戦闘→開始
マクシムたちが借りたホテルの一室は最上階だった。
最上階はルーフバルコニー付きの特別プランである。
ちなみに、ルーフバルコニーとは階下の屋根上にあるバルコニーのことだ。
このホテルの最上階は部屋数を減らす代わりに特別プランを採用。
ルーフバルコニーにプールなどを備え付けて、富裕層がさまざまな用途で利用できるようにしていた。
ナタリアは最上階を選んだが、これにも明確な意図があった。
もちろん、レジャーのためではない。
レジャーでも使用したが、それは主目的ではない。
マクシムは押し倒した状態のナタリアを引き起こした。
密着したことを互いに照れる間もなく、迎撃体制に移る。
正直、そんなことを言っている場合ではない。
戦場では羞恥心など蒸発してしまう。
ナタリアは深刻な表情で確認する。
「マクシム? 大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
「庇ってくれてありがとうございます」
「あんまり意味なかったけどね」
「それでもワタクシはとても嬉しかったですわ」
「イチャイチャ……」
「シ、シラも大丈夫です?」
「問題ない」
「無茶苦茶するなぁ……勘弁して欲しいよ」
三人で急いでルーフバルコニーに出る。
射線上にならないように――南東側・斜め下方向からの攻撃だった――低い体勢で攻撃してきた方角を観察する。
ナタリアはそこで改めてお礼を言う。
「リトル、ありがとうございますわ」
リトルは反応を返さない。
姿を現した幼竜は警戒態勢にあった。
攻撃してきた方角を見て低い唸り声をあげている。
魔法特有の攻撃光に反応できたのは、マクシムやシラだけではなく、竜のリトルも同様だった。
リトルの防御魔法で攻撃魔法の一撃は防いだのだった。
リトルはルーフバルコニーの空間で待機して『竜姫』を守っていた。
待機しやすいように最上階を選択したのだった。
ただ、竜の中では一際小柄であっても、その自重をホテルは支えられない可能性があったので、少しだけ浮いた状態で待機。
あとは、騒ぎにならないように光学迷彩も万全。
それでもリトルはゆったり寝る余裕もあった。
竜はそれくらい魔力豊富な生き物なのだった。
事実、リトルは万が一を考えた備えだったが、その臆病さが奏功していた。
選ばれたハイエルフ以外の人種の魔力量では、竜の魔力量を超えることは不可能だ。
実際、ホテルにも大きなダメージはなさそうだった。
ここまで大規模な防御魔法は人間種では不可能に近いはずだ。
備えてなければ、今の一撃でマクシムたちは蒸発していた可能性がある。
そのくらい強力な攻撃魔法であった。
マクシムはぼやく。
「しかし、多分、カルメン大佐だよね? 無茶苦茶だ。周りの被害とか考えないのかな」
「リトルに防がれることも考えたのではないでしょうか」
「何のためだと思う?」
「おそらくですが、上手くワタクシたちを消せたら良しくらいの賭けだったのでしょう」
「じゃあ、それくらい追い込まれているってことかな」
人間は非合理的な生き物だから、感情的になって攻撃に転じる可能性は十分ある。
しかし、それにしても無茶苦茶厄介だった。
「『W・D』はカルメン大佐に攻撃されることはないって保証してくれていたのに全然違ったね」
「名探偵も完璧ではありませんわ。もしくは、大佐が自暴自棄になったということでしょうね」
天気は快晴。見通しは良い。
ただ、魔法攻撃の方向を確認したが、カルメン大佐の姿は見えなかった。
「殺されないためにも―─逃げようか」
「そうですわね。シラ、リトルの駕籠に入って」
「分かった」
カルメン大佐は攻撃後、すぐに移動した可能性もある。
だが、おそらくはかなりの遠距離からの魔法攻撃だったのだろう。
それは攻撃光を見てマクシムも反応するだけの時間がわずかでもあったのだから自然な推理だった。
つまり、このまま探し続けるよりも、リトルに乗って逃げ出す方が良い――マクシムたちはそういう判断を下していた。
『W・D』を信頼すれば、『士』の保有する『最強戦力』によって近々カルメン大佐は制圧されるだろう。それを待てば良いだけ。
逃げるが勝ちだ。
時間はマクシムたちの味方だった。
―─と、その時だった。
「マクシム……!?」
ナタリアがどこか虚空を見ながら驚愕している。
マクシムはその視線の先を見た。
そこには一体のヒトガタが出現していた。
あまりにも突然だった。
そのヒトガタはマクシムを模したもので、彼と同じサイズだった。
つまり、人間大のそれは呪詛蒐集物体であり、『案山子』の手によるもの。
何が起きているのか理解を超えていたが、マクシムは動けなくなった。
それは精神的なものではなく、物理的に指先さえも動かせなくなっていた。
ただ、目を閉じているわけではないので見ることができた。
マクシムを模したヒトガタが大きく哄笑する姿を。
げらげらげらげら!
哄笑だ。
マクシムを模したヒトガタは笑いながら叫んだ。
死ね死ね死ね死ね!
マクシムの意識があったのはそれまでだった。
何かに貫かれるような衝撃を感じて、彼は失神した。




