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 ある男が険しい顔をして、人が多く行き交う市場を大股で突き進んでいる。

 すれ違う人々は男の顔を見るなり、ハッと一瞬にして目を奪われる。

 それほどまでに顔立ちが整っている男は、黄金こがね色の髪をなびかせ、コバルトブルーの瞳を覗かせる。その美しい組み合わせは、男の荒々しい動きを優雅さへと変換させている。身なりは旅装りょそうではあるものの小綺麗で貴族のお忍びのようだ。いや、顔立ちと身なりからして貴族に違いない。

 普段であれば、市場で店を開く商人たちは我先にと、貴族である男に声をかけてたくましく商売していただろう。

 だが、誰ひとり声をかけられることなく、男は市場を抜けた。

 経験を積んだ商人たちは、おのれの勘で察していた。触らぬ神にたたりなし、だとーーー



 *



「おばさん、これはとても珍しい鉱彩石(こうさいせき)だね」


 リチェはこぶしだいの鉱彩石を持ち上げ、店内の照明の灯りにかした。キラキラと輝く鉱彩石に負けないぐらいリチェの瞳は好奇心で輝いている。


「お目が高いね! それはこの地域でしか採掘できないんだよ」

「そうなんだ〜。へー。あーいいなぁ、はーほしいなぁ」


 うわ言のように繰り返すリチェに、少々、気味の悪さを感じつつも、これぐらいで顔色を変えるほど半端な商売はしていない。


「お前さんに売ってやりたいが、それは画家見習いがおいそれと買える代物しろものじやないんだよ」


 店主はあぁ、残念だと言わんばかりに、申し訳なさそうな表情をつくる。


「あー……どれくらいあれば買えるかな?」


 店主の言葉を聞いたリチェは店内を見渡してから困った表情を浮かべた。

 まるで、お小遣いを握りしめた子供が足らないと言われたようだと店主は思い、良心が少々傷んだ。

 悪いことはしていない、 むしろ、正論であり事実を言っている。

 それでも、こうも良心を揺さぶられてしまうのは、リチェの見た目が青年というには頼りない体格で、身なりは良いとは言えない、正確に言えば小汚い。総計すると、いかにも苦労しているであろうことを察することが出来てしまうからだろう。

 もし、見目がもう少し整っていれば資金援助をしてくれる貴族のお抱えの画家にもなれただろうが……残念ながら平凡な顔立ちの上、この国でよく見かける茶髪茶目だ。美しく珍しいものを好む貴族の目に留まることは困難である。

 ただ、画材屋が客が見習いだからと言って商売せずに追い返すようなバカな真似はしない。画家というものはいつ何時なんどき売れるか予測がつかない世界であるからだ。

 そのもしかしてのためにも、好印象は残しておくべきである。


「10万ゼニーだよ」


 値段というのは分かりやすい目標になる。

 そういった意味も含めて店主が教えてやると、リチェの瞳はバチリと大きく瞬いた。


「たしかに手持ちじゃ足らない……どうしよう」


 リチェのつぶやきに店主は予想通りだと思った。

 しかし、どんな事情があろうとも、商売は慈善事業ではない。おいそれと安く売るつもりはない。

 だが、よほど鉱彩石を気に入ったらしいリチェはその場から離れず、鉱彩石を眺め考えるようにアゴに手をあてる。

 芸術家というものは変わり者が多いが、見習いであっても本質は変わらないのだと店主は心の中でため息をつく。


「そう簡単になくなるものじゃないから、お金をためてまた来店しておくれ」


 店主が優しく語りかけると、リチェは「えっ?」と不思議そうな声を上げた。

 店主もリチェの奇妙な反応におや?と思った瞬間。


「ひとりでウロウロするな!」


 男の怒声が店内に響いた。

 しかも勢いよく開いたドアが軋む音と激しく鳴るドアベルも同時だった。


「あんた…」


 粗暴な客が来たと目くじらを立てた店主は、一瞬にして口を閉ざした。

 出入り口に立つ男が、あまりにも自分好みのイイ男だったからだ。黄金色の髪に、目を引くコバルトブルーの瞳。顔立ちはもちろん、身なりもいい。貴族だ。貴族なら粗暴な態度も納得できる。


「ごほん。お客様、なにか御用ですか?」


 店主は軽く咳払いをすると人良い笑顔に切り替えた。

 しかし、男の見目に心を掴まれた店主はすっかり忘れていた。目の前に立つ頼りない青年に向けて、男が声を発していたことを。


「レオ! ちょうど良かった! ねぇ見てよ! この鉱彩石! 2つの色味が混ざり合っているんだ! どんな色合いになるのかな。この素材を使うならどんな題材がいいと思う? 想像するだけでワクワクするよね」

「はぁ〜遅かったか」


 バケツをひっくり返したように喋るリチェに、レオと呼ばれた男は盛大に顔を歪ませた。


「ねぇ、レオ聞いてる? この鉱彩石はこの地域特有らしいんだ! つまり、他の地域では手に入れることができないってことだよね! だったらいま買うしかないと思わない?!」


 どういう関係なのか。貴族と画家見習い、身分差は明らかなのに。

 まるで友人のように軽い口調でやりとりを繰り広げる2人の客に店主は混乱した。


「えーっと、この人は兄さんのお抱え画家なのかい?」


 考えられることは、これしかないだろう。


「いま、その子が持っている鉱彩石は10万ゼニーだよ」


 であれば、庶民にとっては高額商品だが、貴族なら大した金額ではない商品を売らない選択肢はない。


「はぁー」


 レオを盛大なため息をついた。

 そして、ちらりと隣に立ちニコニコと笑うリチェをみる。ぐぐっと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらレオは声を絞り出した。


「…わかった」

「やったー!」

「おい。この街でこれ以上、食料品以外で買い物は禁止だからな」

「わかってる、わかってる」


 レオの眼光鋭い言葉になんのその、リチェはゆるい返事をしながら嬉々として鉱彩石を握りしめている。少々諦め悪く、レオはリチェを横目に会計口へと足を進めた。

 店主は会計処理を進めながら何かが変だ。奇妙というか、なんとも言えぬ違和感に不安を感じはじめていた。


「なるほど。ゼニカードが使えないのか」

「あっ、えぇ。うちは現金主義でして」


 にこりと笑いながら答えたが、店主は驚いた。

 ゼニカードは最近、王都を中心に普及しはじめた硬貨の代わりにカード1枚で支払いができるというものだ。

 そのため、まだ一般的でなく、店主も商人だから噂を耳にした程度で、地方の街でお目にかかるのは当分先になるだろうと思っていた品物だからだ。当然、店の会計も対応していない。

 だが、店主が驚いたのは他の理由もある。ゼニカードを持つには厳しい条件があると聞いていたからだ。条件をクリアし持てるとしたら、上流階級の人間になるだろうとも。

 貴族だとは思ったが、よもや上流階級だとは。商人としての目が衰えたのかもしれない。

 店主は心の中で反省しつつ、手際よく会計をすました。


「ありがとうございます。また機会がありましたらよろしくどうぞ」

「こちらこそー! あぁ、本当にキレイだなー」


 レオは返事をしなかったが、リチェは元気よく店主の言葉に応えた。ただし、次の瞬間には鉱彩石にうっとりと頬ずりをしている。


「あんだけ喜んでもらえると、商売冥利に尽きるね」


 まるで子供のようにはしゃぐリチェに自然と笑みをこぼす店主の隣で、レオが「あぁ、そうだ」と小さくつぶやいた。


「店主、ひとつ訂正しておく。あいつは俺のお抱えの画家ではなく、俺のあるじだ」


 そう告げ、幾分かスッキリした表情を浮かべたレオはリチェを引きずるようにして店を出た。


「え」


 店主の一拍遅れた驚きの声は誰に聞かれることなく床に落ちた。


●世界観

ゼニー お金の単位

鉱彩石 絵具などの材料になる鉱石


ほか、美術など含めた世界観は、いろんな要素を組み合わせて創作していきます。

放浪画家と同じく、ゆるふわ〜な世界観を温かく楽しんでいただけましたら幸いです。

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