後始末
──『案山子』と『魔女』の戦いから、少し時間を遡る。
マクシムは自分のヒトガタからの攻撃を受けて死んだと思った。
だが、何故かその攻撃は当たらなかった。
尻餅をついた状態でキョロキョロと辺りを見回す。
「あれ?」
「マクシム!」
そこに飛び込んできたのはナタリアだった。
何度も何度もマクシムの名前を叫びながら彼にしがみつく。
彼女の目尻には涙が浮かび、恐怖で震えている。
その熱を感じながら「ああ」と意味なくマクシムは呟いた。
──まだ僕は生きている。
「心配しましたわ!」
「えーっと、何が起きたんだろう。よく分からないや」
マクシムはナタリアの頭をヨシヨシと撫でる。
あまりにも動揺していたため、逆に冷静になっていた。
シラが周囲を警戒しながら言う。
「逃げる?」
シラは冷静に、竜に乗って逃げるかどうかを確認してきた。
『案山子』がこちらを照準している以上、戦うしかない気もしたが、どうやって? 居場所どころか、誰が『案山子』なのかも分からない状況では戦いようがない。
マクシムは少し迷いながら首を横に振った。
「逃げるのは難しいんじゃないかな」
「じゃあ、どうする?」
「『案山子』の能力が無差別の遠隔殺人だとしたら離れるのは得策じゃない。何が最善かは分からないけど、反撃に出ないとダメだと思う」
「『案山子』どこ?」
「分からない、けど、せめて威嚇しよう」
「威嚇?」
「うん。『自分も安全じゃない』って『案山子』に分からせるんだ」
マクシムは抱きついたままのナタリアを柔らかく押し離す。
ナタリアは一瞬だけ抵抗したが、冷静になったのかすぐに離れた。
マクシムはナタリアの少し濡れた目を見ながら訊ねる。
「リトルを飛ばせられる?」
+++
その日、ディアマンテの街に竜が現れた。
低高度で飛行する最強の魔獣は何かを狙うかのような威圧的な空気を纏っていた。
正に恐怖の具現化でしかない。
市井の人々は恐慌状態に陥った。
だが、その飛行時間はそう長いものではなく、竜はどこかへ飛び去った。
目撃した人々の口の端にのぼるが、夕方のニュースとしても流れず、徐々に忘れ去られた。
+++
「まず、この件に関して、お前らが再度襲撃されることはないから安心して良いぜ」
「……そうなの?」
「ああ、名探偵の名に懸けて保証する」
ホテルの一室にマクシム、ナタリア、シラは集まっていた。
彼らの目の前には一人の人間と一匹の犬がいた。
『士』見習いのイーサンと『W・D』である。
一人と一匹は困っているようだった。
怒らないのはこちらの事情を理解しているため。
つまり、心が広いというより知性に優れているからだった。
『W・D』は呆れたように言う。
「それにしても、『案山子』に襲われて反撃の手段を思いつかず、威嚇として竜を飛ばす、か。俺はアリな手だと思うぜ」
イーサンはどこか慰めるように言う。
「うん、俺も責めるつもりはない。ただナタリア。どうしても『竜騎士』の管理責任になるから、そこだけは覚悟しておいてくれよ」
「分かっていますわ」
ナタリアは離してなるものか、とばかりに、右手にマクシム、左手にシラを掴んでいた。
襲撃されることはないと『W・D』は保証したが、それでも彼女は離れない。
あまりにも密着しているためマクシムは何となく気恥ずかしい。
少しだけ頬が熱くなる。
シラはいつものように特に動じていない。
むしろ、無表情のままナタリアの手を抱え込んだ。強い。
イーサンは苦笑しながら言う。
「仲が良いね」
「当然ですわ。家族ですもの」
「えーっと、そっちの彼も……?」
「もちろんですわ」
「ごめん、名前何だっけ?」
「マクシム・マルタン。よろしくね」
以前名乗ったかどうかマクシムは思い出せなかった。
名乗らなかった気もするし、あの時はニルデの遺体を掘り起こす依頼の最中だったので仕方ないかなという気もする。そういえば、ニルデの遺体がどうなったのか続報はない。ということは、まだ見つかっていないのだろう。
改めて記憶を刺激するために補足情報を続ける。
「ピッキエーレ少佐の報告書に名前が出たって聞いたけど」
「ああ、そうか……そういうことか。なるほどね」
イーサンはよく分からないが、何やら納得したようだった。二度、三度と頷いた。
『W・D』はイーサンの懸念を笑い飛ばした。
「そんなに怯える必要はないぜ。責任問題になんてなるわけないだろ。竜が気まぐれに飛んだ。『竜騎士』も関知していない、で終わるぜ」
「実際にナタリアの指示で飛ばしたんだ。建前は必要だろ」
「それなら管理責任はこちらにこそあるぜ。下手なことはしない方が良いぜ」
マクシムは、管理責任という言葉でカルメン大佐が連続殺人犯だったことを連想する。
ただ、彼は先ほど襲撃を受けたが、あれは『案山子』の可能性が高いはずだ。
何故ならば、人間大のサイズのヒトガタを用いた襲撃だったからだ。
呪詛蒐集能力の低いカルメン大佐には不可能なはずなのだ。
マクシムは質問する。
「僕、さっき『案山子』に襲われたんだけど、『案山子』ハセ・ミコトって誰だか分かったの? それに結局、カルメン大佐はどうなったのさ?」
イーサンと『W・D』は目を合わせた。
どちらが説明する? と譲り合いの精神が発揮された後、名探偵が端的に答えた。
「カルメン大佐は俺たちとの戦闘後に死亡。
『案山子』は大佐が創り出した巧妙な偽物だった。
以上だぜ」




