12.
レオは街の警備隊員に案内されながらリチェが「先触れするなら」と頼んだ伝言の内容を頭の中で反復していた。リチェの言葉が相手にどのような影響を及ぼしているのかなんて容易に予想がつき、ため息をこぼさずにはいられない。
「レオ。そんなにため息ばっかりついていると幸せが逃げちゃうよ」
「そう思うなら、もう少しいまの自分の立場を考えろ」
リチェはレオの言葉にぱちくりと瞳を瞬かせた。
「えぇー? ちゃんと考えて先に謝っておいたでしょ? まさか王様が魔力消費量が多い瞬間転移魔具まで使ってくれるなんて思わないじゃん」
「それはそうだが…」
「でもサクッと説明して終わらせてしまえば、あとは執政官さんにお任せして旅に出れるのは助かったよねー」
レオはリチェの言葉にまさか…と変な考えが頭の中によぎった。
騒動を起こした張本人であるにも関わらず、面倒だから早く街を出たいと口にしていたリチェ。その面倒なことを最小限にするために、あえて”無礼者”を装った行動しているのではないかと。
リチェならやりかねない。
そんな答えが出てしまったレオは再びため息をこぼした。
周りは国に一番近くに仕える執政官が来ているということで緊張感が走っているというのに、リチェはいつもと変らないゆるい笑顔で楽しげに足を進めている。
どちらにせよ、リチェのすべてを理解できないのだから、あれこれ考えても意味がないとわかっている。わかっていても考えずにはいられない。
自分でも損な性分だと、レオはしみじみ思うのであった。
しかし警備隊員しかり役人たちがリチェだけでなく、レオ自身のことも、この世のものではないような目で見ていたことに気づくことはなかった。
ただの護衛が執政官の元に向かう途中、大きなため息をつくことも十分に異様な光景であることをリチェのことばかり気にしていたレオの意識からすっかり抜け落ちていた。
「執政官どの、連れてまいりました」
「入れ」
「はいっ」
やけに怯えている警備隊員が開けた扉の先にいた執政官はつり目の年若い青年で、レオは見たことがなかった。
警備隊員はリチェとレオが入ったのを確認すると「それでは失礼します」と、早々に部屋から出ていってしまった。
レオはリチェの護衛をしているので、警備隊員は目の前にいる執政官の護衛をしなくていいのかと思わないわけではない。ただ執政官になるには頭脳だけでなく、強さも求められているため護衛入らずであることをすぐ思い出しておとなしくすることにした。
「私はクローニ。あなた方がロボルト代官と、採掘場の責任者ファールを捕らえた人物ということでよろしかったでしょうか?」
レオはクローニが心なしか、口のはしがピクピクと動いていることに気づいた。語りは丁寧ではあるが、隠しきれぬ黒い靄のようなものが見える。やはりリチェの言葉に引っ掛かりを感じているのだろう。
数奇な運命とも言えるが、レオはリチェと関わりをもってしまったクローニをすこしだけ不憫に思った。
「そうです! 僕の隣にいるレオがやっつけてくれました! 僕は不正を暴いていません。ちょっとだけ手伝っただけなんですー」
ゆるりと笑うリチェはクローニの黒くくすんだ感情に気づいているのか気づいていないのかわからない。とにかくレオにすべてを押し付けようとしていることは理解できた。
「レオ? あなたが2人を捕らえたのですか?」
クローニはいぶかしげにレオを見て器用に片眉を上げた。
「えぇ…まぁそうですね」
大きなくくりで考えれば合っているので、レオは一応、主人の希望を応えることにした。
「証言とすこし違うようだが…目撃者も混乱していたのだろう」
「そうそう、きっとそうですよ」
レオにとって慣れ親しんだ緊張感がないリチェの返事に、クローニは眉をひそめた。そして、いくらなんでも礼儀がなっていない。とクローニは耐え切れず、レオに苦言を呈した。
「レオと言ったか、あなたは主人として自分の従者にもう少し言葉遣いや礼儀を教えるべきだ」
「いえ、俺が従者です。主に護衛ですが。なので主人ではありません」
「そうか・・・なんだと?」
クローニは冷静にと、なんとか体面を保ってきていたつもりだった。
しかし、一見してどこかの王族とも感じさせるレオの美貌と態度に主人であろうと疑わなかった。
「な、な、な…」
言葉を失うクローニを横目に、リチェはレオに向かって「もー」と不満げな声をぶつけた。
「ちゃんと話し合わせてほしかったんだけど」
「合わせるもなにも、俺には貴族流の会話なんてできない」
「わかってるけどさー」
「待て! では貴様は何者なんだ!」
ここまでくるとクローニも、リチェとレオがさすがに只者ではないと感じはじめていた。
警戒心丸出しになっているクローニにリチェはへらっと笑い返した。ますますクローニの警戒心が上がったことはレオのため息が出ることもよりも明かな事実だった。
「僕はこういう者です。どこにでもいる放浪画家です」
「そんな戯言を私が信じるとでも思っているのか」
「まぁまぁ、落ち着いてください。僕が最近スケッチしたものを見せますから…」
そう言ってリチェはいそいそとポシェットに手を入れる。
レオ以外の人間に絵を見てもらうのは久しぶりだったので、リチェは忘れていた。自分が最近スケッチしたものを。
「これは…子供…もしや、お前たち…」
クローニはぐらりと地面が揺れたような目眩を感じた。
ただでさえ、街を混乱させずに早急に対応しなければいけないと言うのに、その犯罪者たちを捕まえた人間もまた、犯罪者であったなんて、さらに事態をややこしくする。
「あちゃー忘れてた。最近の絵ってソアだった」
「き、貴様…きちんと説明してもらうぞ」
とにかく目の前の人物たちを捕まえねば。
クローニは手に魔力を込める。
「ちょ、ちょっと落ち着いてって! 誤解だってば」
リチェには珍しくあわてた様子でほらほらと両手を上げ、降参の姿勢をとった時だった。
ガシャンと何かが落ちた。
「あ」
スケッチを出した時に中途半端に掛けていたポシェットが傾き、そこからリチェの財布から持ち運び用のスケッチ道具まで見事に床一面に落とした。
「ったく、なにやってんだ」
「ごめーん! レオ、わざとじゃないんだよ?」
散らばったものの中にはキラキラと光る石もあった。
まるで子供がおもちゃ箱をひっくり返したようだと、クローニは気がそがれてしまった。
「はぁー」
こんなことで心が乱されてしまうなど。深夜からずっと気を張っていて自分は疲れていたのかもしれない。
そうクローニは自省した時だった。
つま先にコツリとなにか当たった。目線を動かすと丸いバッチのようなものだった。
すぐにクローニは誰の物か予想がつく。クローニの存在を忘れたかのようにあれこれと散らばった荷物を集めている放浪画家と名乗る平凡な男の物だろうと。
「おい、貴様ーー」
そう声をかけながら、足元にあるバッチを拾ったクローニは気を失いそうになった。
「あ、拾ってくれたんですね。ありがとうございます」
そう言えば、この平凡な男は名乗っていない。
「無くすなって、よく怒られるんですよー」
伸ばされた手がとったバッチに描かれた紋章。
クローニは見覚えがあった。
「これ、は…」
「気づいちゃいました?」
言葉を詰まらせ固まるクローニに気づいたリチェはいたずらが見つかった子供のように笑った。
「あな、貴方は…監察官、リチャード・ダブスキー…?」




