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10.


「なぜ起きているんだ」

「おい、俺たちを裏切ったのかっ!」

「そっそんなハズはっ」

「・・・」


 眉をひそめる者、叱責しっせきする者、狼狽ろうばいする者、言葉を失う者。

 張り詰めた場にそぐわないリチェの優美な一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに全員が釘付けだった。


「あ、ファールさんでしたっけ。貴方がつくったクスリ?は、ちゃんと食べましたよ。僕()()は少々、毒、いや貴方たちが言うクスリには耐性があるんです」


 それぞれに驚いている反応をひと通り楽しんだリチェは、言葉を区切り視線を流す。そして、ゆるやかにくちを開く。


「ねぇ、レオ?」


 ズダンと重い音が店内に響いた。


「あぁ、そうだな」

「かはっ……」


 リチェの呼びかけにこたえたレオは、淡々(たんたん)とした表情でファールを床に押し倒していた。うめき声を上げたファールの意識はもうすでに切れている。

 気がつけば終わっていた。一瞬の出来事。

 それに至るまでの、レオの一連いちれんの動きを視界にとらえていた者はいない。

 いち早く、驚きから戻ったのはロポルト。平静な表情をしながらも、リチェに底冷えた視線を送った。


「だましちなんてひどいですね」

「それはお互いさまじゃないですかー」


 ロポルトとリチェ。お互いにニコリと微笑みながら言葉を交わす。


「だって、眠りクスリだーなんて、ソアに説明してましたけど。しびれや脱力感がバッチリある、筋肉弛緩剤しかんざいも入っているんじゃないですか?」

「なるほど。ファールのクスリを食べているのは間違いないようですね。いつから意識が?」

「んふっ、いつからでしょうね? まぁ、ですから、彼らを責めないであげてください。すべては貴方たちの計画が稚拙ちせつだっただけで」

「はい?」


 ロポルトは笑みを浮かべているが、ピシリと空気に亀裂が入った。

 多くの人間であればくちを閉ざすだろう場面であるが、リチェが気に留めることはない。


「一般人を巻き込むなんて、ひどい計画だ。店の主人は何度かやっているのでしょう、慣れていました。ですが、根は貴方のように腐っていない。僕たちが店に入った時から、彼は緊張していた。手を何度も手をすり合わせていました。クセと言うには不自然でしたし」


 リチェは人差し指をたて、ひとつひとつ違和感を覚えた点を上げる。


「自分をしたう少年の知り合いが来るだけだと言うのに、声まで緊張しているなんて、変でしょ? まぁ、うちの護衛は鈍感なので、気づいてなかったかもしれませんけど」


 相手だけでなく、仲間であるはずのレオの悪かった部分まで指摘するところはリチェらしいとう言うべきか。どんな時でもたのしむことを忘れないのは、その染みついた性質ゆえか。

 それらをレオに判断することはできないが、あえてあおっているとしか思えないリチェの言動に頭が痛くなってきたのは確かだった。


「そもそも、貴方は魔力持ちに対しての知識も時代遅れみたいですしね」


 レオの症状こころなんぞお構い無しに、リチェがそうくちにした瞬間、火の玉がリチェの頬をかすめた。


「リチェ!」

「やっぱり、貴方も魔力持ちでしたか。しかし、魔力に対する知識のとぼしさからするに、国の教育を受けていないですね」


 ジュッと壁が焦げる匂いが漂う中、リチェの表情は変わらない。

 ロポルトとの会話を続けながらレオに手のひらを見せ、今にも飛び出そうとするレオの動きを制止する。


「貴方の説明からすると、街の人のためにいろいろ、国への申告していなかったようですけど。本心なのでしょうか。先ほどからレオに押さえ込まれて気を失っているお友達に対して気遣う様子がまったくない」

「彼は頑丈がんじょうですから、私の心配なんて必要ないんです」


 ちらりとフォールの様子を見たロポルトは笑みを浮かべる。


「頑丈。そうかもしれませんが、貴方は自分のためにしか動いていない。街のためではなく、自分のためにしかべるつもりなかったんでしょう? 最初から」

「面白いですね。私を分析しているつもりですか? それとも動揺させようとしていますか? いやですね、地位や金に恵まれると、自分が周りより高いくらいにいると勘違いする」


 左手をひたいに当てちゅうあおいだロポルトは、リチェを見下ろす。

 指の隙間から見えるロポルトの瞳の奥に禍々(まがまが)しい炎が燃えさかっている。 

 

「いいえ。僕は目の前に見える事実を言っているだけです。勘違いしているのは、貴方では? ロポルトさん」


 ロポルトをかこむように、ポツポツといくつもの火の玉が浮かび上がっている。


「なら、どちらがしたがうべきか、魔力ちから比べといきましょうか」

「あれぇ。あなたは案外、そこに転がっているファールさんより血の気が多いようですね。潜在する魔力も大きいからでしょうかね」


 楽しげに言葉をつなげるリチェに、苛立ったようにロポルトはいびつな笑みをつくる。


誤魔化ごまかしているつもりですか?」


 突如とつじょ、ロポルトを囲むようにに浮かんでいた火球の勢いが増す。


「いまさら、遅いんだよっ!!」


 怒りをあらわにしたロポルトは手を横へ振り払った。

 火球はゴォッと音を立てながらリチェに向かい飛んでいく。

 リチェは目前にせまる火球に驚くことなく、ゆったりとした動きで右手を上げる。


「僕はそれだけに、貴方とこのような出会いになってしまったことを残念に思います」


 リチェがパチンと指を鳴らすと、すべての火球が消えた。あたかも最初からなにもかったかのように。


「消えた…なにをした?」


 呆然ぼうぜんとするロポルトにリチェは唇でを描く。


「単純なことです。ただ酸素を、すべての火球を真空にしただけですよ」

「なっ!?」

「そして、おやすみなさい」


 リチェがそう呟くと、ロポルトは糸が切れた人形のように床に崩れ落ちた。

 椅子から立ち上がったリチェは倒れたロポルトに近づき、意識を失ったことをしっかり確認する。


「レオ」


 リチェはくるりと振り返り、レオを見る。


「このまま街を出発したら怒られると思う?」


 こてりと首を傾げるその姿は、普段のリチェと変わらない。

 画を描くことが好きな、ただの青年。


「アホか。怒られるどころじゃ済まない。街を取り仕切っていたやつが2人いなくなるんだぞ。事後処理、状況説明もなしに出れるわけないだろうが」

「あちゃー」

「分かっていると思うが、画は当分、描けなくだろうから覚悟しとけよ」


 しかし、見た目や雰囲気なぞ、一部の情報に過ぎない。

 リチェがいとも簡単にやってのけた魔法。飛び交う無数の火球、それぞれに対して的確に真空状態にすることを指先ひとつで操れる者が何人いるか……。ただ、決して多くないことをレオは知っている。


「えー。思ったより大事おおごとになっちゃったなぁ」


 ほほきながら、へらりと笑うリチェ。

 愛嬌がある笑みだと、人によっては言うかもしれないが現在の状況ではレオにとって、疲れが増すものにしか見えない。


「そうだな! はぁ〜〜」


 語気が強まりながらもレオのあふれ出すため息が止まらない。


「がんばってね、レオ」

「お前もだ!」


 どこまでリチェが予想していたのか分からないが、とにかく今は、休息が欲しい。

 これから来るであろう、数日後みらいを浮かべたレオは、再び、深いため息を吐いた。

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