表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姉上、ご褒美をください  作者: 初春餅


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/20

クロティルダ――我が人生の光7

 王としては二人目のゲリュオネスだった私は、ダルメス王ゲリュオネス二世となった。


 フラ・リュカの手で王冠を授けられ、神とダルメス国民に宣誓した私が、つつがなく戴冠式を終えてひと月。


 本日この日、花の都と謳われるダルメスの王都、ソーには色とりどりの紙吹雪が舞い、祝祭ムード一色だった。


 そろそろ頃合いという時刻になると、ダルメスの物見高い民衆が、誰に呼ばれるともなく、王城へと続く道の両脇に集まり始める。彼らのお目当ては、はるばるライスターから嫁してくる姫君の馬車行列だった。


「……陛下、威厳」

「分かっている」


 城の前面に張り出した塔の最上階に席を設けさせ、外の景色を楽しみながら午後のお茶を楽しむ――という体を装い、私は何度もそわそわと立ち上がっては、東の方角に熱い視線を注いだ。


「陛下……」とオレールが困ったように首を振った。


「念の為言っておきますが、陛下は正面入り口ホール、中央階段の上という王の定位置で待つのですよ。クロティルダ姫がいらしても、階段から駆け下りたり、そのまま外へ飛び出していってはなりません。へ・い・か・は・な・か・で・ま・つ・のですよ」

「分かっていると言っているだろう」


 私はじりじりと応えた。遅い。姉上の馬車は先程無事、王都に入ったとのことだったが、まだ目視確認出来る位置にいない。何かあったのだろうか。今どの辺りだろうか。もう一度人をやって見にいかせようか。


 沿道からわっと歓声が上がった。


 ――来たかッ。


 最初に見えたのは、ダルメス騎馬儀仗隊の白馬と青い騎士服だった。


 彼らに前後を挟まれ、大通りを粛々と進む馬車行列の先頭にあるのは、私にとっては見慣れた漆黒の馬車である。


 ――姉上ッ。ようやく……!


 沿道で父と思しき男に肩車をされている子が、興奮して男の額をぺちぺちと叩いていた。懐かしいその馬車の扉には、見ずとも分かる、漆黒の盾と、両翼を広げた黄金の鷲という、ライスター辺境伯の紋章が飾られているのだろう。兵たちから見れば、ライスターの黒と金は恐怖の象徴でしかないが、子供から見れば何か強そうでカッコいい色である。


 私を立派な守護者に鍛え上げたライスター辺境伯家は、厄災撃退後の興奮未だ冷めやらぬ民衆から絶大な人気があった。


「絶対に需要がありますから」とリュカに言われるがまま、私やグザヴィエ、そして実際に姉上を知る者たちの証言を元に、画家に描かせた姉上の絵姿は飛ぶように売れた。


 これは近隣諸国の騎士階級の者たちからも、「守護者の戦女神」の絵姿として、お守りのように購入されるというおまけまでついた。


 ダルメスの国庫は岩塩採掘坑の権利でも一部得たかと思うほど潤い、姉上を男女と言う者はいなくなり、「免罪符より売れましたでしょう?」と不届きな武装神官長は笑った。


 私がライスター領に預けられた経緯は、ほんの少しの修正を加えられ、広く民の知るところとなっていた。


 曰く、年若く虚弱体質だった(らしい)私が、厄災に立ち向かえる強さを身につける為には、勇猛で知られたライスターに一任するしかない――そう判断した前王・・の手で、私は密かにライスターに預けられ、彼の地にて鍛え上げられたそうである。


 何故「密かに」だったのかと言えば、当時としては画期的な試みで、周囲の反発は必至と思われたからだった。


 かくのごとく、もっともらしい別の色の布を広げて民の目から真実を覆い隠し、更には英断を下した賢王として記憶されることと引き換えに、前王は嫡男ともども病気療養の名目にて、終生離宮で幽閉されることを受け入れた。


 ダルメスを去って以来、彼には一度も会っていなかったが、リュカによると「めっきり老け込まれて、別人のようです」ということらしい。


 何か用があって、署名をもらいにいっても、疲れた様子で文面も見ずに署名するのだという。


「ご病気の為の薬を飲んでいただく必要もないほどです」


 治すのではなく、症状を出す為の薬だった。


 これは彼と彼の息子が朝晩服用を義務付けられていた。


 彼の息子は飲んだふりをして密かに溜め込んだその薬を、ある日、一気にあおるという行動に出た。


 致死量ではあったようだが、発見が早かった。


 彼に施された救命措置はあまり熱心なものではなかったが、その若さ故に彼は死にきれなかった。


 彼は一命を取り留め、今も離宮で生き永らえている。


 私の両親を死に追いやり、私を魔獣のエサにしようとした者たちの、これが末路だった。


 ダルメスに厄災のある以上、直系と傍系のシャッフルは、まれにではあるが起こり得ることで、月と聖剣の選択に抗いさえしなければ、前王一家としての尊厳と、十分な年金のある暮らしを送ることが出来たのだ。


 私なら断然そっちを選ぶが、ここは価値観の違いだろうか。お互いままならないことだった。


 王城の外では民衆が、「王妃様! 王妃様!」と漆黒の馬車に向かってちぎれんばかりに手を振っている。姉上のお姿を直接見ることは出来ずとも、あの「金髪のイルゼ」の娘にして、「麗しのクロティルダ」が乗っている馬車というだけで、民は大興奮のようだった。


 馬車の窓を覆っていた深紅のビロードが開き、中にいる人物が手を振る。


 沿道が更に沸いた。


 ――もう、姉上ったら……。


 領民と異様に距離が近いライスターの感覚で、沿道に気さくに手を振り返す姉上可愛い。


 皆の歓声に応えながら、姉上の馬車はじれったいほどの緩やかさで、ようやく城門を潜った。


「――ライスター辺境伯ご息女、クロティルダ姫ご到着!」


 待ちに待った声がかかり、整列した儀仗兵が姉上に剣を捧げる礼をとる。


 馬車の扉がゆっくりと開き、輝くばかりに美しい女装姿の姉上が降り立った。


「陛下、そろそろホールへ――陛下ッ」


 私は貼りついていた窓に足をかけ、勢いよく塔から飛び降りた。着地の勢いのまま地面を蹴って加速し、姉上の許へ一直線に駆けていく。姉上が少し驚いたように私を見た。


「――うぁねぅえェェ!」


 姉上にのしかかる勢いで抱きついた私を、姉上は優しく受け止めてくださった。


「ジュールズ、相変わらずさらさらだね」

「姉上……ッ。お変わりございませんか。長旅のお疲れは」

「大丈夫。ありがとう」


 そんなにヤワじゃないよ、と笑う姉上を一度解放し、私は姉上の唇の横にご褒美を押し当てた。


 ――姉上が私を信じて待っていることが出来たら、ご褒美を差し上げます。


 本当は「ちゃんと私を信じて待っていてくださいましたか? 結構、ではご褒美です」などと勿体をつけたかったのだが、私の方で待てなかった。


 唇を離した私は、姉上のお顔をしげしげと覗き込んだ。


 うん、姉上だ。間違いなく姉上ご本人が、私の目の前にいる。


 ちょっと小さくなられました? いや、違う。私の背が伸びたのか。


 姉上はほんのりと赤くなり、私から目を逸らした。


「あ、ええと、その、父上たちも日暮れ前には到着す……」

「楽しみです」


 どちらもよく承知していることを、もごもごと口ごもりながら急に言い出した姉上を遮り、私は「こちらへ」と手を引いた。


 姉上を堂々、エスコートしながら城に入り、姉上とともに皆からの礼を受けながら、愛する人を食堂にいざなう。


「姉上、もうひとつご褒美があるのです」


 私は少しはにかみながらサプライズを明かした。


「私の許に、本当に嫁いできてくれたご褒美です」


 気に入っていただけるだろうかとドキドキしていたが、そんな心配は杞憂だった。


 姉上は目を輝かせ、テーブルの上にそびえ立つ、生クリームの芸術を見つめている。


 私が姉上の為に用意させたのは、ダルメス王城を七百五十分の一スケールモデルで再現したケーキ三台だった。


 ひとつめは生クリームをたっぷり使って美しく装飾し、果物をあしらったもの。ふたつめは生クリームに食用色素を混ぜ、実際のダルメス城の色味と風合いを忠実に再現したもの。みっつめは生クリームの上を繊細な飴細工やドラジェで飾り、幻想的に仕上げたもの。


 姉上のお好みは圧倒的に①だろうが、万全を期したかったのだ。王城製菓部の者たちは皆、私の厳しい要求によく応えてくれた。彼らもまた、紛うかたなき私の騎士である。


 私は姉上を卓につかせ、姉上用に①を大きく切り分けた。


 姉上に皿を差し出し、斜め後ろから姉上の肩を抱く。


「さ、どうぞ姉上。召し上がってください」

「う、うん。ありがと……」

「――後で私にもご褒美をくださいね」


 ここに、と唇を指して念を押す。ここまで来て唇の横でお茶を濁されるなどあり得なかった。


 姉上は困ったように眉尻を下げ、「うん」と頷いた。


 ううッ、姉上……。


 震えて伏せられた睫毛。ゆらゆらと揺れる葡萄酒の色の瞳。首筋から胸元にいたるまで、姉上の真っ白な肌が赤く染まり、私は斜め上からそういうのを全部見る。


 その瞬間、もう駄目だった。


 姉上の肩を抱いていた手を頬に滑らせ、私の方を向かせる。葡萄酒の色の瞳がすぐ目の前で見開かれる。


 私は目を閉じる。


 姉上の手から、カトラリーがぽとりとテーブルクロスに落ちる音。


 大好物を前に、お預けとなってしまった姉上には少々お気の毒だったが、私は甘い甘いご褒美を心ゆくまで堪能した。




(完)

ジュールズ謹製のお城ケーキはこの後、姉上と王城スタッフ一同が皆で美味しくいただきました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ