ヒトトセ・リョウ
マクシムは内心で頭を抱える。
『案山子』はマクシムたちに自分からコンタクトを取ってきたくせに『会うのは勘弁』と断ってきた。
人見知りをする殺し屋──想像すると存在そのものが面白いが、シンプルに警戒されているだけだろう。
マクシムは一応訊ねる。
「質問して良い? どうして『案山子』ハセ・ミコトは僕らに会いたくないの?」
「えええ!? どうして、『案山子』がハセ・ミコトという名前であることを知っているのでありますか!?」
「いや、あんたが自分で言ったでしょ」
「自分が、でありますか……?」
ヒトトセ・リョウは首を傾げる。
本当なのかとぼけているのか分からないが、変な奴だ、とマクシムたちは確信する。
マクシムは気を取り直して会話を続ける。
「どうして会いたくないのか、その理由は教えて貰えるの?」
「ところで、どうして『竜騎士』ではなく、この男と会話をしているのでありますか? この男は何者でありますか?」
「……ナタリア、任せた」
「任せられても困りますが……」
「いや、確かに見ず知らずの人間よりも、ナタリアの方が適任かなって」
ナタリアはため息を一つ。
「……ヒトトセ様、『案山子』がワタクシたちと会いたくない理由について教えていただけますか」
「それは無理であります! 『竜騎士』を殺害したら、竜による報復行為があるので素性を明かしたくなんて言いたくないであります!」
「えーっと……。そうですわね。こちらだけ素性を知られているのは少し怖いですが、殺し屋である『案山子』の顔は、ワタクシたちも知らない方が良いのかもしれませんわね」
「『案山子』はもうそういう存在ではありません。殺しはしてないであります!」
「そ、そうなのですか……」
ナタリアが強張った笑顔で頷く。
マクシムは頭痛を堪えるようにしてナタリアに訊ねる。
「竜の報復ってあるの?」
「ワタクシも詳しいことは知らないのですが、あっても不思議はないと思いますわ」
「どうしてナタリアが知らないのさ。いや、その知らない情報をどうして『案山子』サイドは知っているのさ」
「分かりません。そもそも、『竜騎士』が殺されることがほとんどありませんし……。ひいおじい様が教えていた可能性もなくはないですが、どうしてそんな情報を知っているのかなんて分かるわけありませんわ」
それもそうか、とマクシムは納得する。
竜は案外嫉妬深いような気がするから『自分の竜騎士』が殺されたら報復する個体がいてもおかしくはない。
そう考えると、ニルデの件でマクシムがあの竜に殺されなかったのは、手を出さないという口約束のおかげだったのかもしれない。
あれがなかったら、この世にはいなかったのかぁ、とそう思い至って血の気が引いた。
シラは目敏く指摘する。
「ナタリアお姉ちゃん、捨てたら殺すから」
「下手に手を出した時点で殺されそうな気がするんだけど……」
「また、エッチなことばかり」
「そ、そうなんですの? 手を出すってそういう意味ですの?」
「お姉ちゃん、嬉しそう」
「ち、違いますから! 本当に違いますから!」
違うから、とマクシムも軽く笑いながら手を振る。
ナタリアが密かに膨れたのを彼は見逃し、シラは目撃した。
その会話を直立不動なのに、どこか阿呆のように見ていたヒトトセはポンと手を打つ。
「なるほど、その男は『竜騎士』ナタリア・サバトの恋人でありますか。伴侶の資格を得ているのであります?」
「ち、違いますから! まだ伴侶ではありませんから!」
「まだ……なるほど、要注意人物でありますね!」
そこは情報を与えずにボカした方が良かった気がするが、そういう駆け引きをナタリアに求めるのは間違いかもしれない。その真っすぐさが彼女の強みで、魅力だから。
ヒトトセは続ける。
「そこの伴侶候補の人! 自分に無礼だから名乗れと言ったのだからあなたも名乗るべきであります!」
「そうだね。僕はマクシム・マルタン」
端的に名乗って、一応補足する。
「『料理人』の血縁って言えば分かる?」
「どこのレストランの料理人でありますか?」
「いいや、何でもない。忘れて良いよ」
「? ハイであります」
『料理人』アダム・ザッカーバードのことまでは把握していないのか、それとも知っていてとぼけているのか分からなかった。
ただ、『案山子』が知っていても、ヒトトセ・リョウには伝えていない情報もあるだろうからそういう意味でも考えるべきことは多かった。
読み合いをしようとも、そこまで考えることが得意ではないマクシムとしてはお手上げである。
「『案山子』は僕らの目的、知らないんだよね」
「ハイであります。『案山子』は自分が探されていることは理解しているであります」
「じゃあ、目的を言うね。僕らは『大魔法つかい』を探しているんだ。『案山子』なら居場所が分かるかもしれないっていう情報を得たから訪ねた。会えなくても構わないから力を借りたいんだ。これ、伝えてもらえる?」
「ハイであります! 伝言は承知したであります!」
そこでヒトトセは申し訳なさそうに言う。
「伝言は伝えるでありますが、おそらく無駄だと思うであります」
「どうしてさ」
「『案山子』は別に人探しの専門家ではないであります。人の考えが多少読めるだけであります。本気で隠れている『大魔法つかい』は探せないと思うであります」
『案山子』は人の考えが多少読めるだけ――それはかなり貴重な情報だった。
それよりも、少しマクシムは思っていることがあった。
「ところでさ、いつまで立ち話するのさ。どこか座れる場所で話さない?」
「自分の仕事は終わったであります!」
「あ、そうなんだ」
「……」
「……」
「えーっと、他にはないんだ?」
「ハイであります!」
「……じゃあ、伝言お願いね」
「ハイであります! さようならであります!」
マクシムたちが手を振ると、ヒトトセはキビキビした動作で去っていった。
自分の目的を叶えたら振り返らない姿はいっそ清々しさもあった。
不思議なことがあった。
車や人通りが急速に復活した。
まるで、このわずかな時間だけ、この周囲の空間が切り出されていたような錯覚をマクシムは感じていた。
マクシムは二人に提案する。
「とりあえず、一回ホテルに戻らない? 状況を整理したいし」
「そうですわね。妙に疲れましたわ」
「シラはお腹空いた」
+++
ホテルの中にあるレストランは喫茶店としても使えるので、そこで休憩することにした。
マクシムはブラックコーヒーを飲みながら嘆息する。
「なんというか、疲れたね……」
「ですわね。あ! 疲れたなら甘いものはいかがです?」
「あ、いや、実はそんなに得意じゃなくて」
「そうですか……」
少しションボリしているナタリアの前には加糖のカフェオレとショートケーキ。
彼女はどのケーキにするかでかなり迷いに迷っていた。
「ディアマンテはお料理もかなり美味しいのですよ」
「お姉ちゃん、甘党」
「シラも美味しいですか?」
「うん、満足」
シラの前には特大サイズのステーキ。飲み物は赤ワインと七歳児とは思えない間食だった。いや、年齢を考慮しなくても間食としてはおかしい気もする。
「そんなに食べて、夕食、入らなくならないの?」
「? なぜ?」
「マクシム。シラは一日五食なので大丈夫ですわ」
「え、僕の知らないところでそんなに食べてたの。食べ過ぎじゃないんだよね」
「ええ、それくらい食べないと痩せてしまうのですわ。正直、マクシムのお家では少なかったくらいです。アルコールも獣人種は分解酵素がワタクシたちとは別物なので大丈夫、というか、アルコールは必須なのですわ」
ブドウのジュースではちょっと物足りないらしい。もちろん、水であれば問題ないが、アルコールがある方が獣人種には合うようだ。閑話休題。
「それよりも、お前だ」
「僕?」
「お姉ちゃんは甘いもの好き。デートするならそういう店も得意じゃないとダメ」
「シ、シラ……。いえ、ちょっとスイーツ巡りとか考えていましたが、それよりも『案山子』の件ですわ」
「少しくらいなら良いと思うし、どこか行きたいショップがあるなら教えてよ。せっかくの大都市だし」
「そ、そうですか? それでは甘さ控えめのスイーツショップも結構チェックしておりますから――」
「お姉ちゃん、脱線」
「シラが最初に話題を振ってきたのではありませんか。もう!」
ナタリアは少しだけ憤慨してみせて、それから気を取り直したように咳払いをする。
「しかし、どうしてヒトトセ・リョウ様はワタクシたちにコンタクトを取ろうと思ったのでしょうね」
「牽制じゃない? 隠れていてもどうにか探す手段はあるでしょ。いつかは見つかるなら先にコンタクトを取ってコントロールしようとすることもあるんじゃない?」
「それにしてもタイミングが完璧ではありませんか? ワタクシたちがディアマンテに来てすぐですよ?」
「それは、分からないけど、人の考えが読めるなら、ありえるんじゃないかなぁ」
「ワタクシ、少し思いついたことがありまして」
「なに?」
「ワタクシたち以上に、厄介なことが起きているのではないかな、と。それに対応するために現れたのではないでしょうか?」
「厄介なこと……何?」
「それは分かりませんが、厄介なことって続くことがよくありませんか?」
「それは分かるよ。ただ……」
「ただ?」
「そういう不吉なことを言うと、巻き込まれるのもよくあるって思わない?」
+++
ディアマンテの街では、今、正体不明の殺人鬼の脅威に襲われていた。
その死体は体の中心──胸元に大きな穴が空いているという。
それは『案山子』の殺害方法と酷似していた……。




