罠
マクシムは島の森の中で寝転んでいた。
文字通り森の中だ。
地面ではなく、木の枝を組み合わせてハンモックを作り、そこに寝て空を見ていた。
寝ているのは余裕の表れではなく、休憩である。
その時のマクシムは疲労感で立っていられなかった。
さすがに島全体、これだけ大量の植物に能力を使ったことはない。いや、『竜騎士』アメデオ・サバトに襲われた時と規模的には同じくらいかもしれないが、あの時は本当の必死だった。
限界まで能力を使い、そこで冷静になった。
──今、この瞬間に襲われたら危険では?
そこでマクシムは一旦休息することにした。
なるべく早めに回復して戦闘に備えたかった。
ハンモックの位置は大体地面から七メルほどの位置だ。
視線よりもかなり高くすることで、枝の陰で目立たないよう擬装もした。
それでも超人揃いの『士』隊員であれば、見つかってしまうかもしれない。
それを恐れて、マクシムは静かに、静かにしていた。
呼吸の回数だけを数えて、静かに、静かに。
マクシムが限界まで能力を使用した理由はシンプルだ。
気持ち良かったから。
全力疾走をした後の開放感。
排泄にも似た脱力感。
マクシムは何の制限もなく、全力で能力を振るう心地良さを初めて実感していた。
空の青さ、木の緑、雲の白。
そういったものが視界に入るが、ドクンドクンと耳裏で血液の流れる音の方が意識に上る。
──疲れた……でも、気持ち良い。
マクシムの昇任試験でのスタンスはシンプルだ。
まず、島全体を『庭師』の支配下に置く。
そこで植物を操り罠にかける。
マクシムは目を閉じて深呼吸する。
そうすることでより世界が鮮明になる。
『庭師』の領域内は手に取るように分かった。
四人が森の端から進入を開始する様子さえも見えた。
まだそれぞれが、具体的に誰かは分からない。
だが、体型からして男性と女性が二人ずつだ。
四人が手を組んだ動きに見える。
マクシム以外の参加者は五人。
だから、一人は森の外で待機しているのか、あるいは、手を組まずに森の外にいるのか。いや、もう既に倒された可能性もあるのか。
とにかく、一人だけ所在が分からなかった。
その誰か──人数構成から考えて彼がまだ森に入っていないことしか分からない。
その彼への警戒はしつつ、マクシムは脱力しながら安心する。
奇襲はない。
まだマクシムのところに辿り着くとしてもずいぶん先だ。
ここまで相手の動きが分かれば、対処の仕様がある。
マクシムは目をつむったまま手近な枝を折り、しっかりと咀嚼して食べる。
木の道管を通して地下水で水分補給もする。
リュックの中身の水や食料はできるだけ保管しておく。
今のところ、マクシムは順調、予定通りだった。
──さぁ、これからが勝負だ。
+++
その時、ジャンマルコ・ブレッサ特務大尉は既に森の中にいた。
木々が猛烈な勢いで成長をしていたため、その場で動かないようにしたのだ。
不思議な現象だ。
マクシムの能力の支配下にある木たちが、ジャンマルコの周囲だけ成長を拒んでいた。
まるで結界でも張られているように綺麗な球形状の空間。
空白があった。
ジャンマルコ特務大尉はそこで静かにしている。
正座の体勢で彼は思考を深めている。
──これからの行動について。
周囲がどういう状況になっているかは分からない。
そういった探知は、今のジャンマルコ特務大尉にはできない。
この森への対処に専念している。
だから、ある程度戦いが進み、勝者が決まった後で動くのが最善だろう。
しかし、そうすると勝者はマクシム・マルタンの可能性が高そうだ。
ジャンマルコ特務大尉はマクシム・マルタンを打倒することだけのために参加を決められた。
つまり、完全決着の少しだけ前に動き出す必要があった。
──それにしても凄いな。
周囲の森を見て思う。
さすがにこの規模の能力は想像以上だ。
これだけのことができるのであれば『士』にスカウトすべきではないだろうか?
どう考えても、伝説の英雄クラス。
『士』の佐官に相応しい人材だ。
しかし、頭領の意向に沿うとそれは不可らしい。
優秀な人材は常に求めているはずなのに、いろいろ大人の世界は奇々怪々。
──ま、しばらく待機だな。
そう考え、ジャンマルコ特務大尉はのんびりと座ったまま目を閉じた。
「ぐぅ」
そのまま寝息を立てながら寝た。




