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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
第3部 全てのヒトガタを呪う者『案山子』
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『案山子』の正体

 カルメンの前に姿を現したミッチェン・ミミックは「はじめまして」と言った。

 面識はあるのだが、何を言っている……? 

 そこでカルメンは気づく、確かに違う、と。

 以前会ったミッチェンはもっと卑屈さを身に(まと)っていた。

 だが、今の彼女は目の中の光に自信が見える。

 それに、あの目の下の濃い隈がなくなっている。

 姿勢や表情といった要素からミッチェンとは別人だと判断できた。

 カルメンは乾いた口内を唾液で湿らせ、訊ねる。


「あなた、何者……?」


 ミッチェンの姿をした()()は答える。


「私が『案山子』ハセ・ミコトです」


 カルメンはなおも問いを続ける。


「あなたはミッチェン・ミミックでしょ。正体を偽り、実力を隠していたというの?」

「いいえ、私はハセ・ミコトです。ミッチェン・ミミックではありません」


 ハセ・ミコトを名乗る女性の話し方は、まるで言葉を覚えたての人間のようだった。

 この世界の言語は統一されている。

 だが、太古、神がいた時代には複数の言語があったという。

 まるで、その時代の機械的に行った翻訳のような不自然さがあった。

 カルメンは警戒しながら会話を続ける。


「分かったわ。あなたはハセ・ミコトなのね」

「はい、そうです」

「多重人格ってこと?」

「少し異なりますが、その認識で構いません」

「じゃあ、ハセ・ミコトに質問するわ。あなたは何がしたいの?」

「はい、私はカルメン・ピコットを止めたいと考えています」

「あたいを止める、ねぇ。あたいはもう目的を果たしている。なら、止めるには遅すぎると思わない?」

「仕方ありません。私は『器』ですから。ようやく十全に力を発揮できるようになりました」

「『器』? ちなみに、説明する気はある?」

「あなたが聞きたいのであれば説明します」

「……あたいは『案山子』がこの世に存在していないと思っていた。ハセ・サトリとは少しだけ交流したから知っているけど、彼女の後継者はいなかった」


 最初にミッチェンから『案山子』の目撃談を聞いて、カルメンは内心驚いたのだ。

 いるはずのない『案山子』がいたという話。

 なぜならば、それらの殺しはカルメン自身が行っていたのだから。

 しかし、実在していたのだ。

 ミッチェンの中に。


 カルメンは少し考えて、表情で説明を促す。

 『案山子』ハセ・ミコトは何者なのか?

 それを知るくらいの時間は残されていたし、逆に言えば、それしか残されていないのだから――真実を知りたかった。

 ハセ・ミコトは首を横に振った。


「いいえ、ハセ・サトリの後継者はいます」

「どこによ」

「テルツァ・トンバです」


 ハセ・ミコトは淡々と続ける。

 やはり機械のように無機質だった。


「そして、アダルジーザ、ユーゴー、ミッチェンも後継者になります」


 それはメイド天国の従業員たち。

 ミッチェン以外はもう亡い人たち。

 ミッチェンを他人のように扱う口振りに、カルメンは少しだけ笑う。


「何かおかしいですか?」

「みんな『案山子』と呼ぶには弱すぎる。それのどこが後継者なのよ」

「弱くても後継者です。能力の強弱は関係ありません」


 ああ、と思い出したようにハセ・ミコトは言う。


「あなたは後継者ではありません。いえ、そもそも、呪詛蒐集能力者でさえありません」

「あたいも呪詛蒐集できるけどね」


 少しだけカチンときたカルメンは言い返した。

 ハセ・ミコトは冷淡ともいえる表情でカルメンを見返す。


「あなたのやっていることは、たとえば、水を(すく)う時にザルを使うようなものです。力業でありスマートさに欠けます。私たちとは別物です」

「結果が同じであれば構わないでしょ」

「同じではないから言っています。あなたは呪詛が何なのか全く理解していません」


 これ以上言い合いをしても仕方がない。

 カルメンは心を落ち着けるために深呼吸して問いかける。


「で、その後継者サマがどうしたのよ」

「アダルジーザやユーゴーはテルツァに才能を見出されて、メイド天国に入社。呪詛蒐集能力を身につけました。ミッチェンもそうですが、彼女だけは少し立場が異なります。ミッチェン・ミミックはスラムで育てられました」


 約八年ほど前まで、このディアマンテの郊外にはスラムがあった。

 ミッチェンの年齢を考えると十歳前後くらいまでスラムで過ごしてきたのだろう。


「それが何?」

「ミッチェンは『天麗の飢饉』で大量の死を目撃し、自身も死にかけた後、生き残りました。その経験と学習した呪詛蒐集能力が混じり合い、ミッチェンの中に『()』が生まれました」

「あなたが? つまり、『案山子』はそうやって身につけるものなの?」

「いいえ、『案山子』は成ってしまうものなのです。メイド天国、いえ、『案山子(私たち)』の流儀でいえば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのです」


 ハセ・ミコトはメイド天国を古い字体で空中に描きながら言う。

 さすがにカルメンでもその意味は紐解けなかった。

 だが、『案山子』が努力などとは無関係だということは理解できた。


「メイド天国は英雄ハセ・ナナセやハセ・サトリが創り出した……。つまり、儀式も兼ねていたってことね?」

「はい。メイド天国は会社として呪詛蒐集能力者を管理。弱い能力者が自然発生した場合も集められるように考えられました。弱い呪詛蒐集能力者も平和に暮らせる会社……これは『予言者』サルド・アレッシのアドバイスに依ります。ですが、その体制が壊された時に『案山子』は生まれます」

「全ては『案山子』たちの仕業……」

「はい、最強の殺し屋『案山子』は、弱い呪詛蒐集能力者たちが死んだ後に、その中から生まれます」

「大昔の(まじな)い――蟲毒(こどく)みたいなこと?」

「正確には違います。ミッチェン・ミミックは心が弱かったため私が生まれました。彼女自身は能力を十全には発揮できません。それでも、この体の主人格はミッチェン・ミミックにあります。私はあくまでも『案山子』というシステムでしかありません」

「ちなみに、ミッチェン以外が生き残ったとしても、あなたが生まれたの?」

「はい。ただし、死に触れた濃度が異なりますから、私のような形ではないでしょう。それでも『案山子』は誕生します。不完全な場合もあると思います。たとえば、ユーゴーやアダルジーザでは『案山子』に至らなかった可能性があると考えています」

「テルツァは『案山子』に至ったの?」

「私ほどではなかったと思いますが、その可能性が高いと考えています」


 つまり、『案山子』は純粋に才能で至るパターンと、周囲の人間の死から生み出されるパターンがあるようだ。

 ミッチェン・ミミックは子どもの頃に大量の死に触れたため、別人格の『案山子』が生まれてしまったらしい。

 カルメンは呆れて思わず笑い出す。


「何よ、その不完全なシステム。でも、ミッチェンはあなたのことを知らないようだった」

「はい、彼女は『案山子』を望んでいませんから」

「あと、ヒトトセ・リョウは? あの男は何者なの?」

「私にも不明です。姿や性別も変化しますが、私の知らない性質です。私は『案山子』ハセ・ミコト。最強の殺人能力を有する管理者。それだけです」


 ヒトトセ・リョウの由来は『案山子』とは別になるのか。

 ただ、一つだけ思いつくことがあった。

 ()()──名前が代わる、とあの男は最初からそう言っていた。

 何らかの理由があるのかもしれない。

 カルメンはそれともう一つ確信していることがあった。

 この『案山子』は壊れていた。

 自我の曖昧なただの能力。

 無理やりシステムで誕生した存在でしかない。


「なるほどね。そういえば、エンリコ社長も、どうして英雄『案山子』ハセ・ナナセは殺しの仕事をしていたのか疑問に考えていた。逃げても誰も抵抗できない、最強の殺し屋なのにどうして、って。あれはつまり、仲間の死によって生まれたから?」

「はい。当時は今では考えられないくらい過酷な時代でした。外界からの侵略で多くの人が死にました。英雄『案山子』ハセ・ナナセは(おびただ)しい屍の上に成立しました。ただし、ハセ・ナナセは才能もあり、メンタルも非常に強固でした。私のように別人格に力を仮託せずとも、己の意志で行動できました。だから、彼女は英雄なのです」


 英雄ハセ・ナナセは誰かに強制されたわけではない。

 自分の意志で掴み取った。

 力を託されたのも真実だが、それ以上に自分の意志で行動していた。

 確かにそれは英雄の姿だった。

 ハセ・ナナセが最強の殺し屋だったのも納得だった。

 カルメンはお礼を言う。


「なるほど、大体理解できた。ありがとう。思い残すことはない」


 それからカルメンはゆっくりと体勢を整える。疑問が晴れた。

 あとは戦って勝つだけだった。

 それがいかに無理難題であっても戦わない理由にはならない。

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