9.
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店主は、ソアを落ち着かせると一度、厨房に戻った。
コトコトと音を立てるスープ鍋の火を止めると張りつめた糸が切れるように足の力が抜け、その場に膝をついた。
「あんな子供まで……。いや、とにかく、ロポルト様とファールさんに言われた通りにしなくては。合図は届いているはず」
後戻りはもうできない。
顔を手で覆いながら、自分に言い聞かせるように言葉を吐く。
さっきまで子供の前ということも気を張っていた。それはソアを気遣ったのもあるが、自分自身のためでもあった。ソアに言われなくても2人が”悪人”だとは思ってはいなかった。
だが、やるしかなかった。
ロポルトとファールからの頼まれごとは初めてではない。だから、知っている。この後に起きることを。
いつもなら、旅人だけが食事をする。
しかし、今回の旅人たちは「一緒に食事をしよう」とソアを誘っていた。どうにかして、ソアに気づかれずに進めたかった。でもそれはロポルトにとって都合がよかったらしい。「そろそろ、いい頃合いだろう」という言葉で、ソアを巻き込んで実行することになった。
「おやっさん?」
店内から呼ぶソアの声にハッとする。
「いま片付け終わるよ」
力が入らない足を叱咤し、ひとり不安であろうソアの元へ戻った。
ソアは心配そうに旅人たちの様子を見ている。胸が締め付けられた。
「大丈夫だよ」
「うん……」
これが夢だったら、と何度も繰り返した。
それから、どれくらい経ったのだろうか。
ちりりんとドアベルが鳴った。
「やあ、待たせたね」
「俺様が作ったクスリ。よく効いているみたいじゃないか」
店内に入ってきたロポルとファールは、テーブルの上に人が倒れ込んでいるという異質な空間にも関わらず、店主とソアに笑いかけた。
「い、いえ」
店主はなんとか返事をしたものの、ソアは”クスリ”という言葉にピクリと体を揺らすのみで言葉を発することはなかった。
「さて、ソア。お前に話したいことがある」
入り口近くにあった椅子を引き寄せ座ったロポルトはそう切り出した。
街の代官でありながら老若男女、貧しいものにも分け隔てなく優しいと評判の男。そして、採石場を一手に取り仕切っている大男のファールは読み書きができ、代官とも対等に弁を交わしていることから力仕事ばかりの男たちから羨望の眼差しを受けていた。
だが、それは表向きの話しであることを店主は知っている。
「ロポルト! この2人は悪いやつじゃないよ! どうして!?」
「ソア、突然のことで驚いて混乱しただろう。まず、悪い人について話そうか。ソアの考える”悪い人”と、私が考える”悪い人”がちょっと違うんだよ」
ソアはロポルトの言葉にさらに戸惑っていた。
「この街は特産物がなくて、あまり豊かではないだろう。でも、生活するためにはお金が必要だ。そうだよね、ソア?」
「……うん」
身に覚えがあるソアは、気まずそうに返事をした。
そのことに気を良くしたらしいロポルトは言葉を続ける。
「鉱彩石は大量に採れるが、変わり者の芸術家にしか売れないクズ石なんだよ。芸術家のほとんどは金がない奴らばかりで、金をもった芸術家はほんの一握り。それじゃあ、全然足らない。だから街を守るために、私は金を作り出すことにしたんだよ」
「おいおい。ソアたちが一生懸命掘っているんだぞ。クズ石とかヒドい言いようじゃないか」
ヒドい、と言いながらニヤニヤと面白がっているファール。
ロポルトは「あぁ悪いね」と口にしたが、まったく悪びれる様子はなく笑いながら足を優雅に組んだ。
「それでね。採石場で時々、色が濃い鉱彩石が出ていただろ? それは宝石になる原石と言われるもので高く売れるんだ」
「え?」
ロポルトの最初の説明と合わないことに気づいたソアは声を漏らした。
そんなソアの反応に、ロポルトはふふっと息をこぼす。
「高く売れるなら、それで。と思うだろ? でも、宝石の発掘ができる場所は国に申請し、管理されなければならないんだ。国に管理されてしまうと、お前のような子供や老人を雇うことはできなくなるんだ。そうなると、街の人たちは生活ができなくなってしまうだろう? 作物だって育ちにくい土地だ。お前のように親を知らない子供が増えるだろうな」
「それはダメだ! 困るよ!」
「うん。ソアなら分かってくれるって思っていたよ。私たちが言う”悪い人”と言うのは、”街にとって都合が悪い人”なんだ」
にっこりと微笑んだロポルト。
「だから、彼らと話し合う必要があるんだ。すこし乱暴な方法だとは思うけど、彼らは魔法が使えるそうじゃないか。この街の状況を知らない彼らは、ソアのように理解してくれないこともあるかもしれないし、もしかしたら攻撃してくるかもしれないだろう。だから止むを得ない方法だったんだ」
「そっか…でも、2人は話せば分かるやつだから。その、ヒドイことしないよな?」
不安げに問うソアに、ロポルトは両手を広げた。
「勿論だとも。あくまで友好的な話し合いをするつもりだよ」
「くっ。友好的ねぇ。まぁ、話し合いがうまくいけばな」
笑いを堪えるように喉を鳴らし肩を震わすファールに、ロポルトは鋭い声を出す。
「ファール」
「すぐ分かることだし、最初っから説明しといた方が後々ラクだろ」
「そのつもりだ。物事には順序と言うものがあるんだよ」
苛立ちを見せたロポルトはふぅとひと息つくと、ソアに向き直す。
「落ち着いて話すためにファールが作った眠りクスリを料理に混ぜてもらった。あくまで非力な私たちと、魔力持ちの旅人と落ち着いて話し合うために必要だっただけ」
「でも、もし……」
「もし彼らが分かってくれなかったら、強行手段を取らせてもらうよ」
「えっ」
さっと青ざめたソアがなにを想像したかを察したロポルトは説明を加える。
「殺すとかそんな野蛮なことはしないよ? 面倒だしね。ちょっとだけハズカシイ思いをしてもらうだけ」
「ククッ。そうだな。ちょっとハズカシイことをしてもらって、言うことを聞いてもらうんだ」
ロポルトの言葉に、ファールはニタニタと笑っている。
ソアにはその笑ってしまうほどの”ハズカシイ”ことが想像つかず、首を傾げた。
「ハズカシイこと?」
「それには力が必要なんだ。ソアがもうちょっと大きくなったら協力してもらえたらすごく助かるな」
「協力、分かった」
「よかった。これからも私たちは良い関係でいようね」
時々、ファールの発言に眉を潜めていたロポルトではあったが、最後まで笑みを絶やすことはなかった。
「うん」
ぎこちなくも返事をしたソアに優しく頷き返したロポルトは、フォールに声をかける。
「さて、彼らが起きる前に、椅子に縛りつけよう」
「へいへい」
ファールは面倒くさそうにガシガシと頭を掻くと、持参した麻袋からロープを取り出した。
「魔力封じの首輪をつけるのを忘れるな」
「やれやれ。代官様は口ばかりだな」
「私は頭を使うのが仕事だからね。適材適所さ」
あれこれと指示出しばかりするロポルトにファールは不満を漏らしながら従っている。対等のように見える2人にも微妙な力関係が生じている。
どこもかしこも歪だと思いつつも、抗うことも逃げ出すこともできない。
店主は、自分の無力さを痛感していた。
「適材適所。その考え、嫌いじゃないなー」
抑揚の少ない、ふわりとした声が淀んだ店内に差し込まれた。
その場にいた全員が驚き、声のする方へ視線を動かす。
「だけど、仲良くはなれそうにないや」
テーブルについた手に軽く顎をのせたリチェが、こてりと首を傾げ、笑いかけていた。
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