ディアマンテ支部
マクシムたちはひとまず、ヒトトセ・リョウが本当に『案山子』の名代なのかどうかを調べることに決めた。
彼の素性から『案山子』に迫れるのではないか、と考えたのだ。
ただ、最強の殺し屋がコンタクトを拒んだのだ。
それに抵触する行為、気分を害するかもしれない行為はかなりの危険を伴っていた。
ただ、向こうも『竜騎士』を強く警戒しているのだから、それなりに均衡は保たれているだろう、とマクシムたちは決断したのだった。
ナタリアはそれまで温めていたアイデアを発表するように言う。
「まずは『士』のディアマンテ支部へ行きましょう!」
「場所は分かるの?」
「ええ、もちろん。アポも取りましたわ」
「へー、さすが。知っている人がいるの?」
「いえ、結局、イーサン経由です。ただ『竜騎士』の名前はなかなか強力ですので、特に拒否されることもありませんでしたわ」
「使えるコネは積極的に使っていこう」
ということで、マクシムたちは『士』のディアマンテ支部へと向かった。
ただし、『士』はちょっと普通の組織とは一味違っていた。
マクシムたちは現地に到着後、言葉を失う。
「えーっと、本当にここ、なの……?」
「ええ、ここのはず、ですわ……」
ナタリアとマクシムは顔を見合わせて苦笑し合う。
それは半信半疑というか、どうして良いのか分からない表情だった。
シラは看板を見ながら言う。
「花屋タイラン」
『士』のディアマンテ支部は高層建築物が建ち並ぶ場所から少し離れたエリアにあった。
少し低めの五階建てビルの一階だった。
花屋タイランという看板がかかっているお店が『士』のディアマンテ支部らしい。
他の階は別のテナントが入っているが、『士』との関係は不明。
ナタリアは住所を確認してから頷く。
「はい、間違いありませんわ。住所は合っています」
「そうなんだ……」
「もしかして、疑っています?」
「いや、疑うとかじゃなくて、意味が分からなくて……花屋? 花屋が『士』の支部? あんまり流行ってなさそうだけど、偽装ってこと?」
「分かりませんが、とりあえず、入ってみましょう」
お店の中は暖房が入っていて、しかも、湿度も高いのかムワッとした空気が充満していた。
それに濃い花の香り。
色とりどりの多彩な花が店頭に並べられている。
間違いなく生花だ。
それはこの店が本物の花屋である証でもあった。
ただ、シラはボソッと言う。
「間違いない」
「シラ? どういう意味ですか?」
「ここ、『士』の支部」
どういうこと、と問い質す時間はなかった。
「いらっしゃいませー」
という野太い声と一緒に店員がやってきた。野太い声?
現れたフリルのついたエプロン姿の店員は、やたらと筋骨隆々で、更には顔面に大きな切り傷があった。
年齢は四十歳前後であろう。
髪型はモヒカンだ。
泣く子も黙る、鬼の笑顔で接客する。
「ご用件はなんでしょう?」
ちなみに、シラは武器独特の鉄臭さを嗅ぎ取っていたのだが、そういう確認も要らないくらい、その男の存在は花屋に似合っておらず異様だった。
マクシムたちは確信した。
ああ、間違いなくここは『士』の支部だ、と。
+++
マクシムたちが名乗り要件を伝えると、店員は早々にお店をクローズドしてくれた。
お店を閉めて大丈夫なのかという疑問は生まれなかった。
このお店で花を買う人間は、まぁ、控えめに言っても、あまりいないだろう。なんというか、非合法感が半端なかった。
店員はベニートと名乗った。
マクシムがピッキエーレ少佐について触れると、ベニートは懐かしそうに笑った。
「あー、ピッキエーレ少佐? ええ、知っていますよ。元部下ですね」
「少佐が部下ということは、ベニートさんは階級はもっと上なんですよね」
「いや、今は下で、僕は大尉です。ピッキエーレ少佐は優秀だったから早々に抜かれてしまいましたよ。はっはっは」
「そうなんですね」反応に困って苦笑い。
「ええ、『士』の佐官は14人しかいませんから。そもそも、選考が厳しくて、年齢で上がれるのは大尉で打ち止めなんです。僕は退役まで大尉でしょうね」
「じゃあ、ピッキエーレ少佐、凄かったんですね」
「ええ、とても優秀ですから。実際、強かったでしょ? 剣技においては『士』でも屈指です」
「はい、凄かったです」
ベニート大尉はあっはっはっは、と大きな口を開けて笑った。
強面に反して、かなり明朗快活な人間性らしい。
体格のせいでティーセットがオモチャのように見えたが、お茶も良いものを丁寧な仕草で出してくれた。細やかな人格が伺える。
「そういえば、ピッキエーレ少佐、ケガは大丈夫だったんですか?」
「彼、ケガしたんですか?」
「ええ、腕の化け物と交戦したんですよ。『魔王の眷属』の、知りませんか」
「いや、知りませんでした。交戦したことは知っていたんですが、ケガまでは情報なかったですね」
「足をかなり。その、失ってしまったので……」
「あー、それは……。ピッキエーレ少佐、回復魔法でどうにかできるケガだったら良いですけど、後方にいくしかないかもしれないなぁ……。大変だったんですね」
「ええ、まぁ」
「十四振りしかない硝子の剣は誰が授けられるのか……いや、まぁ、それはこっちの話ですから。
で、ナタリアさんが『竜騎士』と。なるほど……了解しました」
ベニート大尉は時計を見て続ける。
「詳しい話は僕の上司が帰って来てからにしましょうか。多分、そろそろなんで……」
それは図ったようなタイミングだった。
「ぅおぉおおおおぉおぉぉおい! べにーとぉぉ!」
それは怒りに満ちた叫び声だった。
怒鳴られたベニート大尉は平静な様子で答える。
「はい、こちらです」
「お前、何勝手に店閉めてんだよ! 良いか! ちったぁ花を売らないと怪しいだろうがよ!」
「こちら、お客さんです」
「あぁん?」
怒りを見せているのは一人の女性だった。
カミソリのような印象をマクシムは感じていた。
年齢は二十歳前後だろうか。
しかし、年齢は不詳だった。
なぜならば、彼女の種族は成人である期間が長いから。
チラッと隣を見ると、シラは大きな目を丸くしている。そして、ナタリアも似たような表情だった。
ベニート大尉はマクシムたちをジェスチャーで紹介しながら言う。
「カルメン大佐、こちらは『竜騎士』の一行です」
「あぁん? ああ、あの」
斜に構えた視線をこちらに向けている。
カルメン大佐の頭頂部には一対の尖った耳がある。
つまり、獣人種。
『士』でたった三人しかいない大佐。
カルメン・ピコット──『士』最高戦力の一人は獣人種の女性であった。




