カルメン大佐
カルメン大佐はナタリアを見ながら、へー、と感心するように頷いた。
「それにしても『竜騎士』か。珍しいお客さんだね。あたいは久しぶりに会ったよ」
「僕は初めてです」
ベニート大尉が言うと、カルメン大佐は「そうかもね」と言った。
「ベニートはジャーダ勤務の経験はなかったのかい」
「ええ、ザッフィーロからこっちなので」
「ま、あんたの能力じゃ海上防衛戦は難しいしね。ピッキエーレくらい剣の実力があっても場合によっては危険だ。あいつはこの間の戦闘で足を喪失したらしいぞ」
「さっき、この方たちから伺いました。どうして教えてくれなかったんです?」
「いや、あたいもさっき知ったんだよ。本部から連絡がきた時に雑談で」
「ざつだん」
「ただ、良い義足さえ用意できれば、まだまだ前線で戦えるらしいぞ」
「それはさすがですね」
「そもそも、大ケガした時点で不覚だがねい」
そんな雑談を気楽な様子でしているが、これは機密事項ではないのだろうか。
ナタリアが問いかける。
「カルメン大佐はワタクシの親族と面識があったのですか?」
「ああ、少しだけね。アメデオさんにもお世話になったことがあるよ。あとはあんたのご両親とも会話したことがあるし、まぁ、長いことこの仕事をしていたらいろいろあるんだよ」
「そうなのですか……」
「そういえば、残念だったね。アメデオさん、『魔王の眷属』との戦闘で亡くなったんだろ」
「ええ」
「あの人は強かった。だから、十一年前の戦いも不本意だったろうね」
「……はい」
「だからこそ、あの人はこの前の戦いであんたらを守れて良かった気もするよ。さすがは英雄だねい」
「そうですわね。ワタクシもそうだと思いますわ」
少しだけしんみりした様子でカルメン大佐はそう言った。
そこでガラじゃないと思ったのか、咳払いをする。
「で、そこのお嬢ちゃんもあんたらの身内かい?」
「シラはワタクシの妹ですわ」
「獣人種がサバト家に入っていたのは知らなかったよ。シラちゃん、あんたの家名は?」
「サバト」とシラは言葉少なく応えた。
「いや、その前だよ。あんたの母か父の家名だ」
「知らない」
「それは何か重要なことなのでしょうか?」
ナタリアが問いかけると、カルメン大佐は首を横に振った。
「いや、ただの雑談。同族だからどこの出か気になっただけ。ま、もうサバト家に入ったなら関係ないか」
「うん」
カルメン大佐はもう気にしないとばかりに、今度はマクシムに向き直った。
「で、アンタがピッキエーレの報告書に出た少年だろ。名前は、確か……マクシム・マルタン」
「報告書に記載されちゃったんですか?」
「ああ、特異能力者らしいじゃないか。植物を操るんだろ。ちょっと見せてくれないか」
マクシムはチラッと見て、少しだけ萎れていた花を操作、鮮やかに吹き返らせた。それだけでは不足か、と更に力を加えると、一輪の花が巨大に成長させる。
それは他の花の十倍近い大きさになった。
カルメン大佐とベニート大尉は「おおお!」と声をあげる。
二人は心底から感動しているようだった。
演技ではない、声を震わせながら絶賛する。
「凄い能力だぞ! ベニート、今すぐ『士』にスカウトすべきじゃないかい!」
「これなら花屋タイランの赤字経営に終止符を打てるかもしれません!」
「えーっと、恐縮です」
多分、この花屋が流行っていない理由は別にあるよなぁ、と思ったが言わなかった。
ナタリアが少し焦った様子で言う。
「すみません、マクシムは『士』には入りませんわ」
「冗談だよ。うちの花を全体的に綺麗に、派手にして欲しいのは本気だけどね。あんたの恋人を危険な仕事にスカウトするつもりはないさ」
「あ、いえ、そういう意味では、いや、ありますが……」
「本当に恋人なのかい? なんか同じ匂いがするなとは思ったんだがねい」
「それは本当ですの!?」とナタリア。
「いやいや、そんなことあるわけないでしょ」とマクシム。
「冗談でもないんだがね。ま、良いか。で、あたいらに頼みたいことがあるって聞いたんだけど?」
ナタリアは気分を取り返すように咳払いをひとつ。
「ええ、実は『案山子』について教えて欲しいのですわ」
「あんた、危険な仕事したいなら本当に『士』にスカウトしてあげようか? 殉職率は他の仕事とは比べ物にならないよ?」
「やはり『案山子』を調べるのは危険でしょうか」
「そりゃね。正直、『案山子』に関わるくらいなら、いろんなことを放棄して逃げた方が良いよ。これは本気のアドバイス。『案山子』を知りたい理由を教えてよ」
マクシムたちは『案山子』に会いたい理由を応える。
ただ、それはアダム・ザッカーバードについては一切触れず、『大魔法つかい』に訊ねたいことがあって、そのために『案山子』に話を聞きたいという内容で説明を行った。『竜騎士』について知りたいという体裁を整える。
カルメン大佐は「ふむ」と唸った。
「『大魔法つかい』に会いたい、かい。それはなかなか無謀な挑戦だね」
「やっぱり、そうですか」
「ああ、究極の魔法使いにして、不老不死のハイエルフ。おとぎ話の存在だからね。あたいなら挑戦しようとは思わない」
「ですが、どうしても必要なのですわ」
「挑戦するのは自由かもしれないけど、期待はしない方がおススメね。『案山子』についても提供できる情報は教えてあげる、って、ちょっと前なら言えたんだけどね。今は状況が悪い」
「というのは?」
「『案山子』が殺害したと思われる死体が出ている。そして、『案山子』が誰かはあたいらも把握できていない」




