6.
食堂にレストランのようなコース料理なんてものはない。
アラカルト。メニュー表から自由に料理を選んでいく方式だ。
「最初から肉って言うのもな。腹心地が悪いし、一応、最初は前菜っぽいものか?」
自由と言ってもメニュー数が多いわけではない。
どちらかと言うと酒場に近い、酒に合う料理が多いので、食事として注文できる範囲は限られてしまう。
レオはリチェにそれとなくメニューの方向性を確認する。
「そうだね。んーっと…人参とオレンジのサラダと、キノコとじゃがいものフリッタータをお願いできますか?」
「かしこまりました」
店主が軽くうなずき返したのを確認したリチェはメニュー表を置き、そわそわと落ち着きないソアに声をかけた。
「あとはソアの好きなもの注文して良いよ?」
「いっいいのか!?」
「うん。忖度ない、素直な食べたいって言うのが一番おいしくてオススメだと思うから」
「なんかわかんねぇけど、わかった!」
わかっているようでわかっていない、返事をしたソアはメニューを食い入るように見ている。
とにかく好きなものが食べられる、という気持ちが先行しているようにレオには見え、随分、甘やかしているな。と思った。
「んじゃ、肉煮込みのボリートミスト、チーズとほうれん草のラビオリ、キャベツのスープグラタン、カネーデルリ団子と…」
「おいおい。ちょっと待て」
しかし、メニューを決めたソアの口から次々と出てくる料理名に思わずストップをかけた。
気分よく頼んでいたソアは、レオの言葉に唇をとがらせた。
「なんだよ」
「いくらなんでもテーブルに置けないだろ。それに、そんなに頼んで食べ切れるのか?」
「えぇー? レオはケチくさいなー」
金がないわけでなく、きちんと正当な理由を述べているにもかかわらず「ケチくさい」と言われてたレオは、自分の中で、我慢の糸がプツプツと切れていくのを感じた。
「どぅどぅ。ソアは子供なんだから、ね?」
馬をなだめるようにレオの肩に手を置くリチェ。
「リチェ……」
そもそもお前が発端だ、と視線で訴えたところで、リチェは「どうかした?」と首を傾げてゆるりと笑うだけ。
そうなってくるといちいちを腹を立てる自分もバカらしくなってくるというか、リチェの言葉通り、子供の戯言ひとつに感情を揺さぶられるのも大人げないというものだと怒りが抜けていく。いや、渋々、抜くというのが正しいかもしれない。
「はぁ〜〜」
レオは腹の底から、大きなため息を吐き出した。
「あ、あの。それでご注文は…いかがいたしましょう?」
そのなんとも言えない空気の中、気まずそうに店主が声をかける。
「あぁ、すべてお願いします。お手数ですが、料理と料理の間をすこし空けていただけると助かります」
「えぇ。かしこまりました。それでは準備いたしますね」
リチェのお願いを快く返事をした店主は一礼して厨房へと下がっていった。
「それにしても、ソアとお店の人は仲がいいんだね」
「え?」
「開店時間も融通してくれるなんて、大人でも、とても仲が良くないとできないことだよ」
料理ができるまで、無音というのは妙に落ち着かない。
なにか話題を振らねばならないと考えていたレオが口を開く前に、リチェがソアと話しはじめた。
「そうか? 仲がイイっていうか、たまに余った食材をくれるんだ。すげー世話になってる」
少し気恥ずかしそうに頬を指先でかくソア。
「へー。ソアは孤児院の年長組として働きながら、そういう風に街の人とも交流を持っているんだ」
ソアが孤児院に属していることは、スケッチの合間に語っていたことだった。
リチェが感心したように呟くと、ソアは誇らしげに胸を張る。
「そうだ。ちび共に食わせてやりたいからな」
「大人向けばかりのメニューばかりだけど、ソアと顔馴染みなのも納得だよ。ご主人、いい人なんだね」
「おぅ。今日はいつも食いてなーって見てたやつ食べれるから、すんげー楽しみ!」
くったくのない子供の笑顔を見てしまえば、レオだって、いつまでもモヤモヤとしているわけにもいかない。
レオなりに大人らしく、ソアに言葉をかけた。
「そうか。残さず食えよ」
「だーかーらー。それじゃーちび共に持って帰れないじゃないか」
なにを言ってんだ、というソアの表情と言葉に、なるほど。とレオは気づいた。
「アホか。そういうのは最後に別途で頼めばいいんだ。理由があれば、リチェが文句が言うわけないだろう」
ソアはリチェの『食べきれなかったら持ち帰ってもいい』という言葉通りの意味で受け取り、考えていたようだ。
もちろん、一部はその通りではあるけれど、残す前提で注文するのも違う。屋敷内で…となれば、そのルールは適応されるし、持ち運びは容易ではある。
しかし、離れた場所に持ち帰るとなれば、難がある。だから、シェフ。今回の場合だと店主にお願いして、持ち運びに適した料理やアレンジをしてもらえばいい。
「もちろん、レオも文句言わないよー。口が悪いだけだから」
楽しげに2人の様子を見ていたリチェはいらぬ情報を追加する。
「をい」
「レオはこれでも真面目な男なんだよ。わかってあげて、ソア」
わざわざ、自分の内面的な部分を他人、それも子供に説明されるのはある種の拷問に近い。そのあたり、リチェはわかっていて行動にしていることをわかっているので、なお、性質が悪い。
かと言って、レオには対抗手段とも言える得策が思い浮かばなかった。何も言わずにいれば肯定となってしまうのはなんとも居心地が悪い。だが、違うと否定するには真面目と評されてしまう自分を曲げられない。
レオは、くっと言葉なき音を漏らした。
「わかった。お前、いい奴なんだな!」
そんなレオの苦悶などお構いなしにソアはからりと笑った。
大人に対して、憎たらしい口の利き方をするソアは変なところで純朴で素直なところがある。
だからこそ、盗みなどにも手を出しているのだろうが、時折見せられる子供らしい姿はレオにはとても眩しいものに感じた。
「……黙ってろ」
「これは照れ隠しだよ」
「いちいち説明するな」
これ以上、表情をつくろうことが困難だと判断したレオは、テーブルに肘をつき顔を背けた。テーブルマナーなんぞクソくらえだと、なかばヤケクソである。
リチェはそんなレオを楽しげに目を細め、ソアもまた「わかった!」とまっすぐな返事をした。
「すみません。お待たせしました。人参とオレンジのサラダと、キノコとじゃがいものフリッタータです。あとは順に調理しておりますので、しばしお待ちください」
レオの機嫌が悪いのは、料理が遅れたせいだと感じたのか、店主は謝罪をしながら料理をテーブルの上に置いた。
大皿が2つ。それぞれの料理が盛り付けられている。フリッタータは切り込みが入っていて取りやすくなっていた。取り分け用の小皿もすぐに、フォークとともにテーブルの上に置かれた。
「丁寧にありがとう」
「い、いいえ」
「ちなみに、この人は怒ってませんよ。元からこういう顔なので、気にしないであげてください」
この人、とリチェが指差したのは当然、レオである。
「お前が言うのか」
ますます顔を歪めたレオ。
店主の視線は、レオをリチェの間を彷徨ったあと、ごくりと唾を飲み込んだ。
「は、はぁ……」
それから、なんとも返事とは言い難い抜けた音を返したのだった。
〜読まなくても問題ない豆知識な情報〜
フリッタータ……キッシュに似た卵料理
ボリートミスト……肉や野菜などいろいろ煮込んだ料理
ラビオリ……食材をパスタ生地で挟み、四角形に切り分けた料理
カネーデルリ……パンと卵を混ぜて団子状にして茹でた料理
※料理情報追記しました