依頼
ヒトトセ・リョウは「『案山子』は人を殺さない」と言った。
カルメン大佐は「『案山子』が殺したと思われる死体が出ている」と言った。
状況はマクシムたちが考えるより複雑なようだった。
マクシムはカルメン大佐の言葉に驚いた。
「え、『士』でも『案山子』が誰なのか分かっていないんですね」
「前の代までは割と良好な関係が築けていたんだけどね。今は正体不明になってしまったんだよ」
「それはどうして」
「継承に失敗したと思っていたし、そう観測されていたからだよ」
カルメン大佐の説明は続いた。
英雄である『案山子』ハセ・ナナセの次の『案山子』までは『士』と関係はあったようだ。
ただ、そのナナセの後継者、『案山子』ハセ・サトリはあまり能力的には優れていなかった。
殺しの仕事をこなせるレベルに達しておらず、本来であれば『案山子』を名乗れる域ではなかったのだ。
ただ、それは平和な時代の流れを考えると、むしろ、幸いなことだった。
このまま歴史の流れに埋没する、それが『案山子』のあるべき姿だと考える者も少なくなかった。
「そういえば、ハセ・ナナセはもう亡くなっているんですよね」
「ああ、その次の『案山子』ハセ・サトリも亡くなっている」
「ちなみに、それ不審な点は?」
「ない。どちらも病死だ。古いけど、解剖所見も複数あるから興味があるなら読むかい? 念のために言っておくが、全然面識のない人間にやらせて、結果は一致している」
「いえ、結構です」
一応マクシムは確認したが、たとえば、『案山子』が生き残っていて、それが事件を起こしている、というような可能性はないようだ。
「ちなみに、ハセ・サトリが亡くなったのはもう四十年くらい前だから今回の件にはどう考えても無関係だね。それから『案山子』を名乗る人間はいなくなった」
「そうなんですの? ワタクシ、ひいおじい様から聞いた話で、現在も『案山子』は存在しているのかと思っていました」
「いや、正確には技術継承はされているんだよ。ただ本来の意味での『案山子』を名乗れるほど強力な能力者がいないんだ。技術保管・管理のためと言えば分かりやすいかねい」
「根本的な疑問で恐縮ですが、『案山子』とは何なのですか? 最強の殺し屋としかワタクシたちは知りませんの」
ナタリアの疑問にカルメン大佐は「ふむ」と唸った。
「さて、その疑問に答えるのはなかなか難しい」
「そもそも、最強の殺し屋とはどういう存在なのですか」
「曾祖父から話は聞いていないのかい?」
「教えてくれなかったのですわ。あまり知るべきではない、とおっしゃっていました」
アメデオさんの気持ち、よく分かるよ、とカルメン大佐は言った。
「知りたくない人は出て行った方が良いよ」
マクシムは出るつもりなかった。
だが、シラはさすがに七歳と子どもすぎるので出した方が良いだろう。
シラは子ども扱いするなと不服そうに拒否した。。
「聞く」
「そっか。まぁ、うん。分かったよ」
カルメン大佐もシラの決断を尊重し、アッサリと『案山子』の能力について語った。
「不可避の遠隔殺人能力。それこそが『案山子』の殺し方だよ」
「不可避の遠隔殺人能力……具体的には教えていただけるのでしょうか?」
ナタリアの質問に「試しに実演してやるよ」とカルメン大佐は軽く請け負った。
「実演?」
「殺しではなく『案山子』の能力の実演な。これだ」
マクシムたちの目の前で、カルメン大佐は自分の手のひらを見せた。
それは本当に小さな、手のひらサイズの人形が載っていた。
人差し指程度のサイズしかなかったが、明確な特徴があった。
ナタリアが少し困惑しながら言う。
「これは、ワタクシ、ですか? ワタクシを模した人形ですわよね?」
「正解」
「よくできておりますわね……」
小さいが、確かにナタリアだと分かるくらいに精細な構造の人形だった。
爪先ほどもない瞳さえも、彼女と同じ深い碧眼をしている。
その時だった。
その人形の瞳が、ギロリとこちらを見た。いや、睨んだ。
「え?」
それはマクシム自身、誰が漏らした声か分からなかった。
人形が、まるで意識があるようにマクシムを見たのだ。
そこでカルメン大佐は笑いながら言う。
「さて、『竜騎士』さま。あなたの恋人に対する不満があればお聞かせ願えますか」
「え、何をおっしゃられているのですか、カルメン様」というナタリアの声は、全く同じ声で遮られた。
『もっとマクシムとイチャイチャしたいですわー! なのに、全然ですわー!』
「は?」
『昨日の夜も、ワタクシ待っておりましたのに! ちゃんとお風呂にも入ってましたのに! 最悪ですわ! もっと可愛いとか言って欲しいのに! 鈍感二股野郎ですわー!』
「いやいやいやいや!」
ナタリアは真っ赤になって狼狽している。何を言っているのですか、と否定することもできていない。
あー、マジかぁとマクシムも顔を赤くするしかなかった。
と、そこでカルメン大佐は人形を消した。
どこか申し訳なさそうに言う。
「いや、本当にナタリアちゃんは良い子だね」
しかし、それどころではなかった。
大佐のフォローになっていないフォローを無視して、マクシムはシラに訊ねる。
「えーっと、シラ。ナタリアと同じ部屋だったよね」
「うん、でも、お姉ちゃん、結構長いこといなかった」
「じゃあ、どこか別に部屋を借りたのか」
「知りません! 知りませんわ! ちょっと一緒に散歩したいと思っていただけですし! 本当ですのよ!?」
「えーっと、ナタリア、超可愛いよ」
「今欲しい言葉ではありませんわ!」
ギャーギャー言っていると、ベニート大尉は「若いって良いですね」と微笑ましそうに感想を言った。
そこでナタリアは真っ赤なまま叫ぶ。
「今のは何だったのですか!?」
「これが『案山子』の能力、の一部分。呪詛を集めて、ヒトガタを作ったんだよい」
と、そこまで騒いでいた空気が、固まった。
マクシムが代表して質問する。
「もう少し詳しく説明して貰えますか」
「『案山子』の能力は呪詛と呼ばれるものを蒐集。呪う対象のヒトガタを作り出し、それに作用することで殺害を行うんだ」
「え、ということは、カルメン大佐も『案山子』ということですか?」
「いや、あたいの場合は、魔法で仮想的に再現しているだけだし、そもそも、『案山子』の名を継承するためにはヒトガタを人間大のサイズで作成するほど、呪詛蒐集に特化しないとダメなんだよい」
「え、これ、人間大のサイズにできたら何かあるんですか?」
「直接攻撃ができる。つまり、一方的に殺せるってことだよ」
あまりの殺人能力にマクシムは驚きの声をあげる。
「はぁ!? それ、避けられないんですか」
「無理だよ。作られたら殺される。だから、不可避の遠隔殺人能力なんだよい」
「何か条件とか副作用とか制限はないんですか」
「英雄『案山子』ハセ・ナナセは相手を指定さえできれば、無条件で殺害できたようだねい」
「それ、無茶苦茶じゃないですか……」
「無茶苦茶なんだよ。だから、最強の殺し屋なんだよ」
本当に無茶苦茶な能力だった。
最強の殺し屋の名に相応しい圧倒的さだった。
「え、じゃあ、たとえば、僕らも次の瞬間に命を奪われる可能性があるってことですか……?」
「可能性としてはね」
「それ、カルメン大佐のサイズでは不可能なんですよね」
「ああ。あたいにできるのは、その人の本音をちょっと引き出して情報収集する程度。それも、かなり誇張されていたりするから不正確だったりする。それに、魔力の消費量も半端ないから実戦的でもない」
この小さなヒトガタを作るだけでも、一級の魔法で十発分ほどの魔力が必要らしい。確かにコストパフォーマンスで考えると非常に悪いようだ。
「ちなみに、あたいがナタリアちゃんのことを良い子って言ったのは、あの程度の暴言だったからだよ。もっと下卑た感じになるのが普通だからね」
「全然嬉しくありませんわ……」
「じゃあ、そこのマクシム君でやってみようか」
「お願いですから、絶対に止めてください!」
マクシムは全力で叫んで止める。
カルメン大佐は笑ったまま何も言わない。超怖い。
「仮想的に再現できるほどの腕前。カルメン大佐は国内でも相当高位の魔法使いなのですね」
ナタリアの言葉に、カルメン大佐は軽く肩を竦めた。
肯定の仕草ということか。
「ちなみに、ハセ・サトリは人間大のヒトガタの作成はできなかった。ま、子どもくらいのサイズはできていたから相当に害することはできていたはずだけどね。実のところ、『案山子』と名乗るには少し物足りなかった」
「それ、相当才能がないと『案山子』にはなれないってことですよね」
「その通り。で、あたいたちの知る限り、現代ではその域に達した能力者はいないはずだった」
「でも、ハセ・ミコトはその域に達しているということですか」
マクシムが軽く言った一言で、カルメン大佐は目を剥いた。
「ちょっと待ちない! その名前をどうして知っているの!?」
マクシムはどうしてそんな剣幕になっているのか理解できないながらも、答える。
「えっと、ヒトトセ・リョウに教えられて」
「ヒトトセ・リョウ!?」
カルメン大佐だけでなく、ベニート大尉も顔色を変えている。
「えーっと、僕、何か変なことを言いましたか」
「もうちょっと情報交換をしっかりした方が良さそうだねい。ひとつ教えておくよ。
ヒトトセ・リョウと名乗る女が現代の『案山子』最有力候補だ」




