推理ではない推理
犯人はカルメン大佐。
名探偵犬である『W・D』はそう言った。
マクシムたちは『士』支部──花屋タイランから速足で遠ざかる『W・D』を追いかける。
「え? それはどういう意味?」
「だから、犯人はカルメン大佐だぜ」
「え、どうして? カルメン大佐が犯人って? 何でそんなことをしたのさ」
「まだ分からない。だから、調べるしかないぜ」
マクシムはナタリアと顔を見合わせる。
そもそも、この犬が正しいかどうかも分からない。
ただ、確信があるのだろう、自信を感じさせる確かな足取りだった(犬だけど)。
「証拠はあるの?」
「ない」
「ないの!? じゃあ、何を根拠に犯人って分かったのさ?」
「俺は名探偵だぜ」
それ以上の説明はなかった。それだけで説明は十分だと判断したのだろう。
ただ、身内であるカルメン大佐を犯人と名指ししているのだから『W・D』の言葉は信頼性が高い気がする。だが、やはり証拠は欲しかった。
「そもそも、どこへ移動しているのさ」
「あの場から離れたかっただけだぜ。どこかで作戦会議が必要だ」
「カルメン大佐が犯人だとしたら話は聞かれない方が良いんだね。じゃあ、ホテルに戻ろうか」
「それで良いぜ」
『W・D』はそう言ったのに、先頭のままだった。不思議なことに、場所を知るわけがないのに先導している。しかも方向は今のところ当たっている。
「ただ、俺を呼び出したのは頭領だ。だが、それを妨害しなったということは、カルメン大佐は自分が犯人だと判明するのも織り込み済みだぜ」
「バレるの前提ってどういう意味さ」
「そういう意味だよ。その辺りも含めて状況確認だな。そのための作戦会議だぜ」
「それ、僕らで良いの? 『士』の人たちに相談すべきというか……」
「カルメン大佐が犯人じゃなかったらそうしていたぜ」
「『W・D』って特務大尉なんだよね? 組織に弓引くみたいな……その辺り、大丈夫なの?」
「組織の論理は俺には関係ないぜ。安心しろ。組織ぐるみの犯罪じゃない。カルメン大佐の暴走だろうさ」
「その根拠は?」
「俺は名探偵だぜ」
『W・D』はまた一言で説明を終える。
この言葉の方がよほど決め台詞っぽかった。
マクシムたちはホテルにまで戻った(犬を入れることに少しだけホテル側が難色を見せたが、ナタリアがお金で黙らせた)。
そこでマクシムは今まで起きたことを説明する。
『W・D』は聞き終わってから「なるほどね」と頷く。
ナタリアが目を丸くしながら言う。
「分かったのですか?」
「殺害方法なら分からないぜ」
「……名探偵ですわよね?」
「名探偵だぜ」
「名探偵なら推理してくださいませんか……?」
『W・D』は文字通りの犬歯をむき出しにして笑う。
「違うな。名探偵は事件を解決するのが仕事だ。推理することが仕事じゃないぜ」
「いや、解決するために推理が必要なんじゃないの?」
「それは普通の探偵の仕事だぜ」
理屈も根拠も不要で解決に至る。
それが名探偵だ――と『W・D』は言うが、さすがにそれは乱暴な意見だろう。
マクシムはふと思いついた疑問をぶつける。
「『W・D』は名探偵として『士』の中でも信任されているんだよね」
「当然だぜ」
「じゃあさ、仮にカルメン大佐に『お前が犯人だ』って言ったら、カルメン大佐はそれを認めると思う? 証拠を見せろって言わないの」
「認める。間違いないぜ」
その根拠も分からないが、前提として認めてしまう。
この名探偵なら解決できるのだ。だとしたら、次に取る一手は決まっている。
「なら、とりあえずカルメン大佐を拘束してしまった方が良いんじゃない? 自白はしてくれるんだよね」
「結論を言う。それではダメだぜ」
「何故?」
「まず、カルメン大佐が大人しく拘束されるとは思えないぜ。犯人として自白することとそれは別問題だ。発覚することは前提として動いているからだ」
「でも、周囲の『士』の力を借りて制圧すれば良いだろ」
「間違いなく犠牲が出る。『士』の最高戦力の大佐だぜ? 仮にナタリアの力を借りたとしても無理だろうぜ」
続けた、次の『W・D』の言葉でマクシムたちは固まる。
「ナタリアが『竜騎士』であれば、その手段も考えたぜ」
「は……? それは……?」
ナタリアはマクシムにアイコンタクトを送ってきた。自分に任せて欲しいという意味だろう。
『士』に対して秘匿する意味があるかどうかは分からないが、『竜姫』という立ち位置は説明し辛いのも分かる。
『W・D』は飄々と続ける。
「俺は名探偵だぜ。どういう名前で立場かは分からないが、『竜騎士』とはにおいが違うぜ」
「……ワタクシは『竜騎士』ですわ。あなたの言葉を認めませんわ」
「別に俺も言い触らしたりはしないぜ。どうやらもっと厄介な立場なようだ。ただ、あんたじゃ緻密な制圧作戦は遂行できないだろ」
「必要であれば、それくらい可能ですわ」
「余計に犠牲が出るんじゃないか? ま、それよりもカルメン大佐の意図を読んで、解決する方が良いだろうな」
本当に『W・D』はこちらの状況を気にしていないのだろう。すぐに話題を戻した。
ナタリアの拍子抜けする表情を横目に、マクシムは質問する。
「カルメン大佐の意図は予想できているの」
「いや、全く」
「名探偵……」
「とりあえず、被害者の墜落死の謎について考えるか。ま、これはそう難しくないだろう」
「名探偵!」
「カルメン大佐は疑似的な空間転移が可能だぜ」
「そうですわね」とナタリアが首肯する。
「だから、魔法で移転させた時のポジションを高所にしてしまえば良い。ユーゴーに魔法をかけるのではなく、ユーゴーが移転する空間に魔法をかけたから遺体に痕跡が残っていなかったんだぜ」
『W・D』は自信満々に推理を披露した。
マクシムはナタリアに視線を送る。可能なの? と。
ナタリアは落胆の表情を隠しもせず、首を横に振った。
「いえ、そんな大魔法の痕跡を消すことは不可能ですわ。それに、検知した記録を見ましたが、疑似空間転移は使う対象に行使していますから、絶対に遺体に魔法が残ってしまいますわ」
「ふむ、空間に作用しているわけじゃないのか?」と『W・D』は推理に誤りがあってもふてぶてしいままだ。
「それが可能なのは完全空間転移ですわ。『大魔法つかい』にしか不可能な魔法です」
「じゃあ、『大魔法つかい』が協力したのかもな」
「単独での暴走みたいなことおっしゃっていませんでしたか?」
「なら、検知したのはカルメン大佐だ。その魔力を消すのも難しくはないだろう」
「いえ、魔法は痕跡が残るものです。消そうとした痕跡が残りますから、そういうことはできないですわ。それに別人も検知していますし、魔法がユーゴーに使われなかったのは間違いないかと」
「じゃあ、カルメン大佐が現場に疑似空間転移しただろう? それに紛れて分からなくなったんだぜ」
「それも難しいと思いますわ。時間が経ち過ぎているから二回分でキチンと別に記録が残ります。ちなみに、カルメン大佐の移動した分はキチンと記録に残っていますわ」
いくつか仮説を披露する『W・D』とすぐに否定するナタリア。
『W・D』は「あー、もう」と面倒くさそうに言う。
「カルメン大佐が犯人なのは間違いないんだ。手段は適当で良いだろ」
「おい、名探偵」
「俺は推理なんて全く興味ないんだぜ」
『W・D』は名探偵とは思えないとんでもない言い草だった。




