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次の旅へ

 マクシムはまだ誰にも言っていないことがある。

 アメデオ・サバトのもう一つの遺言——それはマクシムに当てたものだった。

 彼は死の間際、マクシムにこう言った。


『アダムの件……知りたいなら『大魔法つかい』を探せ。クラーラ・マウロなら……わしの知らないことも知っているかもしれない……クラーラは隠遁生活を送っているが……『案山子』の能力なら探せるだろう……』


 そう教えてくれたのだ。

 ただ、問題があった。

 マクシムは独りごちる。


「そもそも、『案山子』もどこにいるのさ……」


   +++


 手がかりがないマクシムは、ナタリアに問いかけた。


「『案山子』って今どこにいるか知っている?」


 場所は客間で、シラが席を外したタイミングを狙った。

 ナタリアはずっとどこか落ち着かない様子だったが、マクシムの質問に怪訝そうな表情を浮かべる。


「『案山子』は既に亡くなっておりますが……?」

「あー、そうだよね。あ、でも、代を重ねているって話があったよね。その人の居場所は分からない?」

「そもそも、マクシムさんはどうして『案山子』の居場所を知りたいのです? そこを説明してください」


 マクシムは少し迷ったが、そもそも隠していたのはアメデオの死の直後に余計な情報を与えて混乱させたくなかったからなのでアメデオの最期の言葉を教える。

 ──『大魔法つかい』を探せ、そのためにも『案山子』に会え、と。

 ナタリアは少し考え込んだ。


「……それでしたら、『案山子』の名を受け継いでいる者のことを探せという意味でしょうね」

「それ、『案山子』の子孫ってことだよね?」

「おそらく──いえ、やはり違うのかもしれません。ワタクシも詳しくは知りませんが、『案山子』の能力は遺伝ではないというお話なので」

「『竜騎士』とは違うんだ。じゃあ、どうやって受け継ぐの? 魔法みたいな技術体系があるの?」

「そうらしいですわ。ただ『呪い』と呼ばれる特殊技術で、部外者には理解できないものだとか……」

「『案山子』は名前をハセ・ナナセっていうんだよね。で、獣人種」

「ええ、そうですわ」

「じゃあ、『案山子』の名前を受け継いだ人がいたとしても、獣人種とは限らないのかな」


 ナタリアは少しだけ考え、そして、首を傾げる。


「それは……どうなのでしょう。呪いを身に着けられるのが獣人種だけという縛りがある可能性もありますし、どちらとも言い難いですわ」

「『案山子』が世界を救った後、どこに帰ったのかは知っている?」

「確かディアマンテの街へ帰ったというお話でしたが……」

「金融都市だよね。学校で習ったよ。首都よりも経済規模は大きいんだっけ」

「ええ、ですが、今も『案山子』の後継者がいらしゃるかどうかは分かりませんわ」

「あー、そりゃそうか。七十三年もあったら本拠地の移転とかもありえるか」

「そもそも、殺し屋だったと聞いておりますが、未だにそんな仕事をされている方がいるのでしょうか?」

「ひとつハッキリ言えることは、アメデオさんが言ったからには何か根拠があると思うんだよね」

「ですが、ひいおじい様は割と、その、痴呆が進んでいましたから……」

「死の間際だし、いや、でも、思い返すとそうだね……意識が混濁していたから、過去と現在が区別がついていなかった可能性もあるのか」


 お互いに「うーん」と悩む。

 そこまで会話をしていてマクシムは悟った。

 『案山子』なら探せるかもしれないというだけで、『案山子』が存在しているとは言っていないのだ。いや、正確にいえば、仮に存在していても現在は形骸化されている可能性もあるし、能力が弱くなっていたりする可能性もある。

 ならば、発想を変えて、直接『大魔法つかい』は探せるのだろうか?


「ちなみに、ナタリアは『大魔法つかい』の居場所を知っていたりは?」

「知りませんわ。おそらく、世界中を虱潰しに探しても無駄だと思いますわ。望んで隠遁生活を送っているらしいですから」

「それはやっぱり『大魔法つかい』だから?」

「ええ。不老不死の究極の魔法使いが本気で隠れているのですから、絶対的に不可能だと断言できますわ」

「死なないとは言っても寂しかったり、スイーツを食べたりしたくなりそうだけど……ほら、魔法じゃどうしようもないこともありそうだし」

「その場合も見つかるようなヘマは……ああ、そうですわね。おっしゃる通り、出てきた際に捕まえるということなのでしょうね」

「そのためにも『案山子』が必要ってことなのかな」

「おそらくは、ですが」


 偶然ではなく、必然にする手段が『案山子』にはあったということか。話しているだけでは結論など出るわけもない。

 世界最高の殺し屋、一体、どんな人だったのか……。


「ディアマンテに行けば、もしかしたら何か手がかりがあるかな?」

「あるかもしれませんよ、行ってみますか」

「うん、その予定だけど、すぐには難しいかなぁ。ずっと出ていたし、家の手伝いをしないと」


 ナタリアは少し考え込んだ後、顔をわずかに赤くしながら提案する。


「ひとつ策を考えましたわ」


   +++


 ナタリアが交渉相手に選んだのはゾーエ・マルタン、マクシムの姉である。

 彼女はナタリアの言葉に疑いの視線を送っている。


「えーっと、つまり、マクシムを雇いたいってことで良い?」

「はい、そうですわ」

「英雄たちに関する疑問が生まれたからそれを調べたい、ねぇ……」


 両親と義兄が出張で出ているタイミングだったので、彼女が担当することになった。

 ちなみに、出張の目的は首都への大口取引の件だった。

 ゾーエは困ったように苦笑しながら言う。


「えーっと、これから刈り入れの季節だし、正直、弟の手でも必要なの。だから、ちょっと難しいかな」


 弟の手でも、という言い方にマクシムは抗議の声でもあげようとしたのだろうが、ゾーエは視線で黙らせる。マクシムは明後日の方向を見ながら口笛を吹いている。勝利。


「人を雇い入れるお金もワタクシがお支払いいたしますわ」

「いや、そんな簡単なものじゃなくて、そもそも、人手を借りるのもお金だけじゃどうしようもない部分があるの。知識・技術がある人を探すのも大変だし、人海戦術の場合はそれなりに数が必要になるし」

「あー、それは、そうですわね……。その点は失念いたしてましたわ」


 ナタリアは反省の色を見せる。

 しかし、ゾーエとしてはそれも言い訳でしかない。

 本当にナタリアが英雄の子孫でお金が潤沢にあるとしても、弟が遊ぶだけの生活を送ることが許せなかった。

 働かないことが問題なのではなく、働く気がなくなることが問題というか、怠惰な人間になることを懸念していた。

 弟はまだ若いのだから、楽に流されるのも仕方ないだろう。

 それに、おそらく初めて恋人ができて、頭の中がお花畑化してしまうのもまぁ、仕方ないことかもしれない。

 だからこそ、姉である自分が注意し、引き締める必要があった。

 ナタリアは言う。


「分かりましたわ。人の件もワタクシがどうにかしますわ」

「え? どうやって」

「一応、いろんなところに顔が利くので、数で解決いたしますわ。それなりの額を出せば解消されると思いますし」

「いや、そういう場当たり的なことをされると周辺の農家との人材価格での摩擦が起きて大変なんだけど……」

「外部から一時的に雇い入れる形にしますし、ワタクシが直接お支払いするので実際の額はマルタン家の方には伝えません。口止めもします。これなら知られることもないので大丈夫では? あ、その間の滞在費もワタクシが払いますから安心してください」


 この娘、本気か……? とゾーエは思う。

 『竜騎士』の子孫を自称しているが、本当なのかも。いや、待て待て。そんな莫迦な話があるわけがないのだ。そもそも、マクシムが必要という意味も分からない。うちの弟は変わり者ではあるが、英雄の子孫から特別視されるほどの人間ではない。


「一応、訊ねるけどさ。どうして『竜騎士』がうちの弟が必要なの」

「詳しくは言えませんが、とてもとても大切なことなのです」


 そこでナタリアは「そうだ」と手を叩く。


「おそらくですが、ゾーエ様はワタクシが『竜騎士』所縁(ゆかり)の者だと疑っているのではありませんか」

「いや、そんなことはないけど……」

「いえいえ、信じられるわけがありませんもの。せっかくですから竜を呼び出しましょう」

「本当に呼び出せるの?」

「ええ」


 そこでゾーエはピンときた。

 これはブラフ、つまりは、騙りだ。

 ありえない提案をすることで、こちらの譲歩を狙っているのだ。

 ゾーエはニヤリと笑う。馬脚を露したな、と。


「それは見てみたいわね。伝説の魔獣を」

「それでは、はい、窓の外を」

「外?」


 ゾーエはもう少し踏み込んで考えるべきだったのだ。

 わざわざ、『竜騎士』と英雄の中で一人を特定したのだ。

 本当に騙りであれば、もうちょっと信ぴょう性がある嘘をつくはずだ、と看破できるはずだった。

 ゾーエが窓から外を見ると、巨大な目玉が。

 竜の片眼だ。

 竜が窓越しにこちらを覗いていると気づき――ゾーエはそのままぶっ倒れて失神した。

 やり過ぎた、とナタリアは青くなる。

 マクシムはやれやれ、と嘆息しながら姉の介抱を始めた。

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