カルメン大佐 その四
カルメンはマクシムたちに襲撃をかけるとしたら今が最後、ギリギリのタイミングだと理解していた。
カルメンの実力が衰える前、まだまだ戦闘に耐えうるのは今を逃して他にない。
ただし、まともに勝負をしても勝てるわけがない。
全盛期を過ぎたカルメンと『竜騎士』では実力が違いすぎる。
しかし、それでも無抵抗のまま殺されないことが重要だった。
積み重ねてきた呪詛蒐集能力による『呪い』があれば、勝負することもできる。
十分勝算はあった。
更に言えば、おそらく『W・D』が自分の企みを特定し、制圧に動き出すまでの時間を考えても最後のチャンスになると思っていた。
もうひとつ理由はあったが、決断を下せたのは『そうするしかなかった』からだ。
元々、もう『案山子』の真似を続けることは難しいと考えていた。
頭領──イーサン・ガンドルフィに疑われていたからだ。
ただ、引き際としてはちょうど良いタイミングだとも考えていたので『W・D』の召喚を拒まなかった。
呪詛蒐集能力の究極形が『案山子』だ。
呪いのヒトガタを作り、それに作用することで殺害する。
一方的に相手を殺せる最強の能力であっても、もちろん無制限ではないはずだ。
独学で呪詛蒐集を学んだカルメンでは、あまりにも制限が多すぎて分からないが、無敵の能力でないことは知っている。
英雄『案山子』ハセ・ナナセであっても、それは例外ではない。
カルメンの場合、『視認することで相手を指定できる』などが挙げられるが、そもそも、人を害するサイズのヒトガタを作り出す難易度が別次元すぎる。
だが、最強の殺し屋が『案山子』であることは多くの人間が知る事実だった。
カルメンはその事実を利用することにした。
呪詛蒐集能力そのものを魔法と融合させることはあまり上手くいかなかった。
だが、上手く使い分けることは可能だとカルメンは考え、実践していた。
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カルメンは『竜騎士』たちのいるホテルに急襲をかけた。
遠方からの魔法攻撃は竜に防がれた。
これは予想通り。
隠蔽魔法で偽装していることは見破っていたし、そもそも竜はそれくらい強大な存在だ。
だから、遠距離からの直接攻撃は意味がない。
ただし、不用意に近寄るのも危険が大きすぎる。
では、その難題に対する解答は?
「……出たようねい」
その時、カルメンは遠方からマクシムたちを観察していた。
ただし、かなり上空から観察していた。
下方からの攻撃でそちらに注意を向けた隙に、彼女は飛行魔法を使用して飛んだ。死角を突いた。
攻撃が陽動だと分からないよう全力だったからこその罠である。
カルメンの左手にはスナイパースコープ。それでマクシムたちの行動を観察していた。
そして、彼女の右手には小さなヒトガタが握られていた。マクシムの姿を再現している。
ヒトガタは『こわいこわいこわいこわい』とゲラゲラ笑っている。
カルメンの呪詛蒐集能力は非常に低い。
だが、弱々しくともそれはヒトガタであり、マクシム・マルタンを呪える物体である。
そして、カルメンは魔法使いとしては超一流だ。
彼女が取った手段は次のようなものになる。
まず、カルメンはヒトガタを幻影魔法で、等身大のサイズまで巨大化したように見せる。
次に、それを疑似空間転移でマクシムたちの目の前に移動。
弱い不完全なヒトガタはその瞬間から自己崩壊を始める。
遠距離からの直接魔法攻撃は通用しない。
だが、小さくともヒトガタはヒトガタ。それはマクシム自身であるといえた。
だから、カルメンは転移させたヒトガタを起点として攻撃魔法を発動させた。
それは見事にマクシムに直撃した。
『案山子』の一撃は不可避の遠隔殺人だ。
特に英雄ハセ・ナナセはあらゆる人型タイプを殺しまくった。
呪詛蒐集能力に幻影魔法、疑似空間転移、攻撃魔法を掛け合わせ、カルメン大佐はそれと似た技を再現した。
本来であれば、ここまでして『案山子』を真似る意味もメリットもほとんどない。
非常に魔力の無駄遣いだといえた。
ただし、カルメンは循環型魔法発動能力があるため、ほぼ無尽蔵に魔法の使用が可能だ。
無駄が多くても彼女には関係ない。
並行して飛行魔法を使うほどの余裕さえあった。
『案山子』の手口を真似ることは『魔女』という二つ名も持つ、カルメン・ピコット大佐にしか不可能な技だった。
カルメンは黙とうを捧げるようにして呟く。
「ごめんなさいね」
罪のない少年の命を奪ったことに対する謝罪だった。
だが、『案山子』を絶対視するために『竜騎士』の伴侶は、いや、伴侶になる少年は良い生贄だった。
報復の危険性はあるが、おそらく竜たちも動かないだろう。
『竜騎士』が命じたとしても最悪狙われるのはカルメンだけで暴走はしないはずだ。
失敗したとしても寿命の短いカルメンにはあまりデメリットもない。
『案山子』の手法を模した遠隔殺人で、絶対的な恐怖を演出する。
そうすることである種の秩序を築き上げる。
『W・D』なら、こちらの想いも汲んで、システムの改良も行ってくれるだろう。
『士』はこれからも秩序の番人として万全の体制を築けるはずだ。
彼の召喚にはそこまで期待していたからこその行動である。
規律の維持のためにもこの一連の殺人、そして、マクシムへの一撃は必要だった。
その時、カルメンは気づく。思わず声が漏れた。
「え!?」
スコープの先にいるマクシム・マルタンは生きていた。
苦しそうに胸元を押さえているが、それ以外は普通だ。
どうやら攻撃を避けたようだ。いや、防御かもしれない。
しかし、あのタイミングでどうやって?
―─と、その時、ふと笑い声が聞こえた。
げらげらげらげら!
あまりにも唐突だった。
それはカルメンの目の前に空間に生まれていた。
人間大のサイズがヒトガタだ。
しかも、カルメンを模していた。
空中だ。
誰かがここにヒトガタを作って、こちらに見せている。
脅しか、威嚇か、あるいは恐怖を植え付けるためか。
カルメンは目を見開き、固まる。
彼女が作ったわけではない。
理解不能の事態が起きていた。
いや、それは強硬手段に出るしかなかった、本当の懸念が顕在化したということ。
『案山子』だ。
本物の『案山子』が現れたのだ!
ヒトガタは言う。
やはりカルメン大佐の声だった。
『降りてきなよ、カルメン・ピコット』
カルメンに拒否することはできなかった。




