


 彼が手にしているのは勿論、あれが噂の聖剣ドゥミリューヌ。


 白銀の煌めく鞘に覆われた、見事なバスタードソードである。


 彼はいつの頃からか、身の丈にそぐわぬ大ぶりの剣を、時々肩に担いで移動するようになっていた。


 本人が当たり前のような顔をしているので、「お前、それはどこから」とは誰も尋ねない。


 彼は息をするように虚空から聖剣を呼び出し、また、逆に聖剣が突如虚空から現れても、一向に驚いた様子を見せず、好きに寄り添わせていた。


 ああ、この子は本当に、選ばれし者なんだな……。


 私は感動に胸を震わせた。まるで聖剣が体の一部であるかのようだ。


 彼が鍛錬の時に使うのも、白銀の鞘に納まったままの聖剣だった。


 そんなことをしたら鞘の美しい装飾が損なわれるのでは、と私ははらはらしたのだが、守護者がドゥミリューヌ以外の剣を持つことの方が、よほど問題なのだという。鞘から抜かぬ聖剣は、鍛錬用の木刀と同じ扱いでいいというのがグザヴィエの言だった。


 ジュールズは防戦一方に見えて、静かに反撃の機会を窺っている。怠惰な彼らしく、無駄に何度も打ち損じるよりも、確実に一回で終わる決定的な一撃を狙っているのだろう。


 さらさらの髪をひとつにまとめ、真剣な表情でじいと打ち合うジュールズは綺麗だった。


 ――あ。


 一瞬、ジュールズの体が消えたように見えた。


 それほどに彼は速かった。


 次の瞬間、私が目にしていたのは、じいの攻撃をかわしたジュールズが、後ろからじいの首筋にひたと鞘を当てている姿だった。


 グザヴィエは唖然とし、じいの剣は虚しく空を切ったまま、鍛錬場の時が止まってしまったかのように、しばらく誰も動かなかった。


 何という速さ、何という体の動き――。


 私は興奮のあまり頬を火照らせた。


 彼はこれから、もっともっと強くなるだろう。今はまだ、何百回、何千回と挑んだ末の、たった一度の勝利だとしても、そう遠からぬ未来、彼がじいやグザヴィエを超える日がきっと来る。


 今は丁度、私と力が拮抗した頃だろうか。彼は私と打ち合うことを極端に嫌がり、手合わせをしたがらないのだが、一度でいい、彼と思い切りやり合ってみたいと願わずにはいられなかった。


 私が見学していたことは最初から知っていたらしく、彼は手合わせの相手であるじいに一礼すると、迷いなく私の方に駆け寄ってきた。


「見ていてくださいましたよね。初めてガルバレク先生から一本取りました」


 ガルバレク先生とはじいのことである。ジュールズは誰にでも礼儀正しく、かつ鍛錬についてだけはストイックだったから、その二点でもって「根は怠惰」という致命的な欠点については皆から見逃されていた。


「姉上、ご褒美をください」

「うん。少し屈んで」

「はい」


 ジュールズは乙女のようにはにかんで、楚々と顔を差し出した。今は喜びもひとしおなのだろう。


 私はジュールズの唇の真横に、思いを込めて唇を当てた。


「あ、姉上……?」


 ジュールズが当惑して赤くなる。


「――ご褒美は、これで最後だ」

「何故ですか」

「お前をいつまでも子供扱い出来ない」

「してください。私は構いません」

「ジュールズ――」

「何がいけないのですか。私は姉上の弟なのですよ」

「でも、お前は赤くなっている。私を異性として意識したんでしょう?」


 そう言うと、ジュールズはさっきの比ではないくらいに赤くなった。


「ほらね。お前はもう子供ではない」


 だからもう、はっきりとした線引きが必要な時期だった。


 たとえ私たちが本当の姉弟だったとしても、実は赤の他人でも、いつまでもこんなことをしていてはいけない。


 こんな風に、ほんの少し顔をずらすだけで、唇同士が容易に触れ合ってしまうようなことは。


「ご褒美はこれで最後だ」と私は繰り返した。


 ジュールズは目に涙を溜めている。こういうところはまだ子供で、突き放すことはつらかったが、私は心を鬼にした。


「……承知しました」


 私に撤回する気がないことは理解したらしい。ジュールズはそれ以上食い下がることもなく、大人しく引き下がった。


 もとより聞き分けの良い子であった。






 ご褒美の終了を告げて以来、ジュールズの生活態度は分かりやすく悪化の一途を辿った。


 根っこのところで怠惰な子である。


 当然のように朝は起きてこなくなったし、暖炉の前のお気に入りの長椅子でいつもダラダラしているし、服装にもまあ無頓着である。


 だらしなく着崩したシュミーズも、肩に引っ掛けただけの上着も、背景の暖炉も、足元の猫も、まるで「怠惰なジュールズ」というタイトルの、絵の中の光景のようだった。


 時々聖剣と会話していて、「そこまでやっちゃうのはさぁ……」などと気だるげに言っている。


「ねえ、ジュールズって、本当に守護者、なのかな……?」


 グザヴィエと二人で窓の外を眺めながら、私は思わずそんな疑問を口走っていた。


 グザヴィエは私の疑問を受け止めるように深く頷き、「あくまで、私の推測ですが」と断ってから、彼の見解を語ってくれた。


「恐らくですが、怠惰アレは守護者の条件のひとつかと」

「えっ嘘」


 私は耳を疑った。そんな守護者、ありなのか。


「ドゥミリューヌが剣である以上、その本質は『好戦』です。厄災との戦いにおいて、彼女のそうした部分は非常に有効ですが、それはつまり、厄災を退けた後も、隙あらば守護者とともに、永遠に戦おうとする性質ということになります」


 私ははっと息をのんだ。


 厄災を退けた後、だと……?


「ドゥミリューヌと契約を交わした先人たちは、当然、彼女の性質を知っていたでしょうし、厄災を撃退した後のことも、恐らく見越していたと思います。ドゥミリューヌから提示された条件は、王家の血を引く高貴な身であること、見目の良いことなど、多岐にわたっていたようですが、先人たちはどうにかそこに『怠惰』という条件を、恐らくは別の綺麗な表現を使って、さりげなく滑り込ませたのです――あくまで、私の推測ですが」

「いや、多分それで合っている」


 私は震える声で彼に同意した。


「だって、あなたの大ボスも、ジュールズの怠惰な質を見抜いた瞬間、彼が守護者だと確信したんでしょう?」

「……そのように、見えました」


 厄災撃退後、歴代の守護者たちは何の躊躇いもなく聖剣をもとの聖岩に戻し、その後の世界には平穏が訪れた。撃退の余勢を駆って、世界征服に乗り出す守護者など、これまで誰一人としていなかった。守られる側の私たちはそれを当然のこととして、疑問にも思っていなかったけれど。


 ダルメスの現王や王太子は、話に聞く限り、好戦的な野心家のようだった。もし彼らや彼らと近い気質を持った王族が、守護者として選ばれていたら、厄災撃退後の世界はダルメスとその他国家との争いに発展しても決しておかしくない。


 私は先人たちの叡智と先見性に、深く頭を垂れるばかりだった。


 そんな……厄災撃退後の、世界平和まで考慮に入れてくれていただなんて……。


「あ、まあ……それは分かったけど、ジュールズは本当にあのままでいいのかな。いくら必要な資質としても、あの子はちょっと、何て言うかこう、怠惰が過ぎるような」

「大丈夫です。月と聖剣の導きにより、鍛錬を怠ることだけはありませんから」


 そこはグザヴィエの言う通りだった。


 ジュールズは剣を振るうこと自体は好きなのか、鍛錬だけは欠かすことはなかった。


 恐らく、この頃だ。


 時折、主に鍛錬の後などに、彼から妙に熱のこもった視線を向けられるようになったのは。


 目が合うとさっと逸らすくせに、彼はいつだって、視線で私を喰らい尽くそうとするかのように、熱い眼差しを私に向けた。


 ジュールズ、お前……。


 その視線の意味に気づかぬほど、私は鈍くなかった。


 何故なら私もまったく同じ気持ちだったからだ。


 ――そうか、そんなに私と手合わせがしたいか……!


 望むところだった。


 じいに度々勝利するようになったことで、ジュールズもようやく自信をつけてきたのだろう。次は姉弟子である私に挑みたいと、遂に思ってくれるようになったか。


 私は彼とすれ違いざま、彼の耳元で挑発するように囁いた。


「――いつでも」


 ジュールズがはっと身を震わせる。


 次の瞬間、私は物陰に引きずり込まれそうになり、「コラ」と彼の頭を扇で打った。


「いつでもとは言ったけど、それはあくまで鍛錬場での話だ。こんなところで私たちが打ち合ったら、通りがかりの誰かに怪我をさせてしまうかもしれないでしょう?」


 私が諭すと、ジュールズは一瞬で耳まで赤くなった。


「……すみません、短慮でした」

「ううん。戦闘はいつどこで発生するか分からない。お前がそう解釈したのも分かるよ。私も言葉が足りなかった」

「いえ、姉上は悪くないです。私の不徳の致すところです」


 ジュールズはそう言って、逃げるように走り去った。


 本当にごめん……。


 剣の道においては常に高みを目指すジュールズが、「いつでも」を字義通りに解釈したのは当然のことだった。どうとでも取れる言い方をして、悪いことをしてしまった。


 このように、剣の鍛錬においてはどこまでも貪欲なジュールズだったが、学業の方はさっぱりだった。


 これについては、元々の彼の性質に加え、我がライスター特有の気質が、彼に悪影響を及ぼしているように思えてならなかった。


 我が領には「勉強は元々出来る奴に任せて、体動かすのが好きな奴はガンガン鍛えて武勲立てようぜ」という気風がある。


 家柄の良い者ほどそういう発想が顕著だった。間違ってはいない。いざという時に命を賭してこその我らである。


 ジュールズは一応、ライスター家の子ということになっていたが、通常、我が家のような家の者であれば通うはずの王都の学校には行かず、領内の学校に通っていた。


 父の教育方針と、正体がばれないようにという配慮からである。


 地理的にダルメスに近いのはライスターだが、彼の国との心理的な距離は、王都の方がずっと近かった。宮廷貴族たちの中にはダルメスの爵位を持つ者もいる。どこからジュールズの正体が知られるか分からない王都になど、行かせられる訳がなかった。


 ジュールズが変わらず家にいることが嬉しいと思ってしまうのに、他に誰も言う者がいないせいで、彼にお小言めいたことを言うのはいつも私だった。


「もう少し身を入れて勉学に励め」

「不要です。男は強ければそれでいい」


 駄目だ……。我が領に完全に毒されている。


 学校からは彼が仲間たちと連れ立って座学をサボり、森で肉を焼いていたことも報告されていた。


「姉上だって、婿に選ぶのは姉上より強い男でしょう?」


 分かってんだぞ、と言いたげに、ジュールズはやたらと突っかかるような物言いをした。


「いや? 私より強くなくていいから、勉学のできる者がいい」

「何ですって⁉」


 ジュールズは本気で驚いていた。


 ははーん……。


 これは例の「ライスターの男勝りは、己より強い男でないと夫と認めぬと公言しているらしい」という噂を真に受けているに違いない。


 私の強さをやっかんだ男たちが、その手の噂を好んで広げていることは知っていた。


 馬鹿だな……。ちょっと考えれば分かると思うけど、本当にそんな条件だったら、私が結婚できる相手なんて父かじいしかいないじゃないか。


「私はその辺の男より強いから、物理的に領を守っていくのは私ということになる。夫となる者には領の経営とか、有事の際の兵站なんかを任せられたら嬉しいな。数字に強ければなおよし」

「そん、な……だって、姉上は……」


 ジュールズが呆然と首を振る。


 私はふっと笑って言った。


「軟弱でもいい、勉学が出来れば」


 ジュールズは「そんな……じゃあ私は今まで一体何のために……」とうわ言のように漏らしながら、ふらふらと去っていった。


 やがて、ジュールズは猛然と勉学に励むようになった。


 需要があると知った途端にこれなのだから、現金なものである。せっかく本人がやる気になっていることだし、他の領のお嬢さん方が皆そうだとは限らない、とは教えてやらないことにした。


 勉学に身を入れたからとて、急に賢くなる訳ではない。だが、そうこうするうちに、彼の口から度々「カスパー」なる、数学の得意な友人の名を聞くようになった。


 ――今日はカスパーの家で一緒に勉強してくるから。


 彼が出掛けにそう告げていくこともしばしばで、私はカスパーがどんな子が俄然興味が湧いた。


「今度うちに連れておいでよ。お菓子でも――」

「入り婿候補として品定めする気ですかッ!」


 噛みつかんばかりの勢いで言われ、私は慌てて否定した。


「ご、誤解だよ。お前の大切な友達にそんなことしないよ」


 十五歳。まだまだ難しいお年頃だった。


 だが、見違えるほど勉学に励み出した彼は、素行もまあまあ良くなり、仲間とつるんでやんちゃをすることも目に見えて減っていた。


 この年齢特有の不安定さは時折顔を見せるものの、温和であると話に聞くカスパーの影響か、ジュールズも概ね落ち着いて、成績も少しずつではあるが上向く兆しを見せ始めた。


 やれやれ、一先ずはこれで安心――そう思っていた矢先のことだった。


 ジュールズが暴力沙汰を起こし、学校から保護者呼び出しがかかったのは。

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