8.だまし討ち
ソアは目の前に起きていることについて、ワケが分からなかった。
いろいろあって知り合った旅人のリチェが突然、テーブルに突っ伏して意識を失った。もう一人の旅人、レオは震える手をテーブルに置き、なんとか体を支えているようだが、いまにも倒れそうになっている。
「なにがどうなってるんだ?」
孤児院育ちで、いままでいろんなことがあった。ツラいことや苦しいことは特別、めずらしいことではないとわかっていてもモヤつく日々だった。
それでも、子供のソアに採石場の仕事を紹介してくれた街の代官ロポルト。そしてその紹介所である採石場のファール親分。口のきき方がなっていないと言われるソアを面白がり可愛いがってくれる大人に出会えたのはラッキーだと思っている。
ただ、採石場の仕事だけで孤児院にいる全員が生活していくには足らず、旅人相手に盗みをして小銭を稼いだりしていた。ロポルトとファールは気づいていたと思うが、ソアたちの生活を知っているからか、なにも言わず目をつぶってくれていた。
たまたま、その小銭稼ぎでリチェとレオの2人に運悪く捕まった。それなりに金があるが、貴族とは言えないズレた金持ちの変人ではあった。そのおかげで警備隊に突き出されずに、お駄賃もくれた。
ソアにとって、ロポルトやファールに続く、いい大人だった。
「おやっさん! なんでっ!?」
ソアの叫びと同じくらいに、ゴトンと音を立てレオの体がテーブルの上に倒れた。
戸惑いながらもリチェの体を揺らしていたソアの手を、おやっさんと呼ばれた店主が止めた。
年齢問わず馴染みの客から”おやっさん”と呼ばれ「お前らの親父になったつもりはない」と豪快に笑い合っていた面影はなく、ひどく苦しそうに眉を歪めている。
「ロポルト様とファールさんからの指示だ。仕方がないんだよ」
「指示……?」
たしかにロポルトとファールに「変な旅人に出会った」と話した。「良い出会いをしたね」とソアの話を楽しそうに聞いてくれていたし、街の代官をしているロポルトは時々、口癖のように「街を守るために悪い人は排除しないといけないんだ」と言っていたことを覚えている。
リチェとレオとは数日しか過ごしていないソアだが、2人が悪い人だとは思えなかった。
「このことについて、ロポルト様から説明してくださるそうだ」
「説明? いや、てか」
ソアの頭に、最悪な言葉が浮かんだ。でも、恐ろしくなって言えなかった。
「2人をどうするんだ? こ、目を覚ますよな……?」
ロポルトとファールが隠れてなにかをやっていることは薄々感じてはいた。でもそれは、ソアと同じく、やるしかない状況で、ロポルトの言葉通り”悪い人間を排除しているだけ”だと思っていた。
「大丈夫。話し合うだけだ。ただ、この旅人は魔法を使えるから対等な話し合いするために必要だと。魔力持ちは危険だからね、お考えがあってのことだよ」
店主はソアに笑いかける。
だが、ソアは気付いてしまった。それはソアを安心させるための笑顔であるということに。いや、分かってしまったのだ。
「この2人は悪い人間じゃない」
ソアが強く伝えたいことだった。
しかし、その声は独り言のように小さく、自分の情けなさに口を結び、視線を落とした。
「わかっている。だから、ソア。おとなしくしているんだよ」
店主はそんなソアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
そっと顔を上げたソアの視界に入ったのは、眉を下げ笑う店主。その表情がとても苦しげに見えたソアは、それ以上なにも言えなくなってしまった。
「……わかったよ」
ただただ、不安ばかり増えていく。
それでも今のソアにできることは、信じることだけだった。