挑戦状
マクシム・マルタンはいろいろ悩んだ挙句決めたことを『竜姫』ナタリア・サバトに伝える。
「──やっぱり、おかしいと思うんだよね」
ナタリアはマクシムの言葉に不思議そうに首を傾げる。
「それは『案山子』にまつわる事件ですよね」
「うん。正確にはカルメン大佐の起こした事件なのかな? だけど、あまりにも不可解だったよね。特に『案山子』が何だったのか僕には何も分からなかったよ」
「ですが、『案山子』はいなかったということで『士』が教えてくれましたよね」
「そこがおかしいと思うんだよ」
「つまり、『士』が何かを隠しているとマクシムは考えているわけですね」
「うん」
ナタリアの前にはケーキとお茶のセットが並んでいる。彼女は優雅な仕草でティーカップを傾ける。
少し話し合いたくて、せっかくだからとマクシムが誘ったのだが、結局ナタリアのオススメのお店になった。
マクシムはケーキではなく、焼き菓子を注文したが、それもかなり美味しかった。添えられたサワークリームが非常に合う。
ちなみに、デートなのでナタリアと二人きりだ。
シラを一人きりにするのは少し心配だったが、竜のリトルと一緒にいるからと送り出してくれた。彼女のためにケーキの持ち帰りも併せて頼んでいる。閑話休題。
「正直、ワタクシもそんな気はしてきましたわ。ですが、追求するには材料がワタクシたちに不足しています。どうしますか?」
「もう一度直接訊ねるのはどうかな?」
「それは無駄でしょうね。イーサンはそういう場合、決して教えてくれませんから」
「僕としては素直に話してくれるのが一番ありがたいんだけどなぁ。『W・D』なら教えてくれないかな?」
「無駄だと思いますわ。それに、ワタクシたちでは丸め込まれるだけかと……」
「だよね。僕もそう思うよ」
マクシムもナタリアも腹芸の得意な方ではない。
そもそも、素直に話し合って通じるのであれば、最初から話している。それができないからこうなっているのだ。マクシムたちとしても疑っているだけで確証があるわけではない。
ただ、マクシムにはちょっとしたアイデアがあった。
「ところでさ、『士』の佐官は十四人しかいないって話、覚えている?」
「……『士』の佐官に授けられる武器──硝子の剣は十四振りのみ。ですから、大尉より上にいくにのはかなり難しいという話のことですよね。覚えていますが、それがどうしましたか?」
『士』のディアマンテ支部へ行った時、ベニート大尉が独りごちていたことをマクシムは覚えていた。
──片足を失ったピッキエーレ少佐の代わりに硝子の剣を誰が授けられるのか、と。
実際にはピッキエーレ少佐は前方で戦い続けているようだが、重要なポイントは一つ。『士』は佐官の空席ができた時、補充のために何らかの選抜が行われるはずなのだ。
マクシムは言う。
「カルメン大佐がいなくなったから一振り分空いたんだよね」
「……まぁ、そうですわね」
「でさ、僕の能力って『士』も佐官目指せるって話が出たでしょ?」
「あれはただの軽口。冗談ですわ。マクシムの能力では難しいと思いますわ」
ナタリアは渋面になる。
反対されると思っていたので、マクシムはどうにか説得しようと試みる。
「挑戦してみる価値があると思わない?」
「思いません。そもそも、入隊が難しいと思います」
「そうかな? 『竜騎士』枠とかないのかな」
「マクシムは『竜騎士』ではありませんわ」
「でも、可能性があると思うんだよね」
「どうしてですか?」
「『竜姫』の伴侶になるんだから資格はあるでしょ」
「っ!?」
ナタリアはそれまで美味しそうにケーキを頬張っていた。せっかくの機会だからと追加注文までしていた。
だが、その伴侶という単語を耳にして、それまで嬉しそうに動かしていたフォークが停止した。
そして、むせ返るほど動揺し、頬が熱を帯びたように真っ赤になる。
ナタリアは視線をあちらこちらに動かしながら言う。
「い、いえ、そ、そうかもしれませんが、しょ、将来的には。いえ、ですが、それは今ではありませんから」
「いや、そこまで照れられると僕も恥ずかしくなるんだけど……」
マクシムも気恥ずかしくなってお茶を口に含んだ。
少し沈黙の時間の後、ナタリアはボソッと言う。
「ですが、マクシムには婚約者がいますわよね」
「だから、あれは自称だから。まだ子どもだよ」
いつまでも子どもではありませんわ、という言葉をナタリアは飲み込む。ナタリアは深呼吸して落ち着く。マクシムにいきなり言われて少し動揺しただけだった。
ナタリアは気を取り直すためにゴホンと咳払いをする。
「どちらにせよ、『士』に入って情報収集がしたいというのであれば、ワタクシは反対ですわ。どう考えても難しいですもの」
「『竜騎士』の力があれば、余裕だと思うんだけどなぁ」
「……ですが、『竜騎士』の立場を使えば、確かに潜入することも可能だと思いますわ」
「手伝ってくれるの?」
マクシムは驚いてナタリアに視線を送る。
実際、自分の植物を操る能力だけでは難しいと思っていた。ただ、竜の力を借りられれば、十分チャンスはあると考えていた。
「少しだけ。その――は、伴侶として最大限力を尽くしますわ」
ナタリアは視線を逸らしたまま言った。彼女は耳もまだ赤いままだった。
マクシムは顔を綻ばせながらお礼を言う。
「ありがとう」
「別にお礼を言われるほどのことではありませんわ」
「うん、僕らの力で『士』に挑戦状を叩きつけよう!」




