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七人目の勇者はなぜ仲間に殺されたのか?  作者: はまだ語録
第3部 全てのヒトガタを呪う者『案山子』
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カルメン大佐 その三

 カルメン大佐は幼い頃実父に殺された──というのが、公式的な記録である。

 だが、実父は幼い実の子を手に掛けることができなかった。

 当然だろう。

 いくら最悪の殺し屋の娘とはいえ、何の罪もない実の子を殺せるわけがない。


 だから、彼は娘を殺したことにして信頼できる相手に預けた。

 それがカルメンを育てた養父だった。

 養父に預ける際に、実父は自分自身の記憶操作も行っていた。

 だから、『案山子』の能力をもってしても殺害の偽装を疑うこともできなかった。


 実父が何を考えていたのか、カルメンは知らない。

 養父が伝えなかったからだ。

 実父の父──つまりは、カルメンの祖父が『案山子』ハセ・ナナセの手によって殺されたという遺恨。その復讐。そういったドロドロした怨念は受け継がせたくないと考えたからだ。

 実父は復讐を果たして死ぬつもりだったのだろう。

 実際には一方的に『案山子』ハセ・ナナセに殺されただけだったが、その結果の断絶だった。


 ただ、実父はそれくらい本気で怒り、そして、それ故に妻であるハセ・ナナセのことを本気で愛していたに違いない。

 二人の仲はカルメンと無関係に完結していた。


 だから、カルメン大佐はハセ・ナナセの本名も実父の名前も何も知らない。覚えていない。

 実は生まれた時、彼女は別の名前で呼ばれていた。

 カルメンという名前は養父がつけ、ピコットという姓も養父のものだ。

 血の繋がった父も母も、願いを託された名も……それらは全てカルメンの()()()()ものだった。

 

 ちなみに、養父は英雄『(さむらい)』クレート・ガンドルフィの片腕とも言えるべき人物で特警隊『士』の創設に尽力している。

 養父は英雄になり損ねた勇者。

 六人の英雄を始めとした複数の勇者と共に外界へ渡ったが、途中で脱落した一人だった。

 いや、正確には暗黒大陸上陸前に、戦闘で全身に大きな火傷を負い、国に帰ってしまったので勇者と呼べるかどうかも微妙ではあった。

 更に正確に言うと、大きな火傷は簡単に『大魔法つかい』の手で治療されたのだが、心に負った傷が深刻で帰ったのだ。

 カルメンの養父は勇者ですらなかったのかもしれない。


 実のところ、カルメンは英雄である『案山子』ハセ・ナナセについてどう思って良いのか未だに分かっていない。

 養父が死ぬ前に教えてくれたから、実の母であることを知っているだけ。

 正直、あまり実感もなかった。

 いろいろ実父は失敗したが、実母であるハセ・ナナセもカルメンが死んだと思ったまま他界してしまったので、そういう意味では復讐に成功していた。

 ずっとカルメンに教えなかったのは実父との約束があったようだが、英雄たちにコンプレックスを抱えていたのではないか、とカルメンは密かに考えている。

 英雄(ハセ・ナナセ)ではなく、一般人であったカルメンの実父の肩を持ったのも、そういう理由ではないかなと思っていた。

 養父はやはり英雄の器ではなかったのだろう。


 ただ、養父が本当に『大魔法つかい』を超える計画を実現したいのであれば、カルメンを『案山子』ハセ・ナナセに再会させるべきだったのだ。

 それが不可能なら、少なくともその弟子であるハセ・サトリには引き合わせるべきだった。

 なぜならば、カルメンは独学で呪詛蒐集能力について学んだが、とても『案山子』と呼べる能力は身につけられなかった。本当に最低限の呪詛蒐集能力だけ。

 成長し切った後にハセ・サトリと会っても遅すぎたのだ。


 あるいはカルメンに呪詛蒐集の才能が乏しかったのかもしれない。

 だが、正しい師匠に教えられなければ身につけられない技能はある。


 こんな話がある。

 あるところに、とても賢く向学心のある子どもがいました。ただ、その子の家庭はお金がなかったので学校に通うことができませんでした。しかし、その子は諦めません。自学を重ね、努力を積み上げ、大人になった時に、当時少しだけ通った学校の先生に重大な発見を報告しに行きました。

『先生、知っていますか? 三角形の内角を足すと一八〇度になるんですよ!』と自信満々に。

 ……適切な教育はそれほど重要だった。


 カルメンは魔法については天与の才があり、子どもの頃から養父が瞠目どうもくするレベルに達していた。

 ただ、魔法と呪詛蒐集はかなり異なる技能だった。

 たとえば、水泳の練習ばかりしてきた人間が、陸上競技で良い記録が残せるとは限らない。

 身につけた泳ぐ機能が新たな技能習得を阻害することもある。

 それと似たような現象が起きていた。

 魔法と呪詛蒐集能力は()()()()()が悪かったのだ。

 魔法は最先端の理論、呪詛は独学。

 そのアンバランスさが失敗の原因。

 カルメンは『案山子』ハセ・ナナセの領域には至れなかった。

 養父の大望──壁は壊せなかった。


 ──この夢が過去形なのは、カルメン・ピコットの寿命が尽きかけていたからだ。


 獣人種は死を目前にすると急激に衰え始める。

 体力、知能、魔力、容姿、あらゆる数値が老化により低下する。

 それは人間種とは異なり、全盛期(ピーク)が長いからこそ急だ。

 おそらくカルメンはあと一年以内には死ぬだろう。

 寿命だ。

 死を意識した時、カルメンはできる限り養父の大望を叶えたいと思った。


 ──あるいは血の繋がった孫(シラ・サバト)の存在を知っていれば、その道は選ばなかったかもしれない。


 だが、それは選ばれなかった未来だ。

 彼女にとって家族とは『士』の人間と亡くなった養父を意味し、つい先日まで存在すら知らなかった血縁のある孫娘よりも大切だった。

 カルメン大佐は養父のため、仲間のため、手を汚すことを決めたのだから――。


 カルメン・ピコットはある計画を立てた。

 『案山子』を新たに生み出す計画だ。

 能力(スペック)で『大魔法つかい』を超えることが不可能であっても、疑似的に英雄を再現。

 本物の『案山子』ではなく『案山子』と同等の存在。

 恐怖の象徴として世界を支配する最恐の能力者。

 それを作り上げることで、魔法使いの枠を超えようと考えたのだ。


 まさか、本物の『案山子』が現代の闇に隠れ、存在しているなんて、カルメン自身、大量殺人を繰り返すまで知らなかった……。

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