姫
竜と感応し、騎士として空を駆ける者が『竜騎士』である。
ナタリア・サバトは『竜騎士』として認められなかった。
それは純然たる、動かしがたい事実である。
これだけの危機的な状況でありながらも彼女は認められなかった。
ただし、それで話は終わりではなかった。
父の騎乗していた竜──レンショーは彼女に告げた。
『ダメだ、ナタリアは『竜騎士』にはさせない』
そして、更にこう続けたのだ。
『お前のような優しい娘にそんな役目は負わせたくない。だが、お前の望みは叶えよう』
「え……それはどういう」
『今からナタリアの敵を滅ぼしに行く。お前は何もしないでくれ、それが我々の要求だ』
「ですが、それではあなたたちが強化されませんわ。それでは『魔王の眷属』に後れをとるかもしれません」
『この我々が? 見くびらないでもらおうか』
レンショーは明らかに不敵な笑みを浮かべる。
それは人間が浮かべるものと似ているが、明らかに異なっていた。
ただ、竜たちは『竜騎士』との交流を経て、人間的な感覚も影響を受けていた。
『我々がこういう意志を持ったのはお前が初めてだよ。絶対に守ってみせる。だから、安心して待っていてくれ。徹底的に敵を殲滅する。何の痕跡も残さないと約束しよう』
それからレンショーは吠えた。
それは鼓舞のため。
そして、戦い前の儀式のような叫び。
他の竜たちも呼応し、叫びをあげる。
それからリトルを残し、竜たちは一斉に飛び立つ。
戦場に向かって隊列を組み、飛行速度を高めながら飛行する。
ナタリアはそれを見送り、無駄かもしれないと考えながら訊ねる。
「リ、リトル、一体、これは何が起きているの?」
リトルは語る。
『ナタリアお姉ちゃんは僕らを大切にし過ぎたんだよ』
「それはどういう意味です?」
『僕らはみんなお姉ちゃんが失われることが怖くなっちゃったんだ。だって、僕はあんまり知らないけど、十一年前にお姉ちゃんのパパやママだって戦いで失われちゃったでしょ? 戦場で失われるのは人間だもの』
竜は最強の魔獣だ。
彼らを害せる存在はほぼ皆無と断言できる。
強靱な生命力と圧倒的な戦闘能力。
彼らにとって『竜騎士』とは希少な、対等の立場で相対できる人間なのだ。
ナタリアは『竜騎士』としては認められなかった。
だが、彼女の存在はそれ以上だったのだ。
『お姉ちゃんは僕らにとっての『お姫様』なんだよ』
「お姫様って何ですか……。いえ、そもそも、ワタクシは何もしておりませんわ」
『そういう存在なんだよ。もう理屈じゃない。お姉ちゃんはそういう星の下に生まれてしまった。だから、『竜騎士』でも不足だよ』
「ワ、ワタクシはどうすれば……」
『大丈夫。心配しないで。必ず敵を滅ぼすから。僕たち竜族は最強だから』
それを言うとリトルも飛び立とうとする。
ナタリアはそれを必死で引き留める。
「待って、あなたも戦いに行くの?」
『違うよ。僕は中継役。でも、お姉ちゃんはちゃんと守られているから安心して。でもね、もう動き出した僕らからは少し離れた方が良いんだ』
「お願い。もう少し説明をして」
『それは全部終わってからでも良いと思うんだよね』
「お願い。今、できるだけで構いませんから!」
『お姉ちゃんは『竜姫』だよ。そして、『竜姫』を戴いた以上、もう僕らは今までとは違うからさ。お姉ちゃんだけは巻き込みたくないから』
そして、リトルも飛び立った。
ナタリアは言葉を失い、どうして良いか分からず混乱するが、すぐに理解する。
リトルは中継役。
そして、竜たちからの思念が送られてきて、彼女は青ざめる。
大量のそれをナタリアは容易に処理できていたが、それよりもこれから起きることを理解し、彼女は急いで無線機へ走った。
マクシムが危険だ!
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そもそも、十一年前の出来事がなかったらどうなっていたか?
十一年前、『竜騎士』たちの全滅がなければ、おそらくナタリアは史上最も竜たちに愛された『竜騎士』として名を残しただろう。
複数の竜を従え空を舞う『最愛の竜騎士』──きっとそう呼ばれ、大人も子どもも憧れる存在として広く親しまれたに違いない。
ただ、彼女は戦闘を好まないため、抑止力・象徴としての役割が割り振られ、代わりに、『武道家』になることを選択しなかったニルデ・サバトが、この世界の航空戦力の中枢を任されたはずだ。
しかし、それらは全て仮定である。
ありえたかもしれない未来だが、決して訪れない現実。
実際は『竜騎士』たちを守れなかったことが竜たちに大きな禍根を残した。
結果、ナタリア・サバトだけは殺されたくないという意思を竜たちが持ってしまい、彼女は『竜姫』になってしまった。
竜たちのお姫様──『竜姫』。
それがナタリア・サバトの現実だ。
『竜姫』の能力は『最愛の竜騎士』と大きく違わない。
簡単にまとめると『複数頭の竜を操る』ことだ。
ただし、『竜姫』と『最愛の竜騎士』は根本的に異なっている点がある。
騎士は騎乗するが、姫は別に騎乗する必要がない。
これは大きな違いだった。
まず一点目として、騎乗の有無は安全性に違いが出る。
『竜騎士』は肉体を竜の加護により超強化されるが、それでも無理な軌道は取れない。たとえば、背面方向への高速移動などはかなり制限される。『竜騎士』が失神してしまうからだ。
複数頭の竜を操る能力を有したとしても、騎乗している以上限界がある。
それに対して、『竜姫』は存在するだけ、願うだけで敵を打破してくれる。
こう記すと『竜姫』の方が上等に感じるかもしれないが、それは大いなる誤解だ。
二点目の違いとして、目的達成のための細かな指示の有無がある。
騎乗している『最愛の竜騎士』は適時、適切に竜を操ることができる。
別に敵を打破するために殺すことばかりが能ではない。脅したり、懐柔したり、さまざまな方策が取れる。それこそが駆け引きであるし、人間同士での戦いの場合、戦わずして勝つ方が上等な場合も多い。
しかし、『竜姫』は騎乗しないため細かな指示が叶わない。
ナタリアに従う竜たちにあるのは、姫の願いを叶えること一心。
純粋なまでの忠誠心を発露し――暴走する。
そのために限界まで引き上げられた竜の能力は圧倒的だ。
『竜騎士』が引き出したそれと同等以上である。
その竜たちが集団で徒党を組み、最大火力で敵を打破する――それは駆け引きなどあったものではない。
敵は間違いなく塵も残さないほどすりつぶされるに違いない。
更に言うと、竜たちにとって『竜騎士』以外の人間はどうでも良い存在だ。
故に、戦場にいる人間など眼中にない。
たとえば、マクシムのことなど人間にとっての蟻以下の存在感しかないだろう。
限界まで力を引き出された最強の魔獣が多数戦場を蹂躙する際、その余波は考えられないレベルになるはずだ。
つまり、マクシムに腕の怪物たち以上の危機が迫っていた。
最強の軍団を統べる者『竜姫』ナタリア・サバト。
彼女は世界を滅ぼせる力を手にした史上二人目の人間になった。
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この世界のどこかに『獣姫』という伝説の存在がいる。
異世界の獣に取り憑かれた最凶のお姫様。
触れるもの全てを蹂躙してしまう強さを誇り、たとえば、六人の英雄をはるか超越した戦力を保持した存在──まぁ、あくまでもおとぎ話ではある。
どうやら、それと似た存在になったのがナタリアお姉ちゃんらしい。
シラは少しだけ話を聞きそう判断したが、ナタリアは叫びまくっていた。
それはお姫様という単語からは考えられないほど狼狽していた。
「あー! ダメですダメです! そんな大きな火必要ないではありませんか! それでは他の人に被害が、あ、あ、プラズマ化するってどういうことですか!? そんな火力ワタクシ知りませんわよ! 今まで手を抜いていたわけ、いえ、知りません。敵を滅ぼすのにも手加減というものが、あ、あ、マクシムさんが、焦げ、いえ、あ! 傷つけたら説教ですわよ! 絶対にワタクシの声聴いていませんわよね! みんな! あー、もう!」
ナタリアに何が見えているのか……シラには分からない。
でも、竜が中継している先での戦闘は何となく分かった。
圧倒的な火力で敵を打破しているに違いない。
つまり、もう敗北はない。
ただ、綺麗に勝てるかどうかという問題があった。
シラはふと思い、サラッと訊ねる。
「ねえ、ナタリアお姉ちゃん」
「今忙しいのですわ、シラ」
「マクシムが傷つくの、そんなにイヤ?」
「当然ではありませんか」
「どうして?」
「好きな人が傷つくのを傍観できるほどワタクシ人間できておりませんわ!」
「ふーん、そうなんだ」
とりあえず、ナタリアは戦闘に集中していて自分が何を言ったのか理解していないし、おそらく覚えてもいない。
それだけ本音ということだろう。
ただ、勝利が目前ということも理解していた。
シラはやれやれと手の掛かる姉を見ながら苦笑混じりのため息をついた。




