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2.



「ぐぎぎ……開かない」


 少年はさきほど旅人からくすねてきた財布口に指をかけたが、うんともすんとも言わない。見た目はシンプルな作りだ。特別なにか手順があるとは思えない。

 じぃっと財布を観察して数秒、そこで少年は気づいた。


「ぺちゃんこだ」


 上下に振って財布の近くに耳を近づけてみるが、まったく音らしい音もしない。


「くそっ、ニセものかよ」


 いいカモを見つけたと思ったのに、アテが外れた。

 少年はイライラとした様子で財布をもつ腕を振り上げた。


 


ーーー時を遡って、10数分前。





「すごい、くねくねとよく動いてる。路地裏をうまく活用しているね」


 ちゅうをぼんやりと見上げたリチェは、感嘆の声をあげた。

 財布や身分証、どんな貴重品であってもボトボトと落とし忘れてくるリチェ。レオが再三さいさん注意したこともあり、リチェの私物には紛失対策として魔法タグが付いている。落としたり、置き忘れしても、魔法タグから出る魔力の糸を辿れば、見つけることができる。

 リチェの言葉は、しっかりとその糸を捉えていること示している。


「感心している場合か」

「せっかちな男はモテないよ?」

「リチェ」


 レオが低い声を出すと、リチェはクスクスと音を立てて笑った。


「さぁてと、追いかけよっか」


 とんっと地面を蹴ったリチェの体はふわりと浮き上がり、またたに建物の屋根上へと足を着けた。

 レオも続いてリチェの後を追う。足先に魔力を集中して地面を強く蹴って、体を浮かしてリチェと並ぶ。


「っと。はぁ」


 レオにとっては面倒な追跡方法にはなるが、この街の地理的にもっとも適しているので仕方がないと諦めがついた。だがレオには、そのことより気にかけなればいけないことがあった。


「あまり目立つなよ」

「お日様ひさまが出ているのに、無茶むちゃ言うなー」


 リチェは眉を下げてヘラリと笑い、再びとんとんっと軽い音を立てて、屋根と屋根の間を飛び跳ねて移動する。まるで草原でスキップでもしているように楽しげだ。

 レオのくちからは深く重い空気が出た。

 リチェに言われなくても、無茶は承知の上である。しかし、目の前にいる男は、大義名分、正当な理由ができたとなれば、ここぞとばかりに伸び伸びと遊ぶことを知っている。

 だから、注意せずにはいられないのだ。


「あぁ、見ぃつけた」


 レオはリチェの跳ねる声に導かれるように視線を動かす。

 捜索しはじめて数分と経たずしてあれやこれやと財布と格闘している少年を、レオも視界にとらえた。


 少年は慣れている。

 この入り組んだ街並みをうまく利用すれば、子供でも大人を巻くことは簡単。直線を走る方が速度が出るが、目印になる姿は視界に残ってしまう。

 だから体力や筋力が劣る子供は、細かく曲がった方が逃げ切る確率が上がる。

 しかし、それは地上での話で、上空しかも魔法タグも付いていたら、それらはすべて無意味なものになる。

 いままで少年が捕まらなかったのは幸運だっただけ。

 その幸運は今日で終わる。


「くそっ、ニセものかよ」


 少年が財布を持つ腕を振り上げた。

 着地点を定めたレオは降り立つと同時に、その腕が振り下ろされる前に掴み、少年の動きを封じた。


「え」


 少年は自分の腕を掴むレオの姿を見て、ビシリと固まった。


「フェイクではあるんだけど、中身はちゃんと入ってるんだよー?」


 レオと同じく、音なく降り立ったリチェは固まった少年の腕から「返してもらうよ」と声をかけて、ぽとりと手から財布を落とさせる。

 左右に立つレオとリチェに、忙しなく顔を振った少年はワナワナと口を震わす。


「おっお前ら、いつの間に!? どうやって追いついたんだ!?」


 それでも大人2人に悪態をつくことができる少年の肝は座っていると言えるだろう。


「んふっ。どうしようかなー」

「なっなんだよっ」


 そしてリチェの興味も引いたようだった。


「僕の質問に答えてくれたら教えてあげるー」

「はぁー!?」


 ワケがわからないとでも言うように声をあげた少年と、リチェは視線を合わせるように腰を落とした。

 少年はリチェの言葉に、野良猫のように毛を逆立て威嚇するように睨み付けてくる。

 そんなことをしたところで、レオとリチェの気が波立つことはない。


「うん、それで。なんで君は僕の財布を狙ったの?」


 リチェはニコニコと笑みを浮かべたまま、質問をくちにする。


「どう見てもレオ、こっちの男の方がお金持ってって思うでしょ?」


 リチェが「こっち」とレオを指差して、少年に問う。

 普段であれば、無駄話などせず本題に入っているところだが、レオも引っかかりを感じていた部分だった。レオは静かに口を閉ざした。


「はぁ? なんだそれ。お前、そんな格好なりしてるけど、お前が主人だろ?」


 なにを当たり前のことを、と言わんばかりの呆れ顔になった少年。


「だから金を持ってんのはお前。それに、ちんたら歩いててりやすそうだったし、盗れたし、なんだよ。くそっ」 


 レオに掴まれていない方の手で、リチェを指差す少年。

 最後はぶつぶつと愚痴めいた悪態を吐いている。


「へぇー。キミ、面白いね」


 結果、どうやら少年はリチェの興味を強く引いてしまったようだ。

 ふふっと息を漏らしたリチェに「な、なにがだよ」とわずかに身体を引いた少年。

 野生の勘が強いのだろうが、観察力もある。

 少年は、商人の判断力さえ鈍らせてしまうリチェの偽装におのれの感覚だけで気づいた。


「さて、自分がどういう状況なのか忘れている()()()()()のキミ」


 ただ彼は迂闊うかつだったのだ。


「あっ」

「こっわーい、お兄さん達が世の中の厳しさを教えてあげる」


 冷や汗を流す少年を笑顔で追い詰めるリチェをレオは、またはじまったと天を仰いだ。


●魔法タグ

某□ir□agのような機能ではありますが、

魔力による目印なので魔力がないと使えませんし、見えません。


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