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空・二人

 ディアマンテの街への移動手段は竜になった。

 ついに、『竜姫』ナタリア・サバトの騎乗する竜が決定したからだ。

 選ばれた竜はリトル。

 つまりは最も幼い竜の子である。


 リトルが選ばれた理由はただ一つ、最も幼いからだ。

 竜たちの中で航空能力も戦闘能力も最も低いが、年若いというどうしようもない指標が故に納得しやすかったということである。

 ちなみに、危うく竜同士で戦争が勃発する直前までいったのだが、それは回避された。地味に世界の危機だったが閑話休題。

 とりあえず、『竜姫』を電車や車で移動させる方が、ちょっと竜としての沽券に関わるのではないか、という意識が生まれたこともあった。

 いろいろ竜の中で妥協し、妥当の結果がリトルであった。


 今、リトルの両足には駕籠がそれぞれつけられている。

 用意したのはシラとナタリアで、素材と道具はマルタン家に任せて作製していた。

 マクシムはルチアにキスされた件で、頭がよく回っていなくて、そのまま駕籠に入ろうとして呼び止められる。


「マクシムさん」


 呼び止めたのは満面の笑顔のナタリア。

 今まで見たこともないほど素敵な笑顔だった。

 マクシムは見ず聞かずの体勢でそのまま駕籠に入ろうとするが、


「リトル」


 ナタリアは名前を呼んだだけだが、余計な言葉など不要だった。

 命じられた竜のリトルはすまなさそうな感じで、マクシムの首根っこを爪先で掴んでそのまま自分の背中に乗せる。

 マクシムは抵抗する気力も湧かずにリトルにしがみついて落ちないようにする。以前騎乗した時とは違って、不思議なほど不安定だった。

 KUUN――と同情するような声をかけられた、気がした。

 ナタリアも軽快にリトルへ騎乗する。

 シラが駕籠に入ったのを見てから、笑顔が張り付いたままのナタリアは一言。


「リトル、ゴー」


 リトル、飛翔。


   +++


 『竜騎士』は竜に騎乗する際、特別な手綱を必要としない。

 長期遠征の場合など鞍や手綱を用意する場合はある。ただ、必要としない。というよりも、高高度での高速移動において、尋常なものでは意味がないからだ。


 『竜騎士』は強い魔力での結び付きから人竜一体となる。磁石がくっつくように手を離していても何の不都合もなくなる。

 そうでなければ、高速移動をはじめとした空中戦力にならない。

 だから逆に、長期間では省魔力のために鞍や手綱を準備するということになる。

 それは『竜姫』であっても別ではない。

 つまり、魔力的な繋がりがないと、竜に騎乗することは叶わない。


 リトルが飛翔した時、マクシムは必死になって首根っこに掴まっていた。

 あまりの風圧に必死でしがみつくが、緊張もあり、すぐに握力がなくなる。

 どうにか体全体でしがみつき、接地面積を増やして耐える。

 それは傾斜角が垂直を超えるロッククライミングを超越した体験。

 マクシムはお腹の底が冷えるほどの恐怖を感じていた。

 ナタリアはのんびりした口調で言う。


「マクシムさん、良い天気ですわよ」

「――――!?」


 マクシムは返事もできない。というか、言葉にできない。

 天国と地獄が、ほんのわずかな距離で混在していた。

 モヤモヤした感情の八つ当たりであることは重々承知していたが――ナタリアは必死なマクシムの様子に、少しだけゾクゾクする。

 彼女は自分の嗜虐的な部分に初めて気づいて、もう少しだけ様子を見ようと思った。別にカバーしているから大丈夫だろう、と。

 だが、それよりもマクシムの限界の方が先だった。


「っ!?」

「え?」


 マクシムはリトルの背中の上で最も安全なところへ避難する。

 すなわち、ナタリアのところ。

 それは本当に考えてのことではなく、必死の無意識の選択でしかなかった。

 マクシムは全力でナタリアに抱き着いていた。

 全身全霊、文字通りの必死さでしがみつく。

 それは横顔同士が触れ合っている距離。

 ナタリアはいたずら心が引っ込み、真っ赤になって固まる。

 それに対して、マクシムは先ほどまでの恐怖で死ぬほどドキドキしていたので、柔らかくて、温かい物体が何なのかを理解していない。

 違った理由で心拍数が激しい二人。

 ナタリアは言う。


「あ、あの、マクシムさん……離れてくれませんか」


 マクシムは死ぬ気で拒否。目を閉じたまま叫ぶ。


「絶対に離れない!」

「その、大丈夫ですから、ちゃんと魔力でカバーしていますから」

「絶対に無理! 怖い!」

「謝りますから。ちょっとやり過ぎたことは謝りますから」

「無理無理無理! 死にたくないし!」

「ほら、大丈夫ですから、ね」


 マクシムは頭を撫でられる感触で、恐る恐る目を開ける。

 冷静になると、風圧が消えていた。

 そして、全身接触する距離にナタリアがいた。

 ああ、これはナタリアか、と気づいてからその柔らかさを意識する。

 甘い。

 それは甘い感触だった。

 ただ、それは甘美なものではなく、安堵に近かった。

 マクシムは恐る恐るナタリアから離れる。

 その温かく柔らかい、甘い感触を惜しいと思いながらも、ナタリアを睨みつける。

 マクシムは本気で腹を立てていた。


「僕、本気で死ぬかと思ったんだけど!」

「あ、安全は確保していましたわ」

「知らないし! 手を離したら死んでいたよ、絶対に!」

「魔力でカバーしていたので……いえ、その、ごめんなさい」


 ナタリアが謝罪したところで、マクシムは言う。


「ナタリアがこういう真似したの、ルチアちゃんにキスされたからだよね」

「えーっと、その……はい……」

「僕もビックリしたよ。初めてだったし、意味分からないし」

「い、意味は分かるでしょ。婚約者なのですから」

「自称だよ。でも、本当に僕のことが好きってことだよね。いや、でも、ん-」

「な、何が納得できないのですか」

「だって、まだ九歳だよ。子どもだと思うし、絶対に成長したら他に好きな人ができるって思っていたから」

「それが今本気ではないという証明にはならないと思います」

「いや、そうかもだけど、何となく違うと思っていたから。だって、九歳だよ? 僕なんか、昆虫の抜け殻を集めることにしか興味なかったし」

「マクシムさんはかなり特殊というか、ルチアちゃんはあんまり子どもでもない気がしますが……」


 ナタリアはマクシムの剣幕でそれまでの八つ当たりを反省する。

 あれはマクシムの意思を反映した行為ではないことは理解していた。

 だが、それとこれとは別だったのだ、と言い訳したかった。


「マクシムさん、本当に婚約者でいるつもりですか」

「いや、正直、あんまり分からなくて。ビックリしている方が大きいから。でも、真面目に考えるべきなのかなぁ」

「それはダメです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 ナタリアは勢いで告白していた。

 それから真っ赤になって下を向く。

 ギュッとスカートの裾を強く掴んでいる。

 彼女は現在の状況で告白をしたことを後悔していた。

 空の上は良いシーンかもしれないが、どう考えてもシチュエーションが悪すぎたからだ。

 ただ、それを見て、マクシムは怒りが沈静化していく。

 そう、嫉妬されるということはそういうことなのだ。

 冷静に考えると既にマクシムも理解していた。

 それはルチアの件とは別で、考えるべき問題だった。

 そして、その場合、もう前に決まっていることだった。

 マクシムは言う。


「えーっと、ナタリア」

「……はい」

「顔、上げて」


 ナタリアは恐る恐る顔を上げた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


 ただ、竜の背という状況と慣れない行為で、思いっきり歯と歯がぶつかった。

 二人ともあまりの激痛に口元を押さえて悶絶する。

 マクシムは謝らずに、ただ、言う。


「ぼ、僕からキスしたのは、これが初めてだから」

「は、はい」


 ナタリアは痛みを堪えながらも、痛みとは別の理由で涙ぐむ。


「その、こんなのが初めてのキスは嫌ですわ」

「うん」


 二人の距離がゆっくりと縮まり、ゼロになる。

 それはマクシムとナタリアが恋人になった瞬間だった。

お読みいただきありがとうございます。

少しだけ脇道の第2.5部完になります。


このショートストーリーで、もう一人のヒロイン、ルチア・ゾフが少しだけ出てきます。

ロリコン役者にしてロリ婚約者。

あんまり遅くなりすぎるとナタリアとの差が開きすぎるためにここで登場。

本格的な出番はまだ先ですが、この子のことも覚えておいてもらえると嬉しいです。


本筋とあまり関係がないためマクシムの双子の妹たちは出てきません。

が、まぁ、本編が終わったら番外編として登場させたいなぁ、と思っています。

ルチアのことが好き過ぎてナタリアにちょっと冷たくしたりしますが、基本的にアホの子たちです。


ブックマークとか評価とかコメントを入れてくれるとすごくやる気が出ます。

ちょっと掲載が不定期になる可能性があるので、

マクシムたちの冒険を応援したい方はブックマークだけでもお願いします。


応援してくれている人に感謝を。

ありがとうございます。

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