ハセ=初瀬
マクシムたちはディアマンテの街に来てからあった出来事をカルメン大佐たちに伝えた。
ヒトトセ・リョウと名乗る男が『案山子』の名代として現れ、伝言をしてきたことを。
カルメン大佐たちは困惑しているようだった。
彼女たちの知るヒトトセ・リョウは女性なのだから、当然かもしれない。
「一応確認するけど、ヒトトセ・リョウは男だったんだよねい?」
「ええ、明らかに男性の体つきでしたね。中性的な外見ではありましたが、間違いないと思います。ね?」
「はい、そうですわね。ワタクシも男性だと思いましたわ」
ナタリアに続き、シラも無言で首肯した。
カルメン大佐は悩まし気に呟く。
「じゃあ、ヒトトセ・リョウはコードネームのような使われ方をしているのかもしれない」
「あの人が『案山子』だったんですか」
「違うだろうねい。いや、話を聞いた限りだが、『案山子』は女性。ハセ・ミコトと呼ばれていることは確認できている」
「どこで確認したいるんです? いや、どういう経緯で確認したんです」
「ちょっとややこしいんだけどね。ヒトトセ・リョウと名乗る女が『案山子』の能力を使っているという目撃証言がある」
「ハセ・ミコトとはどういう関係になるのですか?」
「そいつはヒトトセ・リョウと名乗っていたんだが、『案山子』はハセ・ミコトで、自分は少し力を借りているだけ、と発言しているという記録もあるんだ」
確かにややこしかった。
ヒトトセ・リョウと名乗る女がいる。
そいつは『案山子』の能力を保持している。
ただし、力を借りているだけという発言もあり、本物の『案山子』はハセ・ミコトだ、という(そもそも、『案山子』の能力は貸し借りできるようなものなのか不明)。
さらにいえば、マクシムたちが会ったヒトトセ・リョウは男性だった。
マクシムは端的に指摘する。
「それ、ヒトトセ・リョウが適当に嘘を言っているだけでは?」
「その可能性もある。ただ、あたいらも把握できていない『案山子』がいる可能性は非常に高い」
「それ、たとえば、魔法とかで『案山子』と同じような殺し方を再現している可能性はないんですか」
「ない。あたいが魔力で確認したから間違いない。あたいより高位の魔法使いはまず『大魔法つかい』が思いつくけど、その可能性は排除して構わないだろうねい」
「根拠は?」
「あの人が殺すなら証拠を残すような真似はしないし、ほんのわずかでも疑われるような殺し方もしないだろうさ」
「根拠というよりも推理ですね」
「まぁね。でも、『大魔法つかい』が本気で隠すならもっと上手い殺し方があるさねい。で、それ以外に高位の魔法使いであっても、同様のことが言えるしねい。隠蔽と探査なら隠蔽の方が遥かに難しいんだよ」
なかなか説得力のある説明だった。
「その目撃って『士』の誰かですか?」
「いや、呪詛能力の継承者さ。それも後で紹介してやるよ。ただ、あの人らは『案山子』を名乗れるほどではないけどね」
「それ、ごまかしているだけって可能性はありますか? 本当はその目撃した継承者が犯人なのに実力を偽っていて、嘘の『案山子』をでっちあげたとか」
「多分、ない。こっちは根拠がないが、殺した相手との利害関係を考えると、ちょっと考えにくいからだねい」
マクシムたちが思いつくことの裏くらいは確認しているようだった。
そこで、ナタリアがふとという感じで言う。
「それにしても、名前を継承しているのですわね」
「名前を継承? ナタリアちゃん、それはどういう意味だねい?」
「いえ、ハセという名前を継承されているのだなぁ、と思っただけですわ。ワタクシたちはサバト家ですが、それとは異なっているのだなと思いました」
「それは勘違いさ。ハセが家名なんだ」
そこでカルメン大佐は紙を持ってきて、そこに書き記した。
──『初瀬』と。
見たこともない文字だったが、美しい字だったので模様のように見えた。
「これは古代使われていた文字での表記だね。これでハセと読む。意味は初めての川。死後渡るという一番目の川を意味する家名だよ」
「カルメン大佐、古代語にまで通じているのですか」
「多少嗜む程度にね。ちなみに、英雄ハセ・ナナセは『初瀬七瀬』と記名できる。つまり、死後渡る最初の川から最後の七つ目の川まで司るって意味になるねい」
「じゃあ、サトリやミコトは?」
「サトリは『悟』かね。ミコトは多分『命』。ま、こちらはあたいの勘だから違っている可能性もある。これらは殺し屋としての名前で、本名は別にあるんだろうねい。あたいは知らないけど」
「ハセ・ナナセって偽名だったのですか? 知りませんでしたわ」
ナタリアが驚いているが、冷静に考えると殺し屋が本名を名乗るわけもないだろう。
司法による裁きを受けていないのがおかしい存在なのだから。
「いや、ごめん。ただの勘だから違うかもしれない。とにかく『案山子』はややこしい存在だったんだよ」
カルメン大佐は簡単にまとめてしまった。
「ただ、英雄ハセ・ナナセは歴史上最強の『案山子』だったんだよねい。だから、他の『案山子』はそこまで異常ではなかったのかもしれない」
「そうなんですか? ハセ・ナナセ以前の『案山子』は?」
「歴史の表舞台に出たのは彼女が初めてだったから詳細は不明。でも、他の呪詛蒐集能力者と比較すると断言できるね」
「そんなデータがあるんですか?」
「ああ。ハセ・ナナセは『魔王』討伐の際、人の形をした『魔王の眷属』を皆殺しにしたんだ。現代では、侵略してくる『魔王の眷属』──腕の化け物のように非人型タイプしかいない。正確な戦闘記録ではないが、英雄たちの戦いにおいて、『魔王の眷属』の約六割は人型タイプだったはずだけど、『案山子』ハセ・ナナセが皆殺しにした。抵抗する間もなく胸元を一突きで終わりだからね。英雄の中でも彼女の討伐数は随一だよ」
「異常すぎませんか、それ……」
「だから、現代の『案山子』ハセ・ミコトが同等クラスだと仮定すると、死ぬほど危険だって分かっただろ?」
「はい」
思った以上に危険ということが理解できた。
マクシムはそれでも途中で降りることはできないと考え、カルメン大佐たちに聞き残していたことを確認する。
「『士』という組織から僕らに何か要求はありますか?」
「情報共有は積極的に。適宜要望は出させて貰うよ」
「ちなみに、拒否権は」
「あるよ、もちろん。ただ、これ以上の情報提供はこちらも行わない。意地悪じゃないよ。危険な行為だからねい」
なるほど。
マクシムはナタリア、シラに視線を送ってから首肯をした。
「これからもよろしくお願いします」




