絶体絶命
爆音で耳がおかしくなったマクシムは覚悟を決めた。
ここが僕の死に場か、と。
上空で魔力を用いた高速戦闘が続いているが、明らかにマクシムたちサイドが圧されている。
ピッキエーレ少佐は先ほどまで奮闘してくれていたが、今は戦線離脱。
つまり、現在のこちらサイドの戦力は『竜騎士』アメデオ・サバトのみ。
それに対して腕の怪物は六柱。しかも、完璧な連携を見せる六柱だ。
明らかに多勢に無勢だった。
あまりマクシムは状況を把握できていなかったが、予想はできた。
先ほど倒した最初の腕の怪物は、あくまでもこちらの戦力を計るための存在だったのだ。
その結果を反映したのが今戦っている六柱。こちらの戦闘能力を分析し、対抗能力を有している六柱はとてつもない脅威となってこちらを圧倒していた。
ピッキエーレ少佐は片足を吹き飛ばされ、それでも戦い続けようとしたが、出血多量で意識を失った。
マクシムがしたことは止血と鎮静効果のある薬草で少佐の苦痛を取り除くこと。
まるで、本物の獣のようなうめき声と蠕動をしていた少佐だったが、それで大人しくなった。
医者でもないマクシムには断言できないが、このまま何もなければピッキエーレ少佐の命に別状はない気がする。
ただ、それは現在の状況を考えると限りなく妄想に近い、儚い期待ではあった。
マクシムは自分にできることとして、乗っている船の装甲を植物で可能な限り厚くしていた。
ほとんど船全体を覆うようにしているから、多少なりとも効果はあるはずだった。それ以上に何もせずにいる方がしんどかった。
マクシムはほんの一瞬でも長く生きるための努力を諦めたくなかった。
意味のない足掻きの可能性は高くとも、もしかしたら『士』の増援が間に合う可能性が消えたわけではないのだから――。
上空では『竜騎士』が抵抗を続けている。
腕の怪物たちはキンバリーを少しずつ削る方向で戦っているようだった。
どれほど強固な存在であっても無限に力を備えているわけではない。
少しずつ、少しずつ力を奪うべく攻撃と離脱を繰り返している。
六柱という数が肝になっているのかもしれない。
どうやっても、死角に入られる敵が生まれるため、その隙を攻撃されてしまっている。
だが、それも船全体を覆うまでに観測した結果を元に推測を立てているだけで、マクシムからは正確な状況は分からない。
ただ、爆発音や衝突音から戦闘が続行されているのは間違いないようだった。
マクシムは先ほどのナタリアとの会話を思い出す。
残念ながら、彼女が『竜騎士』として駆けつけるなんてことは期待できないだろう。
そこはさすがに理解している。
だが、彼女の言葉で竜たちが自発的に動く可能性は少しだけ期待していた。
仲間のピンチでもあるのだから、少しくらい動いてくれても良いという期待である。
ただまぁ、それも無理だろうなぁ、とマクシムは半ば諦めながら理解していた。
それは目の前で死にかけているピッキエーレ少佐の姿もあったし、爆音を何度も聞き続けていたため(最初は耳を押さえていたが)麻痺してしまった耳のせいであったし、さまざまな状況が無理だろうなぁと諦めざるを得なかった。
どうにかできるのであれば必死に抵抗しただろうし、諦めるつもりもない。
しかし、どうにもできないであがくのも――限界を迎えつつあった。
その時、大きな衝撃音と共に、マクシムの作り出した樹の天井を突き破って甲板上に何かが墜ちてきた。
「っぅ!?」
マクシムは心臓が止まるかと思うほど驚いたが、それは腕の怪物の一柱だった。
最初の敵は爆発四散したが、こいつは体の下半分が消し飛んで、炭化しているだけだった。
ただし、死んでいるのは間違いなさそうだ。
少し思うことがあり、マクシムは恐る恐るその断面を観察する。
炭化しているが、生き物と同じような組成はしていない。
近いのは木のような植物だろうが、それにしては鉄に近いほど硬質に見える(さすがに触れる度胸はなかった)。
マクシムたちとは異なった系統樹を経て進化した生き物は間違いないように感じた。
『魔王樹』。
生命を生み出していたという話。
正直、マクシムの常識から考えると生き物には見えないが、動いて魔法を使って攻撃しているのだから生き物なのだろう。
少し考えて、植物と同じように操作・変化させられないか試してみるが――失敗する。
直接触れていないからか、植物ではないのか、それとも、もう死んでしまったから干渉できないのか……。
マクシムは悩みながらも確信する。
こんな素材から料理を作るのは不可能だろう。現地調達は敵の肉からではなさそうだな、と。
『料理人』アダム・ザッカーバードの正体がこの化け物から分からないかなと考えていた。
戦闘時でありながら、マクシムがそう考えていたのはほんの少しでも心残りを減らしたいが故。
つまり、一種の現実逃避であった。
更に、大きな爆発音。
先ほど突き破られた天井のせいか、と思ったが、違った。
腕の化け物の数十倍、いや、数百倍以上の体積の物体が墜ちてきたからだ。
船体にそれがぶち当たった時に、マクシムは投げ出されそうになるほど船は揺れた。
正直、マクシムは船が沈むと思ったし、そうならなかったのは植物を使って船体そのものも補強していたから。そうでなければ、本当に沈没していただろう。
それは甲板上の防舷物などを吹き飛ばしながら滑った。
体表を焦がし、非常に苦しそうにしているが、まだ死んでいない。
キンバリーだった。
そして、その口から何かが吐き出される。
転がり出てきたのは、アメデオであった。
彼は竜の唾液にまみれながらもどうにか息はあるようだった。
ゴホゴホと咳をしているが、ただ、彼の背中は非常に大きく抉られていた。
「ああ……」
もう戦うどころか、これは助からないな、とマクシムは思った。
それくらい流血し、深い傷を負っている。
救国の英雄が、完全に敗北をしていた。
空を見上げると三柱の腕の怪物。
甲板上に転がっている死体とは別に、もう二柱も落としたのかもしれない。いや、もちろん、マクシムの位置からは見えないところにいる可能性もある。
こちらで戦闘力を有する少佐も『竜騎士』も敗北してしまった。
もはや抵抗手段さえもない。
いよいよ、終わりの足音が聞こえてきた。
最期にナタリアと会話できて良かったが、家族への伝言くらいも伝えたかったかも。
心残りはあったが、さすがにもう仕方ない。本当に失敗だったなぁ、参戦などすべきではなかったなぁ。せめて痛みがなく殺されたいなぁ。いや、死にたくないなぁ……。
諦念に支配されていてマクシムは上手く思考が回らなくなっている。
恐怖がないのではない。
それ以上に現実感がなくなっていた。
足元が崩れ視界が狭く・暗くなる。
このまま寝転んでしまいたい気分だった。
だから、その登場を見て、それも自分の願望が生み出した幻だとしか思えなかった。
三柱いた腕の怪物がその場から弾け飛ばされた。
それが超高度からの奇襲だということにマクシムは気づけなかった。
弾け飛ばしたのは最強の魔獣。
竜だ。
竜が現れた!
キンバリーが甲板上で横になっている以上、あれは新しい竜で間違いなかった。
マクシムの顔に喜色が広がる。
まさか、まさかである。
ナタリアは竜を説得することに成功したのか!
おそらくだが、彼女は『竜騎士』として覚醒したに違いない!
まだ敵は三柱残っているが、この展開なら明らかに負けはない。そういう負の空気が吹き飛んでいた。
そこでマクシムは違和感を覚える。
「あれ?」
どうやら竜は一頭ではなく、別の竜も飛んでいるのが見える。
一頭、二頭、三頭……いや、たくさんだ。
複数頭の竜を引き連れてナタリアがやってきたのだ!
最高だった。
本当に惚れ直すしかない。
マクシムが歓喜していると、ピーガーと無線機から音がした。
慌てて飛びつくと、そこからナタリアの声が。彼女は叫んでいた。
『マクシムさん、聞こえてますか!? 今すぐその場から離れてください!』
それは警告だった。
マクシムは一応言い返す。
「いや、無理だよ! 船上だよ」
更に言えば、戦場だ。という冗談さえも思いつくくらい余裕が生まれていた。
しかし、ナタリアの次の一言でその余裕が消し飛んだ。
『では、できるだけ伏せて祈ってください! 今から竜のみんなが殲滅行動に出ます! ワタクシには止めることができません!』
「え、君が『竜騎士』として目覚めたんじゃないのか。それで助勢に来てくれたんだろ?」
『違うんです、違うんです! 本当にごめんなさい! お願いだから巻き込まれないでください!』
何が起きているのか分からない。
分からないが、大変なことが起きていることは確かで、中空で巨大な爆発音からマクシムは青ざめるしかなかった……。




