トップ会議
『士』頭領イーサン・ガンドルフィは悩んでいた。
自分だけでは判断を誤るかもしれないから、と彼はその会議の参加者に意見を求める。
「二人の意見をそれぞれ聞かせて欲しい」
「『W・D』に聞くのが一番だと思います」
会議の参加者はイーサンを含めて三人と一匹である。
最初に口を開いたのは痩せた中年男性だった。
非常に目つきが悪く、神経質そうな彼の名前はカスト・コルギ。『士』最高戦力の一人──階級は大佐。声が低く、冷静そうな外見をしている。
次に口を開いたのは背も高く、異常に筋肉の発達している青年男性だった。
「はっはっは、わしには聞かないで欲しいんじゃ」
彼一人だけ椅子も特別製だ。それでも支えるのがギリギリに見えるくらいの質量と体積がある。
巨体で口調に訛りがある彼の名前はエリア・ジーノ。『士』大佐の残り一人である。
イーサンと彼ら二人に加えた最後のもう一匹が名探偵犬『W・D』であった。
『W・D』は会議の流れを無視して起きようとしない。
今、『士』の隊舎の会議室に『士』の最高戦力が揃っていた。これは定期的に開かれている。つい先日までは『魔女』カルメン・ピコットも参加していたが、もう彼女の姿はない。
イーサンは寝たまま反応しない『W・D』に視線を送ってから肩を竦める。
「『W・D』にはもう聞いたよ」
「では結論がもう出ているのでは?」
「参加を認めたら新しい佐官の一人はマクシム・マルタン君で決まり、ということだ」
「その『竜騎士』の伴侶はそんなに優秀なのですか?」
カストとエリアの二人は驚いたように目を丸くする。
イーサンたちは『竜騎士』ナタリア・サバトからの要請について会議していた。曰く、新しく硝子の剣を与える隊員──『士』の佐官を決めることがあれば、自分たちも参加させて欲しいというものだった。
イーサンは「外部の人間だから」と断りたかったが、特別警備隊『士』と『竜騎士』のサバト家には協力関係があるため難しく、他の大佐を含めて相談しているのだった。
「優秀だし、昇任試験のバトルロイヤル形式に向いているな」
「能力は?」
「植物の変化・操作、らしいが詳細は不明だ」
「それはかなり試験に向いた能力ですね」
カストは納得したように頷いた。
エリアは大柄な体を振るわせて笑いながら言う。
「なら、もうスカウトという形にした方が良いんではないですけぇ?」
「うん。それも考えたんだよ。ピッキエーレ少佐やベニート大尉も高く評価していた」
「なら、何を悩んでますけぇ?」
イーサンは「『案山子』」と端的に言う。
「『案山子』? 英雄たちの中でも伝説の殺し屋の、ですか?」
「マクシム君は『士』に入りたいわけじゃないんだと思う。『案山子』について調べている過程で、俺たちに疑いを持ったんだろうな」
「『士』の仕事に共感したわけではないということですか」
「ああ」
「頭領、何を言っちょりますけぇ。『案山子』はもうどこにもいない。ディアマンテの街で起きた殺人事件はカルメン大佐が『案山子』を真似たっちゅう話じゃないですけぇ」
「カルメン元大佐ですよ、エリア大佐」
カストが訂正するとエリアは「細かいのぉ」と面倒くさそうに言った。
いがみ合いが始まる前にイーサンは「実は」と間を置く。
「『案山子』は本当にいたんだ」
カストは薄笑いを浮かべた。冗談だと思ったようだ。
エリアは驚愕のあまり口を半開きにした。本気だと信じてくれたようだ。
二人は顔を見合わせて各々の反応に不快さを示す。
「冗談に決まっているでしょう」
「頭領が冗談を言うはずがないけぇ」
イーサンが「本当なんだ」と繰り返すと、エリアは「うし!」と勝利のポーズを取る。
カストは冷静な顔を、ほんのわずかに悔しそうにする。
イーサンの表情を見て、二人はこれが冗談ではないことを確信したようだった。
最初冗談だと思ったカストが「あの殺し屋がいたとはどういうことですか」と繰り返す。
「英雄と同レベルの殺し屋が存在していたという意味ですか?」
「そうだ。ハセ・ミコトは『案山子』──究極の呪詛蒐集能力者だ。そして、結論だが、能力的には英雄ハセ・ナナセと同レベル。ただし、トータルではかなり劣っているな。殺し屋としては使い物にならないだろう。ただし、能力的に逸脱しているから味方としては心強い」
「『案山子』が『士』の協力者になったということですけぇ?」
「ああ。ただし、俺が直接やり取りはするし、正体も誰にも明かさない。『W・D』は流れ上知っているがな」
「我々は知らない方が良いということですね」
「『案山子』のことは頭領たちだけの秘密ってことですけぇね」
「ああ」
「了解しました」「了解ですけぇ」
それだけで大佐の二人は頭領の結論に疑問を呈さないし、受け入れる。それくらいの信頼がイーサン・ガンドルフィにはあった。
イーサンはマクシムの件に話を戻す。
「だから、マクシム君がこちらに接触されても迷惑なんだ。目的が異なっている人間をこちらに入れても困るが、拒否することも実は難しい」
「『竜騎士』との関係ということですね」
「ああ。この間の腕の化け物との戦いで英雄『竜騎士』アメデオ・サバトに助力を頼んだ件もある。マクシム君も働いてくれたし、サバト家に大きな借りがある状態だ」
「そうですね、あの戦いで英雄は死亡。確かに困りますよね」
「一つ質問ですが、『案山子』の情報を渡すのはダメなんですけぇ? わしらが知らんのは構わんですけぇ『竜騎士』に教えるのは自由ではないですけぇ」
イーサンは頭をかきながら言う。失敗したんだよ、と言い訳をする。
「一回、『案山子』はいなかったと伝えてしまったからな。それで納得させられるつもりだったが、何か疑問点があったんだろう。痛い腹を探られたくはない」
「『竜騎士」に、頭領が説明できなくて嘘を言う必要があった事情を伝えるというのは?」
「それも避けたい。『案山子』はこちら側で確保しておきたいし、それに、あまりナタリアたちに関わって欲しくないから。これは私情もあるから気になったなら言って欲しい」
「いえ、その判断に従います。ならば、マクシム・マルタンを含めて負かせてしまえば良いだけでしょう」
「その方法は?」
「より強い駒をぶつける。具体的には『絶対』ジャンマルコを試験に参加させてみれば良いでしょう。マクシム・マルタンを倒してしまえば問題ないはずです」
カストの提案にイーサンは考え込む。
「……やはり、その一手になるか」
「ええ。ただ、あの子は特務大尉。佐官に推薦するのは反発があるかもしれません」
「『武道家』に勝利した件をそれとなく噂として流布しよう。能力は最大秘匿」
「ジャンマルコの能力を知っているのはわしらだけですけぇその点は大丈夫です」
「『竜騎士』も正当に負かされたら何も言ってこないでしょうね」
大佐二人の言葉にイーサンは頷く。結論は出た。
「そうするよ。ちなみに、『W・D』は意見があるかい」
それまでずっと寝ていた名探偵は少しだけ目を開いて言う。
「それでもマクシムが勝つと思うぜ。ジャンマルコの参加で確率は低くなったけどな」
「マクシム・マルタン。そこまでの能力者ならやはり引き込んで仲間にした方が早いのでは?」
「いいや、マクシム君はナタリアの認めた大切な恋人だから、こんな危険な仕事はさせたくない」
カストの目元に息子を見守るような優しいものが光る。
『W・D』は少し呆れたようだった。
エリアが大きな口を開けて笑いながら言う。
「頭領は幼なじみだけには優しいですけぇ」
「私情を挟むと言っただろう」




